宿屋のおやじ日記 -61ページ目

534. 新型インフルエンザについて

二年ほど前から 月別の各種情報誌で 鳥インフルエンザの脅威については

それなりの情報を得ていたのだけれど 今回改めて得た このたびのインフル

エンザの情報。   随分勘違いしていました。


マスクは 感染した自分のウイルスを他に移さないために有効なものであって

外部からの進入に対しては強いて有効ではないこと。


粘液感染のために とにかく頻繁な うがいと 手洗いが有効な対応策である事


今回は たまたまタミフルが有効に作用している。


世界の中で 「 インフルエンザ 」に対して薬を使用する国は日本だけであると

言っても過言ではないこと。


ほとんどの国においての処置は 自宅で水を飲んで静養するというのが 

普通であること。


全世界のタミフル消費量の 55%が日本であること。


そのために 中途半端な使用で 耐性のある 新型が発生する脅威が付き

まとうこと


鳥インフルエンザの致死率の予報を聞きながら 不安ばかりが先行していた

自分にとって( 今までの情報では 回復もできているようだし よかったなぁ 

)というのが 正直なところでしたが 髄分 勘違いもあって書いてみました。


同時に かなり前に書いた記憶もありますが、「 アメリカで 風邪の症状が

悪化して 近くの病院に行った人が 日本から持参した薬をドクターが見て 

『 この程度の症状で こんな強烈な薬を使っていたら この薬が本当に

必要な時に飲む薬はなくなるよ。』と仰天された。」という話を思い出しました。


  とにもかくにもひたすら うがいと手洗いで 乗り切りましょう。


                     宿屋の おやじ でした。


追伸 昨夜は 雨とかぜで ホタルは一匹も確認できませんでした。    

533. 内田が ラルフローレン のモデルに

なんとなんと あのペッタン、・・・いや 内田が ラルフローレンの モデルに

なってる。


この頃は 各種団体の総会ばかりで、よく出かけます。極力少なくするように

心がけているのだけれど どうにも欠席できなくて 出かけることも多々あり

まして・・・・。


時々 同じ会場で 青村や宗本に合ったりして 「 やーやぁ 」なんてことも多い

のだけれど 昨日は 挨拶もそこそこに 宗本が 手招き・・・。


雑誌を開けながら 「 あのなー、内田が ラルフローレンの モデルになって

る。 」 「 エッ、本当かよ。すげーな。 」


「 さっき 晴屋・はるや( という地元の本屋さん )で買ったんだけれどな、と

いうか あいつから連絡もらって買わざるをえなかったんだけどな。」 「 見て

みろよ。」


確かに まぎれもないペッタンでした。


おっと そうそう、元 ポパイ という雑誌だった 「 Oily Boy 」 の 「 2009

SUMMER 」号の 132から139ページにかけて 十枚程の映像になって

おります。


シーカヤック界の一人者・ひとりもの とは読まないで。あいつの顔写真が

出たら その業界紙、というと変なのかね、その雑誌の売上が三割違うという

うわさは耳にしていたけれど 同性としてみても なかなか いい男ではある。


一ヶ月ほど前の ミニ同窓会で、内田の思い出話に 確かに自慢話も多かった

けれど 「 いや 足の速さが必要な競技では 100の安藤は別として 決して

お前に 負けてはいなかった。」と 譲らなかった 宗本。


彼も あいつの活躍を 素直に認めざるを得なかったようで、僕の感心して

ページを覗き込む顔を 斜め前からニヤニヤしながら 見てました。


総会終了後に やっぱり 会場にいた青村にもみせましたら これまた感心

しきり。「 やるのー。 」 「 たいした もんじゃノー。 」の連発でした。


おーい うちだー、これから多分シーズンなんだろうけれど また こっちに帰る

時には連絡してくれ。


でな、お前と 宗本との 自慢話の欧州 いや 押収 いや 応酬を 再度 

O典子 ちゃん K直子 ちゃんに みせてやってくれ。


楽しみにしちょるぞ。


それと 昨夜は まだまだ 合計五匹ほどのホタルでした。


風の影響もあったのでしょうが 全て地べたか 揺れる 葉っぱの上にて

うろたえているようでした。


                  宿屋の おやじ です。  ではでは。


532.湯本温泉 ホタル登場 一番乗り

でました。出ました。 ホタルが 二匹。


本日 湯本温泉旅館協同組合 月例会。 

例によって 喧々諤々・・・。 夏場の企画、ゆかたまつり について 真剣な

討論を重ねました後に 毎月恒例の 湯本温泉地区の食事場所 今回は 

お食事処 川原・かわはら さんに移りまして これまた やんのやんの あー

でもない こーでもないのと 真剣とーろん。


話は 自民党 民主党 の話から パンデミックに 最近の 仙崎漁港の水揚げ

から 中国からの研修生の話と 多岐にわたりまして、三時間後 お開きに 相

なった次第。


玉仙閣の伊藤社長 一福旅館の吉冨社長と 歩いておりました。


三人が同時に 「 いた。」「 出た。」 「 やった。」と大声を出しました。


すぐ後ろにおられた 山村別館の 成瀬支配人 ホテル長門はらだ の原田

社長が 「 なに なに。」 「 なんだ なんだ。」と追いついてこられたのですが

その場の 険しい雰囲気に 気後れがしたものか 驚いて 光を出すすべを

失念したものか、三度目の光を放ってくれることは ありませんでした。


やはり これだけでは満足できず 帰宅して すぐに 目のいいパートナーを

引っ張り出しまして いつも 数多くの光が 明滅する 我が家の周り 並びに

湯本の清流 おとずれ川を シミジミと 散策しましたが 追加としては 一匹の

ホタルを見つけるにとどまりました。


二匹とも 飛ぶではなしに 草の上に はいつくばっている状態でしたので 

成虫になりたての幼い成人だったのかもしれません。


これで 湯本の ホタルシーズンが スタートしました。


とにかく 最近おろそかになっている このページに何か書かねばと あせって

おりましたので とにもかくにもとホテルの部屋に参上いたしました。


逐一報告してまいります。どうぞ お楽しみに。


     久方ぶりの 宿屋の おやじ です。


昨年の 初日がいつだったかは 帰ってから じっくり ザウルスにて探して

まいります。


まねなく 日付が変わろうとしております。


ここ数日前から 浅田次郎氏の「 天切り松 闇語り 」を読み始め 三度目 

四度目の 浅田ワールドに遊んでおりました。

531. そろそろ ホタル ?

昨日の朝、ご出発のお客様から。


「 夜遅く 遠くだったけれど ホタル一匹をみたよ。」  「 えっ そうですか。」


今年は そんなに 早いのかなぁ、と昨日 随分と 捜索したのですが どうにも

見つけられませんでした。


雨が降った後の 葉っぱについた水滴が 時たま キラキラと反射するので 

多分 それと勘違いされたのでは、が 僕の結論でした。

ついでに言うと 彼らは 飛ぶことが上手ではないことと 夜は比較的に早く 

ご就寝なさるので 増えてからの夜中の乱舞はあっても 一匹で夜中に飛ぶ

ことは めったにないことも そう結論付けた理由なのでした。


それにしても そろそろ そんな季節なのですねぇ。


来月の下旬まで 我が家の周りは ホタルの舞と それを鑑賞されながら 時々

乱入というか 進入される お客様で にぎやかになるのですよ。


こんな自宅は さほど多くもないはずで この時期になると この位置に家を

建ててくれた 亡き父に 感謝する 宿屋の おやじ なんでした。

 

ただ 一昨年が 最盛期で 150匹ほど 昨年が 90匹でしたので ここも 

もしかすると少子化なんかで 悩んでいるのかもしれません。

530. 今年最初の「 おとずれ夜市 じゃらんじゃらん 」

正確には 先月の湯本温泉祭りとの合同開催が一回目なのですが、単独での

開催が初めてという意味で 初のイベントになりました。


あれやこれやドタバタする中で 湯本から少し離れた市内の他地域の皆様から

多くの応援隊にも来ていただいて にぎやかに進行いたしました。


先月開講で好評だった 萩焼ろくろ体験 は同級生の金本君が講師なのだ

けれど 昨夜は 電気の配電の調子が非常に悪くて いきなり休講になって

しまい申し分けない事をしてしまいました。


観光協会様は 仙崎のご婦人方お手製の 鯛ずし を五十個も持ってきて頂き

見事完売。


応援隊から「 せっかく 湯本の企画なんだから この地域でだけ扱っている 

秋本商店さんの「 おとずれ外郎 」や よしこうさんの「 ワッフル 」も販売して

みたら・・・・。」というアイディアも 早速ご理解を頂いて 販売いたしました。


ただ人気の「 ワッフル 」は 外気の温度といたみが心配であるとの判断から

歴史のある ゆもと温泉饅頭 に変更しましたが こちらも 全部 完売だった

様子です。


アコースティックライブも 五年前に 学生の立場でデビューしてくれた ある男

の子が 今月末に「 ツタヤ 」での全国発売になる盤を発表するほどに大きく

成長してくれたようで 楽しいアコーステックライブの時間を提供してくれました。


デビュー当時を知っている このアコギの仕掛け人 カクテル スナック ロペの

マスターも 「 いやー、すごくうまくなったなぁ。驚いた。」と感心しきり。


宇部市の「 Bigsus brothers 」( ビッグサスブラザース )というグループで 

現在 年間 五十本ほどのライブもこなしているそうです。

代表は「 上村 祐作」君だと 頂いた名刺に書かれておりました。


なんやかや スタートいたしました。これから 十一月までの 第二土曜日、

夕方十八時から 二十一時まで、どうぞ ご機会作られて 湯本温泉 

「 河川公園 」までどうぞおいでください。お待ちしております。


                        宿屋の おやじ でした。

529, 母の日絡みの 我が家物語 二話

昨日夕方、まだ学生の末娘から突然の電話。「 あのねー、突然だけど今日

帰っていいかねぇ。」


いいもなにもありません、長い連休のドタバタで頑張ってくれた家内にとっても

大きな気分転換になることはありがたいことで


「 おう、勿論 もちろん。迎えに行ってあげるから。」と即答。


普段は 新幹線の厚狭駅が精一杯なのに 時間の余裕があった事も原因で

下関までお迎えに参りました。


バスが一番安いからと 天神から下関まで来て 後は在来線で帰るパターンの

途中に割って入った感じです。


おなかもすいてる なんて聞きまして 唐戸市場の回転すしに 入りました。

オーダーストップ直前という事もあって 髄分とお客様も少なくて 「 ぎょうてん

」と書かれた名札をされていた 多分店長さんと、あれこれと楽しいやりとりも

あったのですが そのことはいずれまた。


久しぶりの 温泉にも ゆっくり 入ったようで 今朝 出社時には 妻と一つの

布団に入ってぐっすり眠っておりました。


もう一話。


末娘と帰宅したら 妻から 買い物に行っていないからと告げられて 二人で

近くのスーパーに行った帰り 今度は長女から すこし 鼻をぐずぐずさせ

ながら電話。


 「 お母さん いる??」


時期も時期ですし 「 どうした、その鼻声は・・・。」と少しあわてて 聞いて

みましたら


「 さっきね テレビの金曜のロードショー( 正式名不案内 )で『 東京タワー

』っていうのを観ててね 感動して泣いてないて お母さんに 会いたくなった。」


会社の営業コンペで 新人としてのハンデを頂いているという 有利さはあり

ながら諸先輩を抜いて一位になって 所属する部の代表として 社内の七人に

選抜された上に 数百人の皆様の前で 体験発表をさせていただいたりした

女の子としても やっぱり二十歳代半ばの娘であることに変わりはないようで

髄分と長い間 妻と話をしておりました。


いずれにしても元気で明るく 大きくなってくれてありがとう、と仏壇に手を合わ

せて ご先祖様に報告した 宿屋の おやじ でした。


うさんくさい自慢話にて失礼いたしました。

528. 楊枝もなしに

女性から楊枝は借りられないよなぁ、と考えつつ お部屋に入りました。


もし 大きなお菓子が出たなら そのときには 例の所作で・・・・なんて思い

ながら。


六人でおひと組にと、言われていたのに お菓子は四人おきに配られている

ようで、 ( なんか 嫌な予感が )と思っていたら 案の定 僕の目の前に 

にっこり笑顔と 一個の直径が五センチはありそうな 四つのお饅頭タイプの

お菓子の鎮座ましました 菓子器がおかれました。


もうこうなりゃ 覚悟を決めていくしかありませぬ。クルッと見回しますと 非常に

落ち着いて座っていらっしゃった女性を発見。 左側の僕から三番目のお席に、

ちょうど直角に曲がっている場所で 彼女のお顔がストレートに拝見出来たと

いうラッキーさもありました。


「 いったい どうすれば。」


お薄 の席は 緊張がほぐれて多少のぼそぼその会話は良くても お濃茶の

席はなるべく静かに、という知識はあったので 動揺している気持ちが伝わる

ように オーバー目のアピールをしましたら なれたご様子で 右側の 同じ

状況におかれた方の真似をなさい という沈黙の ジェスチャーとお返事。


そりゃそうだと ジロリ と僕から四人目のおば様を中止 いえ 注視しました。


器を取って 少し右に置き お辞儀をして 今度は少し左に移して もう一度

お辞儀。


「 これでどうだ 」風に ご指南役に向きましたら「 お上手 おじょうず。。」

らしい お褒めのサイン。これで 勢いづいてその後のことはよく覚えて

いません。


濃茶が届けられたときに 赤いふくさを 右の方が出されたときには これで 

負けかと、観念しましたら すかさず 左側のお師匠はんが 同じ様なふくさを

送ってくださり 一命を取り留めました。後で聞きましたら 男は紫だそうで・・。

明るい オチ もよろしいようで。


で その 大きなお菓子。 楊枝で小さくして 食べればいいのに それが無い

僕に クリアできる途は ただひとつ。


随分前にも書いた気がしますが 坂倉新兵衛先生が その時のお席で お菓子

の載った懐紙を両手で持ち上げられて 直接 お口に運ばれている、というか

かぶりつかれているようにしか見えなかった そのお姿でした。


その日の緊張を開放させて頂いた後 「 先生 あんな 召し上がられ方が 

存在するんですか。」と 半分呆れ顔で お伺いしましたら 「 そうか。確かに

初めてみられたら そう感じたかもしれないけれど 別に無作法というわけでは

ないんだよ。」と 笑いながら答えて頂いたのでした。無作法と思ったわけでは

ないけれど かなりびっくりした記憶なのです。


この場は その食べ方で と 思ったものの 何口かで食べるべきものを 

いつもの勢いで 一気に口に入れてしまい 吐き出しそうになりました。


さすがに 末代までの恥だけは避けねばならず ひたすら 平気な顔で 飲み

下しました。今思い出しても 汗が出てきますねぇ・・・・・・。


本日 ここまで。 失礼いたしました。  宿屋の おやじ でした。


527. 一番目の席だけは

「 一番目の席だけは座ってはならない。」


お茶会に出て 必ず言われる事で 十分に気をつけていること。ご存知の方も

多いと思います。


あるコンサルタント会社のイベントで、随分前に 京都の 叶匠寿庵様の茶室

にて 進められるままに 一番最初に席に座ってしまい 「 すみません。申し訳

ありません。次は何をお伺いするのでしょうか。」と ご亭主 にお伺いするという

とんでもない 御正客 を努めたという べラボーな体験から これは骨身に

しみております。


このたびも 陶兵衛先生の奥様から 「 男性が少ないから 多分 『 どうぞ 』

とお誘いが入るでしょうが、くれぐれも、気を付けられてね。」と念押しされまして

お濃茶 のお席に参りました。


「 水津さんて 素直になんでも 『 はいはい 』って感じで受けられそうに思え

まして。」というご感想は 喜んでいいものなのか そうではないのか・・・少々

悩みつつ、あははは。


なかなかお菓子のシーンになりません。


また出かける時間になりました。どうぞ ご寛容に。


                           宿屋の おやじ でした。

526. 大寧寺のお茶会に参加して

「 四十五周年 」記念茶会に出席してまいりました。


「 十一時のグループ(  呼び名 忘れ )なら ○○氏も○○さんもおられるし

僕も一緒に入るから気楽に飲めるよ。」と わざわざ 田原陶兵衛先生にご案内

頂いたのに 社内のドタバタで 会場に着いたのは 十二時が少し過ぎており

ました。


ちょうど その班の皆様が出てこられている最中で 坂倉新兵衛先生の近くに

おられた田原さんに「 どうも遅くなりました。申し訳ありません。」とお詫びを

しましたら「 やぁ、よく来たね。ただね、今 終わったばかりで 一緒に隣で

お付き合いができないけれど まぁ、楽しんでいらっしゃい。」と暖かい 僕に

とっては 少々冷たいお返事。


こうなりゃ 仕方ない。と、覚悟を決めまして 本堂に いざ 検算 いえ 見参。


なにせ はなから 男性は少なくて 一緒に入られる60名ほどの団体さんの中

にもどうやら僕を入れて 三人ほど。


ご案内役の 夏山さんに「 次のグループのどこかの列に 入ってもらいます。

がんばってね。」と とりあえず待機すべき位置を示していただいて おとなしく

かしこまって座っておりました。


地元の萩焼きの先生方とは 小中高校と全部 先輩後輩の間で、お子様方とも

わが子たちと似た世代。 特に 長男が ご三家の子息と同い年であったこと

からとても親しくおつきあいさせていただいている。


緊張しつつも リラックスできるのは そんな理由からで ありがたいことです。


そのうちに 陶兵衛先生の奥様が隣にこられて 「 本日はどうもありがとう

ございました。主人は 先生のお接待についちゃいましたので 来られない

みたいです。申し訳ありませんね。」とお一言。


その時に 懐紙も 楊枝も持っていないのに気が付いて 「 すみません。懐紙

を貸して下さい。」とお返しするはずのない品物の要求。すぐに「 あらまぁ。

どうぞどうぞ」と応じてくださって 「 そういえば 扇子 お持ち??。」


( えっ、扇子がいりましたっけ。 いえ あっても 作法を知らないんですから 

いりません )という言葉を飲み込んで「 いえ それは 結構です。」と返事した

とたんに「 お待たせいたしました。ご案内いたします。」と 夏山先輩の声。


すみません。長いながい 独り言。お許しください。  大きなお饅頭を楊枝も

使わず一口で飲み込んだ事なんかの続きは後ほど書きます。


今日も暖かな 日差しの湯本温泉です。


ちなみに 我が家の周りの ウグイスは 一羽増えまして 三羽が 夕方まで

きれいな声で鳴いております。妻が それぞれの固体を確認しまして 百舌

では無い様で 非常に喜んでおります。   宿屋の おやじ でした。

525. なんとも大きな雷でした

なんとも大音響の雷でした。


三時四十五分 どえらい音で目が覚めました。室内の電気が消えました。


しばらく後に電話があるな・・・と予想して着替えておりましたら 「 異常はありま

せんが報告まで 」と電話がありました。


傘を差して出社しましたら 全非常灯の点灯で館内すべてが明るくなっており

ました。


一応館内を見回りつつ こういう便利な設備があるから ナイトフロントさんも

安心して仕事が出来るし お客様もゆっくりお休みになれるのだと 非常灯の

電源にも合掌した次第。結局 お一人様もお気づきになせなかったようで 電話

一本なしに夜があけました。


今日一日 また 素敵な出会いがありますように。


お一人でも 多くの方のお役に立てますように。


                    宿屋の おやじ でした。