宿屋のおやじ日記 -58ページ目

564. なかなか難しい

たった数行でも なかなか継続が・・・・・。


広島での大切な行事のために かなり早朝に出発して 夕方帰社。


せっかくだからと 娘を誘って 数章前に書いた 棟久 木綿佳さん


のピアノのコンサートに行きました。


少し遅刻でしたが 次第に暗くなっていく ショアーズの店内で、


昨夜はフランスから 初めて山口県に来られたと言う 男性の方の


ジャズの演奏や おふたりの セッションを楽しみました。


懐かしい同級生の顔も多くあって、 それも お嬢さんと同伴の父親の


姿もあって 心なごんだひと時でした。


たまには リフレッシュに いいものだと満足の 宿屋の おやじ でした。


まだ曇り空の続く 湯本温泉からでした。

563. 日経

ここずっと 日経新聞は 一面を流し読みして すぐに 最終面。


という読み方である事は何回か 書いている。


この最近「 甘苦 上海 」はさほどの動きも無く さりとて 読むのを


中止するのは 勿体なさそうで 一通り読んだ後 加山 雄三氏の


「 私の履歴書 」を楽しく読んでいる。というか、 昨日 最終回だった


ので 読んでいた、というべきか。


歌手志望で お若い時分に 二度ほど家出をしたという経歴のある


我が敬愛する父が 僕が子供の頃に よく聞かせてくれたのが 


「 こんにちは 赤ちゃん 」 と 「 イヨマンテ 」 と 「 雪のふる街を


」 そして、この 加山 雄三さんの歌であった。


確か 伊豆熱川での研修を終えて この 地元に帰ってきて 初めて


連れて行かれた この長門市では 高級クラブであった 「 リーベ 」


というお店で 父が 「 お嫁においで 」を歌って 僕は 新沼けんじ


さんの「 嫁に来ないか 」を歌った記憶がある。バックがカラオケで


あったか ピアノであったかの記憶がない。なにせ 熱川では カセット


タイプで 4トラックの20本入りが定価で数10万円。それを 一時間


一万円で宴会場にレンタルしていたのだから まだまだ長門にその機材は


届いていないはずなのですよ。だとしたら ピアノの伴奏だったので


しょうか。



それにしても氏の 「 航進丸 」という船が( この名くらいは聞いていた


けれど )おじ様の ホテル経営の失敗による保証人への差押えの赤札を


つけたままで、 メンテナンスをかねた使用を税務署さんに許可してもらい


十年間使用していた、というくだりの話にはビックリしました。



永遠の和歌代償 いえいえ 若大将 というイメージが強い人でしたし


さだまさし さんのコンサートに来られたりした時の笑顔の裏に


こんな体験もされていたのだと思い知らされました。



三十数億の借金をかかえられた さださんも言われていましたが 


「 とにかく 目の前の事を ひたすら一所懸命、やっていればなんとか


なる。必ずなんとかなる。そして、誰かが必ずみていてくれるんだ。」と


いうコンサート会場での言葉を思いだしました。


まだまだ 書きたいのですが 末娘が帰るという 新幹線に迎えに行かねば


なりません。チョイと おいとま、失礼いたします。 宿屋の おやじ でした。 

562. 棟久 木綿佳さんコンサート

お伝えするのを忘れておりました。


今度の日曜日 八月二日、十八時半から 長門市 ショアーズ


にて大津高校同級生の 塩瀬さんのお嬢ちゃんのコンサートが開催


予定です。


沈む夕日を見ながら 素敵なピアノの調べに耳を傾けるのは なかなか


素敵です。


金髪の女性や 日本語の分からない女の子と同伴するのは 大きな


勇気が必要ですが、 時には 最近ご無沙汰の奥様や 気のゆるせる


ご友人などと おいしいお菓子をほうばりながら、すごされてはいかがで


しょうか。


宿屋の おやじ からの提案でした。 そうです おひとり、二千五百円。


和田和正、加藤有利夫、 例によって チケットを扱っています。

561. 今日も元気に

朝六時の出社時には それなりの量で雨が降っていたのに 今現在


七時半には髄分明るい 曇り のお天気です。


もしかしたら今日は 時々 晴れの空を迎えられるかもしれません。


いずれにしてもこれでは 梅雨明け の宣言は出ないでしょうね。


昨日 九州のスイミングクラブの生徒さんたちが多く泊まられて 


ご朝食後に海に行かれる予定だったのですが、 現地の海の状態を


確かめに先生数人が下見に出かけられました。


いい報告をスタッフ一同で お待ちしています。 宿屋の おやじ


でした。

560. 旅館組合 総会

昨夜は 大谷山荘さんで 今年度の 旅館組合の総会が 開催され


ました。


このブログにも 時々登場してもらっている M輪ならぬ 三輪君と


久しぶりに会いました。


ある会の組合長との会話途中に割り込みまして 昔話や この最近の


世間話に しばし時を忘れて話し込みました。


「 水津さん 随分 思い違いされてますよ。」と 彼の確実な記憶を


基にせっかく連絡してくれるのに 「 おうそうか。ありがとう。」と返事だけで


実際に書き直した記憶があまりない。


この彼 このたびの長門市議会で 総務委員長に抜擢されて えらい


ご出世。勿論 それで 態度の変わる男ではないから これからも


精一杯 長門市のために尽くしてほしいと願っている。 その委員長が


「 何日か文章が途切れると もしや体調がと、なんとなく 不安になる


んでほんの数行でいいから 確実に書いてくださいよ。ほんの数行で


いいですから・・・・。」と指を広げた。感覚的に 五、六行だと感じて 


「 よっしゃ、わかった。」と返答したのに 本日すでにかなりのオーバー。


何とか 彼の期待に沿うべく努力して 「 毎日 」にチャレンジしてみる


つもりです。



湯本温泉は朝から雨で このあと 山荘さんに どうやって 車を取りに


行こうかと思案中の 宿屋の おやじ なのでした。


どうぞ お元気に。

559. 皆様お元気にお帰りですか?

ごく当たり前の天候のときには さほど 感じもしないのだけれど ここ


数日の天気のような時には チェックアウトされた 皆様が お元気に


ご無事にお帰りになられたであろうか、そうでありますように、という


ひとつの気持ちが 一日中 心のどこかに存在している。


東海地方のある製造業をやっている知人が 「 先輩 よくこんな職業


やってますねぇ。 」と話しかけてきたことがあった。もう十数年前のこと。


「 ある人に頼まれて 小さなビジネスホテルを引き受けたんですよ。それ


までは 金曜日の夜には それこそ サタデイナイトフィーバー状態で 


毎週若いスタッフと朝までドンチャン騒ぎだったんですが、 そこを引き


受けて以来 救急車や 消防車、パトカーのサイレンが妙に耳について 


夜もゆっくり眠れなくなっちゃいましたよ。」とぼやくことしきり。 


ある業界で 全国シェアの数十パーセントを握っていた会社のヘッドだった


から見切りも早かったようで 「 近いうちに 手放します。」と最後に一言。



子供の頃から 見たまんまの日常で 強いての不満も持っていなかった


僕にとっても 新鮮な感想として 聞いたのでした。 


父からは「 お金を頂いて 『 ありがとうございました 』とお礼を言って


もらえる 数少ない職業だとおもうよ。」と これは 小学生の頃によく


聞かされた言葉だったから 僕に対する 洗脳の言葉だったかもしれない


けれど、二人の気持ちをどちらも理解しつつ この雨が早く降り終わって


くれて梅雨明け宣言をしてほしいと願っている 宿屋の おやじ でした。

558. 夏休みの土曜日

捕らえ方が違うのかもしれませんが 夏休みに入って最初の日曜日。


久方ぶりの ロビーが 幼稚園状態でした。


大笑いの元気のいい子 泣く子 叫ぶ子 迷子になる子 走り回って


つまずいて・・・この時期だけ スタッフはいっぱしの 幼稚園や保育園


の先生になる事を要求されます。


それにしても それぞれのご家族のカラーが出て 拝見していて楽しい


ばかり。


その中で 時々 お父上が 「 まったく こいつは トロイ。」だの 「 おい、


シッカリしろ。」なんてお子様に発せられると、私の母である会長が そっと


売店の隅や 柱の陰にご案内して そのご主人様に 「 いろいろとお感じ


になられることもおありでしょうが お子様は絶対にお宝物なんですよ。


精一杯 愛してあげてくださいね。」と一言。


いらぬおせっかいと 言えなくも無い、とも思うのだけれど 旅先での


気楽さがあるからか、誰一人として 反論されたことが無い。


僕も 「 P 」での会合で、その言葉の前に 「 甘やかせる という意味


ではなく ひたすら愛し続け、あわせて 精一杯信じ続けたい。」なんて


文章を何度か使用した事があるが 気持ちとしては 母も同じであろう、と


信じている。


これから チェックアウトのお時間。皆様のお元気なお姿を喜びながら

 

お見送りしたい、と願っている 宿屋の おやじ でした。


小雨が降ったり 止んだりの 山口 湯本温泉 です。

557. 今日も午前中まで 小雨

毎年 この頃か 夏休み明けの台風の頃になると つい天気予報に対して


一言 噴飯やるかたない思いを書いている気がします。


 今回大きな被害にあわれた皆様には、特にこの度は パートナーの実家


がある防府地域で大きな被害が出ましたので 大いに気をもみましたが

 

当方とご関係のある方々とは接点が無かったようでホッといたしました。


ただ そのテレビ報道では 山口県全体が 大災害に覆われているかの


ような報道で キャンセルがあい続いた今朝の当社でございました。


ありがたかったのは お二人でのご予約の方が主であったこと。


何とか あらかたの皆様は無事おいでになられたので ホッとしておりまして、


和歌山ナンバーの七台のバイクや 岐阜ナンバーの車、特に佐賀ナンバーの


お車には 手を合わせたくなります。お昼過ぎまで 大宰府 小倉間が


通行止めだった中を ようおいでました、という思いでした。そのため いつもより


気合を入れて ご宴会場でのご挨拶をすませた 宿屋の おやじ でした。


言いっぱなしで 何の責任も無く、勿論 甘い予報をして それ以上の被害が


出たら叱られるという状況になることは理解できても、 オーバーに大げさに


アナウンスしていればいいという職業を国家試験の対象にする必要はないと


考えるのは僕だけでしょうか。

556. 空を見上げて

テレビの全国版でご案内のように・・・・・・。


昨日から 何度 空を見上げたことでしょうか。


まず昨日は 朝 五時前からのどえらい雷に、 どひょうしもない大雨。


当館の前では 川幅が それまでの おとずれ川 の倍くらいにゆったり


しているので まずあわてることはなかったのですが、昼過ぎに それまで


の雨が止んで 少ししてからの増水の速度に 少々あわてました。


あと 四、五十センチ程で 冠水するような勢いでしたから。


その頃から ニュースで 県内の各地の被害状況が間断なく取り上げられて


「 山口県 防府市 」 「 防府市・・・・地区の 」の連呼に わがパートナーは


あわてて実家に連絡を入れておりました。


数組の方々の 宿泊日の変更の連絡をお受けしながら 夕方になりました。



で、無事に朝を向かえ、何年ぶりとかの 日食が鑑賞できる日との事、気には


しつつ 十時になりました。


毎年 八月十一日に開催される 湯本温泉納涼盆踊り大会の協賛金集めも


あと一人。


同級生で 大寧寺という 湯本温泉を発見してくださった古刹の 少し上流で


萩焼をやっている 金本君のところに行きました。


「 よう 元気か。」と作業場に入りましたら 「 よう、もう観たか。少しづつ 


欠け始めちょるぞ。」とアナウンスされて ふと思い出した次第。


「 何か のぞける道具を持っているのかよ。たいしたもんじゃのう。」と 半ば


感心して 聞きましたら 「 これよ。これよ。」と三十センチ四方の四角い


ガラスを差し出しました。その一角に なにやら黒くなった半径五センチほどの


丸い円。


「 これでのぞいてみろ。 」とけしかけられて 外に出て 太陽を見ましたら


見えます。観えます。クッキリ ハッキリと。ビックリしました。


大雨が降った後の 澄んだ空気の山の中で このあたりでは一番良く見える


場所かも知れんぞ。と かなり自慢げな声を背中に聞きながら 何度も


のぞき込みました。


これは 社内のスタッフも観ていないはずだと、 しっかり 協賛金はポケットに


突っ込んで 急いで 宿屋に帰りました。


「 だれか サングラスは持っちよらんのか。」と聞きましたが音沙汰なし。


こうなりゃ、あいつの道具を真似るしかないと 先ずは ガラス探し。


結局、某資格免許の入っていた額のガラスをはずしまして 「 確か あいつは 


『 ライターの スス だ 』って言ってたよな。」とかすかな記憶を頼りに 


ライターでチャレンジしてみましたが 割れたらこわい のと さりとて 早く


しないとショーが終わってしまうと、あわてまくって格闘しましたが、なかなか


黒くなってくれませぬ。



仕方ない。そのススのつけ方を教えてもらおう。と電話をかけて 習いました。


ライターの炎の長さで微妙に違うらしいのですが 彼の指導のまま ガラスに


炎をくっつけますと 見る間に 黒々とした 円が出来上がりまして 僕は勿論


事務所の中にいた全員が 太陽の満ち欠けを堪能いたしました。



やっぱり こういう雑学と実践は 学生時代に ヤンチャ だった奴に限るなぁ、


と改めて思い知りました。そして 次回会ったときに必ず冷やかしと お礼を


言わねば、と思った宿屋の おやじ なのでした。



四、五年前の これにも書きましたが 平成十三年の秋、しし座流星群ほどの


感動はありませんでしたが 自然の不思議さをじっくり味わうことが出来て


幸せな一時間でした。 

  

555. 耳の聞こえない 銀座ホステス ナンバーワン

数日前 ちょうど帰宅してテレビのスイッチを入れた時の番組で


筆談ながら 銀座のクラブで売れっ子ホステスになられた女性の


事を取り上げていました。


途中からの拝見にて 微妙に捕らえ方が違うかもしれませんが


あしからず。


ご本人が ご苦労されたことや努力された事は勿論で 随分苦しまれた


であろう事は容易に想像できますが、このときに妻とこんなことを話し


あいました。


高校在学中だか 卒業後だか 不明ですが、 コンビニの前で 数人の


いわゆる 世間の評価では 良し といえないはずの友人とタムロしていた


時に その彼女を目にして ホステスの世界に誘われたと言う その銀座の


ママのすごさ、暖かさ、人を見る眼力、のすごさ・・・・・でした。


その場で 耳が聞こえないと言うことを教えられたにもかかわらず 「 あんたは


いい顔してる。」と紙に書いてまで再度誘われたと言う再現ビデオには


言葉がでませんでした。


妻は 数日前に図書館でみた週刊誌に 取り上げられていた、と教えてくれ


ましたので 「 是非 その店の名を調べてほしい。」と伝えました。


人との出会いを大切に・・・・・・・分かってはいるけれど その中身の実践は


なかなか、なかなか、・・・・・・非常にためになった番組でした。


ノートブックの左上から 強烈な朝日が差し込んでおります。


今日も元気に過ごしましょう。     宿屋の おやじ でした。