574. 久しぶりの婚礼の司会
昨日は スタッフのお嬢ちゃんの結婚式で それこそ朝から 机にも
座れませんでした。
それも 十年ぶりの司会と言う大役をおおせつかっての出番でした。
若い時分には聞いたことも無かった 人前結婚式 という形式の
進め方にも真剣に情報収集いたしました。
何度か観たことがある、という若い新郎さんのお友達にきいても ただ
はっきりしない進行の手順に、ついには パソコンでいろいろと調べ
てもらう事に相なり 僕風にアレンジしてすすめさせてもらいました。
それなりにうまく出来たのでは、とこれまた我が家独特の自画自賛。
それにしても 若いお二人を見送る、ってのはなかなか素敵な いい
気分で、改めて この 司会 という職業の魅力に気付いた次第。
それと昨夜、お泊りのお客様のお部屋へのご挨拶時には、こんな事も
ありました。
二ページ前の 広島東洋カープの記事を十日間もおいといたために
広島のおふた組のご家族が このブログを読まれたようで「 いやー、
見ましたよ。読みました。 あの年に 大学二年って事は多分 昭和
29,年か 30年の生まれでしょう?。」と熱心に話しかけていただいて
わざと このページを書いたままに ほっぽっておくのも 一つの方法か
なぁ、と気付きました。
まあ、書けない時の 一つの言い訳が増えただけという解釈も正解では
ありますが。
盆を過ぎて ようやく ミンミンゼミやアブラゼミが鳴き始めたと思ったら
もうツクツクボウシとの共演になってしまっている 山口 湯本の温泉の
里から 宿屋の おやじ でした。
573. お久しぶりです
湯本温泉納涼盆踊りが無事に終了して 暑さのせいでもなく ふと
なにやら このページを覗くのがイヤになり ( よし月末まで 書く
事を放棄しよう。 )とそのまんまにしておきました。
今朝 四時過ぎにまた雨が降り始め その音を聞いておりましたら
なにやら またぞろ 書く気がわいてまいりまして 久方ぶりに ノート
ブックを開いた次第。
いつまた こんなことになるやも知れず、折角 連続掲載のきっかけを
作ってくれながら、 数日前 「 またまたストップしてますねぇ。」と
なんとなく心配の連絡をくれた M輪君のためにも、 確約はせずに
とにもかくにも再会します。どうぞ よろしく。
572. 赤ヘル初優勝と 平光主審
随分前の カープ初優勝の折に 後楽園球場に 同級生の花野君と
出かけた事を書きました。
外野席 三百円のチケットを 八千円だか 九千円だかの 法外な金額を
ダフ屋殿に支払いまして、これも 二時間ほど早く決断していれば
三千円程で入れた・・・・・なんてのも 書き込みしました。○まる君の躊躇
のせいであることも しっかり書いた記憶があります。あははは。
昨日の夕方 お客様のお迎え準備が一段落して ふとテレビをみますと
ちょうど この年の 赤いヘルメット軍団の動きをドキュメンタリータッチで
放映しておりました。
いろいろのシーンがよみがえってまいりました。
まず主審が あの平光氏であったこと。昭和五十年の十月十五日であった
こと。
残念ながら 乱闘シーンは いまだ ライブで見たことが無いのだけれど
テレビで取り上げられている この時代の乱闘シーンの六割は この方が
主審の時ではなかったか、と感じていますが・・・、いかが。
また五回表のレフトオーバーのヒットが大下選手で 九回表のホームランが
ホプキンスのものだったこと。も、知りました。
いかに 僕が ミーハーの にわかカープ ファンであったかが よく理解して
しただけると思います。
ピッチャーを新浦に代えた 監督一年目の長嶋氏に浴びせられた 三塁側の
ごく少数の巨人ファンからの 情け容赦ない 罵詈雑言。それと 九割以上と
思えたカープファンからの これで 勝った 勝ったの 万歳三唱のすさまじい
連呼と大合唱。 まざまざと 思い出しました。
優勝が決まって とにかく思いで作りにと 外野フェンスを飛び降りて 走り
出したものの 係員に捕まって 飛び降りたあたりから ゴミのダンボールの
ごとく 投げこまれた顛末も書きましたが 昨日 よく見ると 内野側から進入
した方々はものすごい数だったのですねぇ。 驚きました。
いずれ チャンスがあったら このときの映像を手に入れて 二十歳の自分を
探してみたいと考えた 宿屋の おやじ でした。
あと 二時間半ほどで 湯本温泉 納涼盆踊り 大会のスタートです。
大勢の 宿泊やご休憩のお客様、 地元企業の皆様、長門市界隈の皆様と
今年初めてとも思える 快晴の空模様の下で 楽しく過ごさせていただきます。
ではでは 失礼いたします。
571. 青い空を忘れそう
今日も厚い雲の 湯本温泉です。
寝苦しい就寝、大汗の中の起床、今年はいまだに見たい件、・・・・・
いえ未体験です。
なんとなく このまま夏シーズンが 通り過ぎてしまいそうです。
ここ数年 夏の朝のご出発時には 角島へ海水浴に行かれる方々の
道路案内が八割ほどの仕事だったのですが、今夏は 見事にほとんど
いらっしゃいません。
山口の方では ナポレオン展が、 結構集客されているようで その年
その年の楽しみをされていらっしゃる様子が伺える 山口県 日本海側
長門湯本の 宿屋の おやじ でした。
570. ふたたび ご報告
昨日は 夕方には 復旧したらしいのですが コチラが そこまで
お付き合いできませんでしたので書き方を失礼いたしました。
昨夜 何とか無事に 先日に引き続いて 小雨そぼ降る中で おとずれ
夜市 じゃらんじゃらん が開催されました。
すみません。ちょっと出かけます。後ほどまた・・・・失礼いたします。
どうも失礼いたしました。
なんとも恨めしい雨模様で、中止にするほどの勢いはなく ひたすら
継続のみを主眼に取組みました。
カラオケ大会が主目的でスタートしましたが あいにくの天候と 前回の
大人数の申し込みとは打って変わって 出場者の獲得が 大変だったよう
です。「 ようです 」というのも 会場設営が終了して 一時間から
一時間半くらい、僕は 旅館に帰って ご挨拶や いろいろの手配などの
ために じゃらんの方は 担当の方におまかせしてしまうからで 本当を
いうと 雨の降り始めも知らないのですよ。
司会をやっていただいた 白沢先生、ご心配をおかけしました。
また アコースティックライブのトップバッターとしてもご登場いただき
ありがとうございました。
最近の この 中学校の国語の先生の新曲は 方言がところどころに
ちりばめられていて 妙に 気になっていたのですが 昨夜 じっくり
聞いておりましたら なかなかいい曲だと言うことに 気が付きました。
いずれ わが社のホームページに登場いただきます。
それと センセの顔写真ですが 昨夜もお話ししましたとおり 作成会社
さんにお送りしているはずですので いましばらくで 公開できると思い
ます。
決して 意図的に お避けしていたのではないこと、どうぞ 素直に信じて
下さい。 宿屋の おやじ からの お願いです。
また来月・・・・というか、今度の火曜日、湯本温泉 納涼盆踊り大会にて
よろしくお願い申し上げます。
あわせて 大勢の皆様のご参加も お待ちしております。
本日 ここまで。失礼いたします。
569. ケーブル不調
「 毎日 継続 」をと 昨日も 書き込もうとしたのですが 「 ケーブル
回線不調 」で 記入できず残念でした。
朝から 昼過ぎまで どうしても 「 インターネットに接続されません。」
のアナウンスばかり。
中継局と NTTさんとの回線トラブルだったそうで 長門市全体が 不可
だった様子でした。以上をとりあえず 昨日の分の書き込みとして 今日の
分は 後ほど 記入いたします。
「 どうもどうも 」の 宿屋のおやじ でした。
きょうも 雨の湯本温泉です。
568. 早 立秋
やっと暑くなってきた、と感じ始めましたら 明日 は もう立秋。
子供時分には 気が付かなかったけれど こんなスピードで夏休みが
進んでいっていたのでしょうね。
全世界で 砂漠化が進んでいる状況下では、被災された方々には
申し訳ないけれど、水資源の豊富なわが国の姿に感謝しなければ
なりません。
先日までの大雨による 川の増水で おらがむらの 清流 おとずれ川
も透明度をまして 涼を提供してくれております。
朝から 強い日差しの 山口 長門の 湯本温泉。今日も暑い一日に
なりそうです。 皆様 どうぞ お元気に。 宿屋の おやじ でした。
567. 梅雨明け 宣言のとたんに
「 梅雨明け 」のメッセージが届いたとたんに 暑くなったようです。
ただ 昨日の朝も 今朝も 夜中に雨が降ったようで なんとも 過ごし
やすく出社させていただいております。
日経の最終面にて 加山雄三氏の 私の履歴書 の次が ファッション
デザイナーの 芦田 淳氏に 引き継がれております。
で 昨日は つい 隣の 「 文化 」欄を 読んでおりました。
子供の頃に 父から 「 イヨマンテの夜 」を聞かされていたことは
数章前を含め 何度か書きましたが 子供心に なんとも オドロ
オドロしい 歌に聞こえていたのですが、この作詞家と 早稲田大学の
紺碧の空 の作者が同じ方だと初めて知りました。
大津高校時代だったか 深川中学校時代だったか、 自分の所属する
分団の応援歌が このメロディで とても 日田死んでいた いえ 親しく
していたせいでありました。
以前にも書きましたが、従兄弟が神宮球場で 医務室のアルバイトをして
いて「 観てこいよ。」という誘いに乗って 白衣を着させてもらい バック
ネット裏の 製薬会社さんの年間予約席で ヤクルト戦を鑑賞したときに、
仲良くなった 球場の職員の方がありました。お名前もお役職ももはや
不明です。
もう三十年も前のことにて 書いて見ます。
数日後 その方と偶然に 球場の近くでお合いして 「 今日は 早慶戦 」
という事を知りました。 こんなことを聞いて 何もしない僕ではありません。
五回前後が過ぎたら 出入り口のスタッフは不在になることも知って
いましたので その時間を待つて こっそり進入した次第。
しばらくして この歌が流れてきて これが 早稲田の応援歌というのを
知ったのですが、にわか 早大生になって 右手を元気よく上下に上げ
下ろしして 「 こーんぺーきー のー そらー あーおぐ にーちーりーん」
と大声を張り上げたのでした。
後で思ったのですが もしかすると あの 吉永小百合 様もおいでに
なっていたのかもしれませぬ。
まぁ、考えたら いろんな体験してるよなぁ、と自分をほめてあげたくなった
宿屋の おやじ なのでした。
暑くなりそうですね。 皆様 どうぞお元気に。
566. さて 何書くべ
やっと山口も 梅雨明けしたそうで、とはいえ そのニュースをフロントの
スタッフに聞いたときにも 外は雨でした。
あせりまくった予報官が 九州 四国 関西にも 負けてはなんめい、と
ほんの少しの曇り空の時間に 「 えいやー、ままよ。」で宣言しただけの
様にも思えますが・・・・。
とにもかくにも なんとか 今朝は曇り空。
何とはなしに 昨日までの暑さとは違う、というかそれなりに暑く感じたり
して・・・・・・、わが身の要領よさを 不思議におもうばかり。
どうぞ 皆様 お元気に。 宿屋の おやじ でした。
565. 若大将シリーズ16本
昨夜 ある会にて 同級生の宗本に遭遇。
彼も日経最終面の 「 加山雄三、私の履歴書 」を熱心に読んでいた
そうで 話が盛り上がりました。
僕は 彼の映画、若大将シリーズは 一本も観た事が無いのだけれど
彼は 大学二年か三年の頃 記事にも出ていた シリーズものの復活に
真正面から立ち会っていたそうで・・・・・。 こんな話でした。
新宿の映画館でスタートした 「 加山雄三 若大将シリーズ オールナイト
四本立て 四週連続 全十六作品 大公開 」を全部 鑑賞したそうです。
正直なところ 僕はあきれて さりとて くさすのもはばかられるくらい
大真面目な話しぶりに 大笑いしながら 聞いておりました。
「 四本もみてたら 三本目あたりから お尻が痛くなって 大変だったやろ。」
と茶化すのが精一杯。
「 いやいや それがな、パターンは全部一緒で、青大将の田中邦衛に
徹底的にいじめられてぼろぼろになった若大将が最後に立ち上がって これを
打ち負かすわけよ。そうなりゃ、場内全員で 立ち上がって 拍手よ。」
映画館で スタンディングオベーション なんて初耳だったから これにも
大笑い。
それぞれに それぞれの思い出があって 歴史が彩られていくようで 彼は
こんなことも言っていました。 「 俺は 加山雄三の 全部の歌が歌える。」
はてさて 次回の同窓会で じっくり確認してみましょう。
宿屋の おやじでした。 昨夜二十三時五十五分に突然降り始めた大雨も
小雨になりつつ 早い 梅雨明けが待たれる 山口 湯本温泉です。