宿屋のおやじ日記 -56ページ目

584, 本日 おとずれ夜市 じゃらんじゃらん

今の時点で 湯本エリアは雨です。


十四時に 実行するかどうかを決めますが とりあえず 本日の夕方から


「 おとずれ夜市 じゃらんじゃらん 」の開催日です。


十八時から 河川公園の足湯を利用して 魚のつかみ取りをスタートさせ


ますが 当方初めての運営する側での取組みにて どんな騒ぎになるやら


想像も出来ませぬ。


お子様中心に 「そういえば この場所で 魚を捕まえたっけ。」 と大人に


なられてから話しのネタになるようにと企画しました。


とにもかくにも お時間のおありの方、ない方も可能なら作っていただいて 


楽しみにご覧になってください。お待ちしております。


アコースティックライブほかの企画はこれまた きちんとご準備いたします。

 

本日 とにかく 十一月までの第二土曜日開催の 夜市のご案内まで。


                        宿屋の おやじ でした。

583. 無事に 南条踊り ご奉納

なんとも 快晴の 暑い空の下 無事に 南条踊りの奉納が済みました。


地元に帰って 消防団 と この南条踊りには 是非参加しておきたいと


思っていたので 参加の要請があったときには 即座にお返事をして


入会させていただいた。


消防団の方は 定年というものもあって 団員の皆さんに迷惑をかけつつ


なんとか部長も終わらせて退団させてもらって もう十年以上が経過した。


この県の無形文化財には、父が死んで喪中になった一年と まだまだ 


それなりの若者がいて 二年おきの出演で間に合っていた数年間を別に


して 早三十年のお付き合いに相なる。


練習しているうちに 若いメンバーの名前も知る事が出来て 踊りの輪の


中では 長老の見習いみたいな、なんぞというと、大将もやっていないのに


えらそうに、という一部の声もきこえそうだけれど、とりあえず そういう「歳


」になったという意味でのポジションにいながら 楽しませていただいている。


昨夜の直会・なおらい・では 別の用事で 最後まで参加できなかったが


僕達の先輩達が受け継いでこられた 地域の郷土芸能を受けつがさせて


頂いて感謝 感謝の 宿屋の おやじ なのでした。


日中は別にして 朝夕 本当に寒くなりました。皆様どうぞ お元気に。

582. 昨日のテレビから

仕事が一段落ついて帰宅した折りに入れたテレビの番組で ほんの


五分ながら観れた番組から。


すぐに お客様からの問い合わせの連絡が入って その五分しか観ら


れなかったのだけれど 脳内出血で 右半身が不自由になって 左手


のみでピアノを演奏されている方の紹介をしてました。


早くも三年と半年がたちましたが 当直の先生から「 申し訳ないけれど


ご主人の左半分はあきらめてもらう事になるかもしれません。」と妻に


説明していただいた同じ体験者の自分にとって 他人事ではなく、 その


映像でご本人が オーケストラをバックに無事に演奏を終えられて ホッと


笑顔を見せられたときには 胸がつまりました。



徳山( 現 周南市 )の病院から地元の病院にリハビリ転院した時にも、


一ヶ月半のトレーニングを終わって退院してからも、 その後一年間、誰も


が 僕に対して 「 口がまがっている。ゆがんでいる。」という表現を使って


くれなかったがために立ち直れたなぁ、という一つの体験談をひとしゃべり。



本人はもうしっかり直ったつもりで、毎朝の鏡に向かっての笑顔の練習も


力を精一杯入れて 張り切って練習していたために気付かなかった様です


が、なんでもない フッと力の抜けた一瞬には やはり 口が半分 開いて


いなかった  つまりゆがんでいたのですよ。


あるお客様のご出発時に撮られたスナップ写真 それも ルーム係りさんに


送られてきた一枚の写真で知りました。


で、思うことがあって しばらく前に ご家族のご法事でご利用いただいた


同級生に連絡して 「 正直に教えてほしい。あのときには 僕も完治して


いたつもりだったけれど 口は ゆがんでいたんじゃないの。」という問いに


「 ううん、そんなことなかったよ。」と応えてくれたものの その「 間 」で


暖かい友情のウソを知った次第。


家族の妻も 子供たちも 皆 同様の反応をしてくれて ありがたいことだと


感じ入りました。 なんだかんだ えらそうなことを話しながら 妙に気の弱い


一面もあって だれか一人からでも そんな言葉をあびせられていたら 


完全な完治までにもう少し時間がかかったであろう、と確信したのですよ。



毎朝 日めくりに 「 あいだ みつを 」氏の一言が書かれたカレンダーを


使うのだけれど その中に 「 親切という名の おせっかい  そっとしておく


おもいやり 」という一日の文をまざまざと思い出しました。


                        宿屋の おやじ でした。

581. なんだカンダと

なんだかんだと言いながら つまりは書くのが ただ イヤになっていた

だけのようで そろそろ書かないとと ページをあけました。

まだまだ ミンミンゼミがしきりに鳴いております。

ツクツクホーシやヒグラシを聞かずに 秋になってしまうのではないか、と

少し気になってきました。


なんとも日中はとても暑いのですが 朝夕の涼しさは寒いと言ってもいい


くらいです。


今朝は四時に目が覚めまして 一人 お客様がご利用になる前の お風呂


を楽しみました。


当館で長いこと営業してくれていた カクテルスナック ロペ さんが 長門の


方に移動して 昨夜は そのオープン前の お披露目パーティの日でした。


昨日は 我がパートナーと別件で他県に出かけており 残念ながら参加でき


ませんでしたが いずれ 落ち着いた頃にお伺いする予定でおります。


夏休みの終わり頃に 敬愛する さだまさし さんのテレビ番組に 偶然に


出会いました。


夏休みに あれだけの膨大な宿題はいらないのではないか、という視聴者から


の問いに、「 大人も含めて ただでさえ 気が緩んでしまう時期に、子供達を


魔の手から 守るには 一番手っ取り早い 確実な方法なんですよ。今は子供


達に対する 親力( ちょっと 違うかも。挨拶やエチケットを指導するのは 


あくまでも親である、という意味合いで言われたと解釈したのですが ) を強化


しなければいけない時代だと思っています。」と 一言。


いつものことながら ユニークな 見方をされる方だと感心しきり。


明日は 地元の 産土神である 飯山八幡宮のおまつり、です。


湯本からは 例年の通り 県の 重要無形文化財の 南条踊りで参加いたし


ます。僕は 「 弓 」の担当になりました。


残暑厳しき折柄 皆様 どうぞ お元気に。 宿屋の おやじ でした。

580. あまりの

あまりの衝撃的な結果に 言葉を失っておりました。


おいおい立ち直りつつ また 一報いたします。 


     九月六日 十時 記す  宿屋の おやじ でした。


579. 途中経過 対 作新学院

十一時二十分 現在。


四回を終わって ゼロ 対 ゼロ、0-0 です。  


十二時十分。


八回途中で  0-1 で リードされています。 がんばれ。


どうも失礼いたしました。今日は一日 アレコレとご訪問の多い日


でございまして、気が付いたら 十八時でご゛ざいました。


残念ながら 大津高校の決勝進出は消えてしまいました。残念です。


なかなか難しいものですねぇ。なにはともあれ 選手の皆さんお疲れ様


でした。永田監督もご苦労様でした。



髄分前に全国制覇で 高校に選手の皆さんをお迎えに行った折、 監督と


一杯やるべと、企画しておりましたら、バスから降りられた先生に まだ 


三、四歳くらいの 多分ご長男が 「 パパ 」だったか 「 おとうさん 」


だったか 右足にしがみつかれた様子を拝見して 「 これは これは、


今日は お誘いしては駄目ですね。まず ご家族のサービスが 一番先


ですね。」と 役員の皆様と目配せをして 飲み屋さんに一名減のお電話を


したことを思い出しました。


今日はゆっくりお体を おやすめ下さい。ありがとうございます。


とにもかくにも ベストフォー ですものね。

578. 報告

軟式野球 一日 順延です。


突然にセミが鳴かなくなったと思いきや 今朝は 比較的に早い


時間から鳴き始めてくれました。が、これも 午後の三時過ぎには


鳴き止んでしまい 暑さだけが夏休みの証明みたいになんとも蒸し暑く


さりとて静かな夕暮れになってしまいました。


私たちの知らないところで なにかが起こっているみたいに なんとなく


妙に気になる三日間です。



妙な 政権交代で 大混乱の起こりそうな 我が国を思って 彼の世界も


なりをひそめているのかなぁ、と思ったら 変な説得力があって不安に


なった 宿屋の おゆじ でした。


そもそも 労組の方や 日教組の方に反対されて コロコロ 答弁が変わる


党首の方が どのような指導力を出されるのか、


労組の反対があっても押し切ると言われた 総人件費の二割カットも


現在の自民党政権化の人事院勧告の 100倍の引き下げ率にもあたり、


あわせて 地方公務員の給与は 国家公務員に準拠することも多く 全国の


公務員の皆さんを本当に納得させられるのか、はなはだ 疑問に思うこと


ばかり。



ついつい おしゃべりをしてしまいましたが、本当に セミの声がまるで


聞こえないと言うのは やっぱり みょう ですよ。ごく当たり前であること、


そのまんまの 無理ではない ごく自然であると言うこと、が一番大切で


幸せな事だと考えております。


神の世界は 単純明快。わざわざ人間が 複雑怪奇な世界に変えすぎて


いる、という話しを聞いたこともあります。



とにもかくにも 元気に 明るく 輝かしい未来を信じて 今日も元気に


すごせました。とにもかくにも ありがとうございます。


      山口 湯本温泉 宿屋の おやじ でした。

577. 軟式野球部 11時現在 対 土佐塾高校

四回 終わって 4‐0 で 勝っております。


無事に勝ちました。 6-1 でした。


準決勝は 明日 28日 九時半 対 作新学院 です。

576. 急にせみの声が・・。と、大津 軟式野球部

急にセミの声がしなくなりました。


昨日、今日と なんとなく静かな朝だなぁ、と思っておりましたら 何の


ことはない、セミの鳴き声がほとんど聞こえなくなっておりました。


大寧寺の方では まだまだ鳴いている様ですので、湯本だけの現象


なのかもしれません。


一挙に秋の気配かと思えば、日中の暑さは かなり厳しくて、そうでも


なくツクツクホーシの声をまともに聞かないままに季節が変わっていく


ようです。


何はともあれ 元気一番。 明るく楽しく過ごしましょう。


               宿屋の おやじ からでした。



そういえば 大津高校 軟式野球部 一昨日 仙台商業に 11-1で


勝ちまして 本日 土佐塾高校と十時の試合開始です。

575. 久しぶりに ペッタン を囲んで

昨夕 M本君より 突然の連絡。


「 内田が帰っちょる。夕方からは 例の シーカヤック界のパーティ


らしいけれど 九時頃から同級同士で一杯やらんか。」「 おう行くぞ。


イクぞ。」と即答したものの あいにく 末娘を厚狭駅まで迎えに行く事


になっていて、急いで帰ったものの、二十三時の合流になってしまい


ました。


突然の召集だったので 六名程の場所に到着した時には 僕のこの


ブログに実名で記入されることに対しての、さりげない 反対意見と 


まぁ いいではないか、 とする意見交換のようでした。


今では シーカヤック界での 大御所みたいに活躍している ペッタンこと


内田君も 広島の友人の方から 「 先輩のことが書かれているブログ


がありますよ。」という問い合わせで 知ったらしいし 転校生からの連絡が


あったりと この企画のパワーは実感しているのだけれど 何万もの方が


見られるわけではなく さほど気にせいでもと思えることと、アルファベットを


打ち込むのがただ面倒くさいという理由だけで 実名にしていたのだけれど


やはり 書かれた当人は 内心穏やかにはいかないようで M本君の話を


静かに聴いていたF田君からも 「 おい すいづ、俺もイニシャルで頼むぞ。」


と釘をさされた。


後半には このF田君が 「 自分は 内田や児玉と違って もてない男だと


思っていたのだけれど あちらこちらで 『 男・オトコ 』に声をかけられたり 


食事に誘われるという体験を経て なにやら自信がついてきた時代があった


・・・・・・。」と 学生時代のトンでもないサウナでの体験談なんぞを始めて


爆笑の会話になってしまった。


しこたま大笑いしたあとのお開きで 唯一女性参加の 塩瀬かよこ つまり 


カーコが 「 それにしても オトコの会話っちゃ、大した事を 話さんの


じゃねぇ。」とのご感想。 というか、捨て台詞に 「 よぉ 高校時代からの 


その上から目線の話し方をやめてくれんか。」 「 そういうお前もしっかり


笑うちょったではないか 。」と注文を出したのは  国立大学の教授に


おなりになった ペッタンと青村のふたり なのでした。            


                             めでたし めでたし。



まだいろいろありましたが おいおい 特に 「 F田 Hシ 」君のお話は


じっくりとりあげてまいりまっしょ。とりあえず 本日 ここまで。


                 宿屋の おやじ でした。