宿屋のおやじ日記 -36ページ目

784. またまた内田と飲みました

もうミツ構え・・・・いえ 三日前になりましたか、例の あの内田君が

帰ってまいりまして、恒例のミニ同窓会を開催いたしました。

いつも男メンバーの動員は 地元エフエム局の M本社長、 私めは

それなりのサプライズ狙いで異性を探すという役目であることを強く深く

自覚しておりまして 開催ごとに 本人のみならず 出席者全員に喜んで

もらっている・・・・と勝手に満足させていただいております。


今回も 「 何とか時間を見つけて行きたいのだけれど、私は U君と話す

のがあくまでも目的で 腹ごしらえをしている水津君なんかと ワイワイ

する気持ちはないから 二次会場になりそうな KOママのいるOで待って

います。」というにべもない連絡を頂いたために、皆にもサプライズにした

くて無闇にしゃべれず イライラしながら飲んでおりました。


それなりに自然な流れで その スナック O に連れて行こうとするのだ

けれど、こんな時に限って そのUが 「 おう あいつを呼ぼうぜ、こいつ

にも会いたいし。」と電話連絡を始める始末。


何とかかんとか理由をつけて、僕と高校の同級生なのに同じ大学の卒業

年次は僕が二年早い A村君のお店「 金の鈴 」を後にしたのは 約束

時間を二時間半も過ぎておりました。


宴会の途中で状況をこまめに連絡していたから その子本人が辛抱強く

待っていることは分かっていましたが、やっぱりなにやら心が急いで 僕

だけ早足になっておりました。


それがそれが 道中で 男だけ八人のこのグループに 恐る恐る話し

かける おネーさんがいて 「 おネーさん コチとらはチョイと野暮様の

急ぎでござんす。ちょいと、失礼いたしやすよ。」と説明しようとしたら

なんとナンと さすがにしびれを切らして移動してきた今宵のサプライズ

・・・・Y嬢、だったのでした。


あはは、U君 見事 フリーズ・・・。

一次会で 中学三年と高校の一年までやっていたソフトテニスの先輩

Oさんと合流して それなりに 口数が減った姿を見てて、初めてあいつ

の天敵を見つけた喜びが、 これまた 倍加して歓声を上げた 宿屋の

おやじ なのでした。


とりあえず その O店で 日付のかわるまで飲んで飲みまくり、お嬢は

ひたすらソフトドリンクで 昔話に花がさいて 楽しいひと時なのでした。


内D君に部屋を準備しているかげんで 一緒に乗るはずのタクシーに

何故か清水・・・すまん イニシャルが面倒くさい・・許せ、も乗り込んで

来て 三人で夜中のお風呂に入って、二人を所定の部屋に押し込んで

急いで我が家に退散した やっぱり 宿屋の おやじ なのでした。


はー めでたし めでたし。       じゃんジャン。


神S観光課長 こんな同級生ですが 日本のシーカヤック界の大御所

であることは間違いないようで、どうぞ 長門市の観光事業発展の

ためにご自由に お思いのまま 引っ張りまわして使ってやって下さい。


ガタガタ変な事を言い出しても 同級生 とりわけ 男ばかりのクラス

メート四十人が 何とかします。  ご安心を・・・。

783. 一言、と 仙崎の 剣先イカ

数日前に パートナーとある会社様にご挨拶に行きました。

おきれいな社長様と やはり おきれいなスタッフの方と なんやかや

アレコレのお話しをして おいとまする時になって ふと、パートナーが

「 主人は、ブログもやっております。」 「 アラマー。」とこれまた話しが

続いて 「 早速 チェックさせていただきますね。」のお別れ時の一言が

見事にきいて この数日 キーボードを避けてしまいました。


何とか「 おとずれ夜市 じゃらんじゃらん 」も何度か 通り雨が通過

する中を開催できました。

来年の春 四月に 温泉祭りとの合同開催まで 半年間 ゆっくり 

のんびり まったり 休ませて頂きます。


十二年を超えて 実行委員長という肩書きも 何とかはずしていただき

たいと 今月の企画委員会でも ダダをこねてみたのですが 開催会場

がなにせ当館のまん前にて それも無駄な抵抗になりました。


ただ 今月取組んだ「 仙崎 の ぶといか 」 検査奇異か?・・・いえ

剣先いか、長門市にて 今が一番おいしいという『 旬 宣言 』をした

ばかりの試食用の300食は 大変に喜んでいただけました。 


改めて 白くなる前の イカの甘み を再認識いたしました。


皆様 どうぞ 仙崎の 剣先イカ 機会を見つけてもらって ご賞味

ください。やはりホンマものは 素晴らしい、です。


連休最終日、いい天気です。 皆様素晴らしい思い出を作られて下さい。


山口 長門市の 湯本温泉 宿屋の おやじ でした。

     

782. 御一報

昨夜遅く帰りまして 郵便物を開きました。

もう二十年を超えるお付き合いをさせていただいている方からのお便り

がありました。

お会いした時から 誠実で 一つ一つに行き届いた真心のある対応を

されていて、さりとて何一つ自慢がましいことは言われず、一人の男と

してというか、人間として目標にすべき方だと尊敬申し上げていた方で

した。


その方のお便りの最初に 「 ホームページ、いつも見てますよ。 」の

一言にシビレた次第。

慌てて この数ページを読み直してみましたが、いつも書きなぐりで

文の脈絡は次々に変化して お恥ずかしいのを再確認した格好に

なってしまいました。


懐かしい転校生からの連絡や ご無沙汰していた方からの一報に、

このページの底知れぬ影響力は見せ付けられたのは 何回か書いた

通りですが、改めて そ知らぬお顔で読んで頂いている方もおありなん

だと、別の汗が出てまいりました。


この後で ご無沙汰のお詫びの電話をするつもりです。


曇り空から 明るい空になりまして、おだやかな温かい日差しが入って

まいりました。


今日も一日 ご縁のある皆様にとって、いや地球上のすべての皆様に

とって素晴らしい日でありますように。素敵な出会いがありますように。


やまぐち 長門の 湯本温泉、宿屋の おやじ でした。  ではまた。

781. 静かな里の秋です

浅田次郎氏の「 壬生義士伝 」を読んでから 主人公の新撰組の隊員

が 愛する家族の住む田舎への仕送りを多くするために 自分の衣類は

夏物で通したというくだりがありました。 

ナイズされやすい僕は、その年から僕も試しに半そでで過ごしてみようか

としたことがあったんだけれど 二度とも 十月の末を迎えることなく長袖

になってしまいました。

今日もまだ短い袖のままでおりますが 早くも両腕ともに鳥肌が目立つ

ようになって まもなく再々度の宗旨替えになりそうです。

小学校時分に全校生徒ニ百人のうち 唯一僕だけが 一年通じて 

半ズボンで通して感心していただいた面影は もう すっかり過去のもの

になってしまいました。  

今朝の曇り空から雨に、そして今又 曇りつつも 随分と明るくなりました。


本日も素晴らしい素敵な一日でありますように。元気で明るく過ごせます

ように。皆様 どうぞ お元気に。


山口 長門の湯本温泉 宿屋の おやじ でした。

780. シーカヤックの内田 ご帰還

一昨日 エフエム アクアのM本、社長から一報が入りました。

今月の十三日に あの シーカヤック界の大御所( らしい )、あの 

ラルフローレンのモデルをしていた、あの パリダカでも活躍していた

( という噂の )、あの 我が山口県立 大津高等学校のラグビー部を

初めて花園に連れて行ってくれた、そして、その二回戦で 目黒高校

相手に 二桁の十点をたたき出して 相手監督を激高させた、そして

前回の帰省時に判明したのだけれど、あの Mとうや さんが まだ 

Aらいユーミン さんだった頃の名曲「 ・・・・ 」のモデルだったらしい

( ガセであることを オトコばかりの六組だった全員が祈ったが どう

やら本当らしくて皆でのけぞった )、あの内田が帰省するらしい。


詳細はまた 宗M社長から発信されますので 少々 お待ちください。


会場は、あの 第一回目の同窓会の頃に 塾で英語と数学の先生を

していたと自己紹介までしたのに 二次会でその当時には珍しかった

フィリピンのスナックに出かけたところ そいつの英語だけがどの子

にも通じなかった A村君のお店「 金の鈴 」のようです。


とりあえず 私は 同級生の女性を呼ぶ担当にて どうぞ 気楽に参加

してください。


本日 曇り空の 山口 長門の 湯本温泉 宿屋の おやじ でした。

みなさま どうぞ お元気に。    ではでは。

   

779. 曇空

本日は 静かな曇り空の湯本温泉です。

お元気な県外のお客様をお送りさせていただきました。

毎月必ず訪れる月末にて なんとなくあわただしくなりそうです。


今日も素敵な一日でありますように。明るく元気に過ごせますように。

宿屋の おやじ でした。

778. 日経新聞最終面の感想 ひさしぶり

もう「324」回を数えてしまったけれど、「 韃靼の馬 」 と「23」回の

「 哲学者の 木田元 」氏との二つのコーナーを楽しみに読んでおり

ます。


初回の文章に「 外交 」に従事する者の心がけとしての一言に、「 

こりゃすごい。」といわば 見事に つかみに 引っかかった状態で

スタート。  一方では、


哲学者という肩書きに「 ・・・。」だったものが 敗戦直後のドタバタ

時代とはいえ、生きるため、食べるため、家族のために 闇市の

バイトをされていた日常を 淡々と書かれている文面に惹かれて楽し

みに読み進んでおります。


仕事でいえば なかなか厳しいこの時代に、だからこそ この与え

られた一日を 精一杯、正直に、明るく、元気にすごさなければなら

ないのだ、と自分に激励品柄・・・・いえ・・激励しながらすごして

まいります。


それにしても 母に 妻に 弟に 全スタッフに お客様に 全世界で

不足気味の水を豊かに与えていただいている この日本という国土に、

すべての人に物に事に 感謝してもし足りませんねぇ。ありがたい事

です。


今日も素晴らしい一日でありますように。


やまぐち 長門の 宿屋の おやじ、でした。


777. 矢沢 氏と 糸井 氏

昨日 業務の一段落語・・・・・???・・・いえ 一段落後、自宅で衛星

放送にスイッチを入れました。

ちょうど ロッカーのエーちゃん と コピーライターの糸井重里氏?・・

でしたっけ・・・、が対談されておりました。

申し訳ないお話ながら 以前から お二人とも さして興味のある方でも

なくて いつもならすぐにスルーしていたはずなんですが 昨日はどう

いう理由からか つい聞き続けてしまいました。


いわゆる”お金”という生々しい言葉が行きかっていたせいかも知れま

せん。結果 番組終了までの一時間ほど、途中からパートナーも参加

して見続けました。


矢沢氏は 舞台の照明にケチがついたのがきっかけでコンサート一切を

取り仕切るために会社を立ち上げてからの苦労話や 信じていたマネー

ジャーの裏切りで抱えた 35億円という借金のこと、糸井氏も まだ使用

者の少なかった時代に取り掛かったインターネットの取り組みと その後

のお金の苦労話。


「 そこんとこ、よろしく。」という訳の分からない一言と ツッパリのロック

バンドでしかない、 たまにテレビに出てきて あれこれと わかったフリ

をするコピーライターという うさんくさい・・・と勝手に思っていた自分に

少々反省した次第。


機会があったら もう一度 最初から この番組を見てみたいと思い

ながらスイッチを切った、やまぐち 長門の 湯本温泉 宿屋のおやじ

でした。

先ほどから雨がパラパラと降ってまいりました。


今日も素晴らしい一日でありますように。        ではでは。

776. なんとも・・・26日の朝です

一昨日から ここ湯本温泉も寒い朝を迎えております。

そけにしても暑い夏でした。数年前から担当になっている 客室のお花

もこれからは長生きしてくれそうで一息ついています。

ただ今度は花そのものの値段が上がっているようで 購入と活けること

の担当であるわがパートナーも少々悩んでいるようではありますが・・。


担当・・・といえば 三年前のドタバタの退院から「リハビリ兼ねてやって

みられたら・・。」とけしかけられて、その気になってスタートした我が家

の掃除機かけも えらいものですね、無事に継続しています。

何度も 「もう完治しているから・・。そろそろいいんでないかい。」と言い

かけては 「ではこれをお願い。」と 食器洗いだ、洗濯だ、との代替案

が提出されるのを面倒くさがって そのたびに その一言を飲み込んで

おります。


暖かな朝の光につつまれて 今日一日素晴らしい一日でありますよう、

素敵な出会いがありますようにと、祈っております。


やまぐち 長門の 湯本温泉、宿屋の おやじ でした。   ではでは。

775.  なんとも・・・22日の朝です 

数年前から「 取調べの担当官に 『 吐け 吐け、とにかく 吐け。吐い

て 楽になれ。』ばかりで 理詰め や 情に訴えて 落とす芸当の出来

る人が めっきり減った・・・らしい という噂は聞いたことがありましたが

それにしても 調書の改ざんまでする人がおられるとは、驚き以外には

ありません。


先ほどから 強烈に強い雨が降り始めました。

これでこそ やっと涼しくなってくれるキッカケだと信じたい気持ちです。


明日はこれまた祝日。多くの皆様においでいただけますように。

雨にもめげず 素晴らしい一日でありますように。


                           宿屋の おやじ でした。