宿屋のおやじ日記 -33ページ目

814. 流れ星

平成十三年の「 しし座流星群 」の感動が忘れられません。


昨夜も どうやら その流れがあるらしいと わがパートナーが新聞で

読んだ、というものですから、リンゴとコーヒーを持って 夜中の十二時

四十五分に家を出ましてローソンでアイスを買い、わが社の第三駐車場

の真ん中に陣取りまして 暖房を高温にセツトしまして 窓から顔を出し

て夜空を見上げました。


前回は スナックからの帰り道に偶然に出くわして、我が家に走って帰り

全員をそれこそ たたき起こして 一家五人が 「 わー、すごい

すごい。」と大歓声をあげ続けました。


一時がピークと聞いていましたが、あのときのすさまじい数とは打って

変わって静かに穏やかに 思い出したような頃に流れる星達でした。

流れる雲に覆われることも多くて 都合 一時過ぎの 五つ、半過ぎて

からの 四つ、にそれなりに納得して帰宅しました。


いつも思うのですが、 何月何日の何時頃に このような 流れ星が

ある、と誰が計算するんですかねぇ。


それと これを打ちながら感じたのですが、流星・・・りゅうせい・・・と

いうよりやっぱり 流れ星・・・ながれぼし・・・のほうが なんとなく 夢を

感じますね。


二ヶ月ほど前に ある冊子で さだまさし さんが 「 『生足・・なまあし

・・』なんて、なんで変な呼び方をするんですかね。素足・・すあし・・という

素敵な呼び方があるのに・・・。」という一文を寄せられていました。

( 飲んだ時には ・・・なまあし・・・という言い方のほうが ゾクゾクする

のに、)と思いつつ その言葉に封印をかけた 宿屋の おやじ なの

でした。


                            ではでは。

813. JC OB会

昨夜 JCのOB会がございまして なんとナンと あの青村君が次年度

の会長におなりになりました。


あのユニークな考えとアイディアでどのような事業計画が発表されるか

楽しみに待ちたいと思います。


もう二十七、八年前に 最初の高校の同窓会で「 ある塾で 英語と数学

を教えています。」と自己紹介したまではよかったものの、移動した二次

会場に、当時はまだ珍しかった フィリピンの女の子がそろっていた某

スナックというか パプに行ったところ、彼の英語だけが彼女達に通じず

「 しゃっちょさん、あ~たのエゴ、むつかしね。にほご が いいよ、

だいじょぶよ・・。」の言葉にムキになって 話し続けて一時間。唯一通じ

た英語が シェイクハンド・・・だけで みんなから「 お前は どんな英語

を教えてんだよ。」と大笑いされてたのが強烈な思い出です。


内田のヨイショ記事の翌日が 青村のバクロ話・・・。


どうぞ 気長に気楽にお付き合いおくれませ。


           山口 長門の 湯本温泉 宿屋の おやじ でした。

812. 海猿.3

「 海猿.3 」という映画が大変にヒットしているそうで・・・。


せっかく見つけたネタが これまたあいつがらみ・・・かと言われそうです

が、これまた本当なんだそうで お許し頂くしかありませぬ。


あいつ・・・つまり U田君・・・面倒なんで そのまんま内田で参ります。


彼のお父上が 仙崎の海上保安庁の方でした。


で、この海猿の舞台が なんとこの仙崎の第七管区海上保安本部

だったそうなんですね。

その漫画( アニメ?? )の題が当初「 第七・・・なんとかかんとか・・

・」だったそうで、出版社の方から 「 内容はいいけれど まずこの名を

なんとかしろ。」という指令がきて この題名の変更にも 内田が絡んで

いるという事で・・・・なんか僕は 内田のヨイショ記事を書いてるみたい

で なんとなく・・・不愉快・・・かも・・・、まぁ そこはそれ・・・・。


で申し訳ないけれど この改名の流れも 前回のミニ同窓会で 本人や

M本 いや 宗M いや まあ その エフエム アクアの社長から縷々

聞いたのだけれど まぁ例の ジェラシーでさっぱり忘れてしまった。


おもちゃの何とか・・がヒントだった・・って言っていましたが・・・これまた

後日報告申しあげます。


先日 この現職の方とお話をする機会があつて 第一作で観た「 寿司

屋さんの鯛の生簀の中での隊員同士の 潜水競争 」のシーンに

笑った事を話しましたら「 そのままのシーンはありませんが、似たよう

なことがないとは言いません。」と笑っていらっしゃいました。中国との

ドタバタの前でしたから・・・・・それは 朗らかな 笑いでした。


今朝から 湯本は雨模様です。


今日もいい出会いがありますように。   宿屋の おやじ でした。

811. 瞳を閉じて・ひとみをとじて・ユーミン作

九時に宗M君に連絡しまして M輪市議にも報告後 カラオケボックスに

入りまして 入力しました。聴きました。


ひとみをとじて・・・瞳を閉じて・・・なんとなんと、知っているどころか 

結構ヒットしてますよねぇ。    いや驚きました。


ただ あいつのイメージと合わないんだよなぁ。


本人も「 うーん、そうらしい・・。」とかぼやかしたことしか言わないんで、

活字にしていいのかどうか判断出来ず 次回の再会時によく確認して

から報告します。


三W市議からも 「 天下のユーミンさんと どんな付き合いだったん

ですかねぇ。」とわざわざ電話で質問されましたが、本人が パリダカに

熱中して参加したりしていた時代らしいよ、としか当方にもネタがなくて 

とりあえず お互いに驚いた確認だけいたしました。


それにしても曲名を忘れる・・・・とは あいつに対する嫉妬 ジェラシーが

原因かもと 今フト 気がついた 宿屋の おやじ です。 

810.  市議よりご一報

時々このブログにも登場してもらっている長門市の M輪市議 からも

一報を頂きました。


「 水津さん、よく読んでるのは 同級生ばかりじゃありませんよ。僕も

一級下の同窓生として 毎日見てます。で やっぱり一日でも登録が

ないと、( あれっ、お具合が悪いのであろうか、何か変わったことが・

・・)なんて気にしているんですからね。」と嬉しい、そして明るい一言。

「 ただなぁ、毎日記入は大変だってーの。分かってくれよ・・・。」は

グッとの未婚で、いえ、グッと飲み込んで・・・。


思えば もう二十年も前の事、子供のスポ少のソフトボールの手伝いで

ふくらはぎに内出血して ほんのわずか 四、五日手術入院した時も

どこで情報を仕入れたのか、真っ先に見舞いに来てくれて、こいつの前

ではウソがつけんなぁ、と彼の情報網に舌を巻いたことがありまし

たっけ。


で、確かによく読んでるなぁ、とびっくりしたのが 「 実は僕も内田さんに

ソフトテニスを教えてもらったもので それなりの思いもありまして、・・。」

で まつとうや 女史が まだ ユーミン だった頃の作品で この内田を

モデルにして出来たのは なんという曲ですか??・・・という問い合わせ

でした。


これは あいつが帰るたびに同級生も何度か聞いて 「 あった、あった、

確かにあった・・・。」と全員がうなずくのに、次にまたミニ同窓会を

やるとこの僕を筆頭に 曲名を忘れてしまうという、ていたらく・・・。


で今、思い出した、三W市議様。そういえば エフエム アクアのM本

だけは 覚えていたなぁ。いつも 「 お前らいい加減にしろ。名曲じゃ

ねーか。○○○○だろ。しっかり覚えろ。」と怒っていたのを

思い出しましたぞ。


あす かしこまって 聞いてみて連絡します。どうぞ お楽しみに。


まもなく 師走十日もあと一時間で終わりです。皆様どうぞ お元気に。

明日も 素晴らしい一日でありますように

809. 早い早い・・・

ドタバタしているうちに 九日です。


毎日書きます、がなかなか続かんなぁ・・・・・は、プライベートな会の

忘年会での エフエム アクア のM本 社長・・・。 ちょっとカチッと

きたので となりにいらした某医院の院長先生と某高校の事務長先生

に「こいつは、僕達共通の同級生である K原N子 ちゃんと僕があれ

これ話していると 『 おれの女に手を出した.』って怒るんですよ・・

・・・。」とまずはウソ話しでカウンター。

                 あぁ すっきりした・・・、はともかく。  


おまえみたいな奴がおるケー皆で集まれるぃノー。おぅ、正月二日じゃ

な、行くけー行くけーのー、・・・は商工会議所の忘年会での A村 君

でした。とても 東京の四年制の大学に行ったとは思えない言葉遣い

の議員さんです。


しみじみ 強烈な個性の奴が多いなぁ、と自分のことは棚に上げて

考えています。


以前 ある冊子で「 私は さだまさしさん と同じ時代を生きていられる

ことに大きな喜びを感じています。」というコメントを読んで 素敵な

表現だなぁ、と思ったことがありました。


こればかりは死ぬまで一緒の同級生・・・、時代と場所と状況でくっ付い

たり 離れたりはあったとしても 限りないこの現世の縁だと、感謝

感謝ですごしたいと望んでいます。


そろそろ加藤から 案内状が届くはず、どうぞ 楽しみにいらっしゃい。


                    大津のニ十五期会の皆さんへ。

808. 忘年会

本当でしょうか・・・?


ロスチャイルド家が イギリスを離れて( つまり見放して ) スイスに

( つまり ユーロも見限って )移住するお話し。


本当でしょうか・・・?


郵貯に国債を購入する資金がなくなったこと。


本当でしょうか・・・?


国から地方に送付される交付金、助成金、補助金などが現金では

なくなって、 しばらく地方債でまわしておいてほしい、なんて指示

がきているといううわさ。


いずれも ウソか本当かは そのうちに判明するのでしょうが、

とりあえず「 今年一年、よくがんばりました。」と、自分と自分に

かかわりのあるすべての人に ものに、ことに感謝して まずは一杯

やりましょう。


いろいろな会、なんとか青年部、何とかの若い会、何ぞを年齢制限で

追い出されてから お誘いのある忘年会が減っておりますが、まぁ 

そこはそれ・・・。参加する一つづつを大切に消化してまいります。


とりあえず 正月二日の使用後には、・・・・いえ 正午には 大津高校

二十五期会がスタートです。近いうちに 加藤から案内葉書が、今年

は全員に送付の予定です。どうぞ ご参加を・・・・。


福岡の 村岡 F子 さん・・、先日のミニ同窓会で 懐かしがっている

複数の仙崎中の男がおりました。おイヤでしょうが、ここは、目を

つぶって参加してくれませんか。決して前回のようなミスは いたしま

せぬ、可及的すみやかに、前向きに ご検討下さい。


朗報をお待ちしております。ひらに・・・。


                             では   では・・。

807. 末娘の初運転 

先日帰ってきた末娘が 運転免許を持って帰ってまいりました。

これは早速実施の同乗指導をと、てぐすね引いて待っておりましたが、

僕がアレコレとマナーにうるさい事を、知ってか知らずか、こっそりと我が

パートナーの車にだけ体験運転して あっさり福岡に帰ってしまいました。


大昔、イトコの指導で ささいな小言を続ける僕に その従姉妹が運転中

立腹した話を どこぞの誰かに聞いたのかも知れませぬ。


おまけに、未だ対向車に誰がいたか、つゆ気が付かない僕に「お父さん、

丸和の前ですれ違ったの気が付いた???。」とカウンターパンチ。

グウの音もでませんでした。


この厳しい就職難の時代に 姉の颯爽としたセールスウーマンの姿勢を

目標に取組んで 何度かにがい思いをしつつ しっかり勤務先を決めて

きた彼女のことゆえ 安心して 神様に全託、おまかせするべと、誓いも

新たな 宿屋の おやじ でした。


ここまで下書きして 一日おでかけ、・・・今は 23時45分・・・。


明日もいい一日でありますように。素敵な出会いがありますように。


ではでは 今日は おやすみなさい。

806. 日経最終面

日経新聞の最終面の「 韃靼の馬 」の感想は何度か書きました。

失楽園から何作目になるのか知りませんが ずっと面白い作品が続いて

おります。


最初からあらすじを決めて取り掛かられる作家の方と 書きながら

ストーリーを変えられる方がおありのようですが それにしても 200話

300話とよく毎朝続くものです。


一時期には 浅田次郎 氏のような 面白いものは めちゃくちゃに

デタラメみたいに愉快で シリアスなものはこれまた徹底的にシリアスな

作風のものが書けたらいいなぁ、なんて思った季節もありましたが、氏

自身が「 瑠璃の色 」でしたか 「 若い頃には、一日中朝から晩まで、

それこそ年中無休で書いて書いて書きまくり、家族サービスも一切無し

で書き続けてこそ 髄分後になって それなりの報酬をいただけるように

なる。」という思い出話を書かれているのを拝見して 直ちに物書きへの

取り組みを放棄した 宿屋の おやじ なのでした。


まあ こんなページでも それなりに見てお付き合いいただいている方々

のために、これからも地元のネタ晴らしに、酒の場での裏話のバクロに、

訴えられる 一歩手前で踏ん張って 書き続けてまいります。

どうぞどうぞ 気長に気楽に お付き合いください。

                                    ではでは。


やまぐち 長門の 湯本温泉 宿屋の おやじ   でした。 

805. じゃらんじゃらん 奏者の年忘れ会

今月の上旬に ロペのマスターに言われていた 「 おとずれ夜市 

じゃらんじゃらん の 奏者側 」の忘年会を覗いてきました。


あいにくの土曜日にて お酒も飲めず その上 早退という残念な参加で

したが とりあえず今年一年のお礼と 来年の変わらぬお付き合いを

お願いしておいとまいたしました。


出店者やスタッフの側の忘年会は開催していましたが ギターや何や

かやの楽器持参で協力してもらっていた方々のほうが抜けていた訳で

思えば 片手落ちだったなぁ、と少々反省した次第。


しみじみ見渡しますと 出演者の若い皆さんも素敵ながら、五十歳を過ぎ

てからの目の行き場は その彼ら彼女達の お母さんが主になるのは

僕の哲学では自然の流れでございまして、あははは、・・・。いや失礼。


まぁ、ほとんどのお母様には 開催の毎月、お子様達の応援に来ていた

だいていますし、見慣れたお顔ばかりですので となりのご主人を気にも

せず いつもの軽口をたたきながら しばしの逢瀬を・・・、いえ ジョーク

ですよ、念のため。 しばし楽しんでまいりました。


やはり ここでも ウケました。


奥様の肩にそっと手をおいて


「 いやー やっと 二人っきりに なれたね。 」・・・・。


僕のそんな悪いいたずらの情報を聞かれていなかったご主人が 目を

白黒させられながら むせ返られることもありますが、まぁそこはそれ。


「 またですかぁ、スイヅさん。勘弁してくださいよ。」と 奏者である

ご子息やお嬢さんにフォローしていただいております。


これから 忘年会のオンシーズン。


皆様、どうぞ それぞれのお酒の飲み方で今年の一年を 思いっきり

忘れてしまいましょう。


雨の降り始めた 山口 長門の 湯本温泉 宿屋の おやじ でした。


今宵も 素敵な 総天然色の楽しい夢と出会えますように。