874. ホタルのお問い合わせ
ホタルのお問い合わせが増えてまいりました。
「 いつがピークですか?」というお問いには「 さー、自然のものです
から、その年年で微妙に変化するのですが、概ね、六月初めから中旬
でしょうか。」とお返事しております。
その二週間ほどの間は 各ホテルから ホタルバスが仕立てられ、遠く
からも大きくのファンが殺到して大渋滞する小道も 今はただ ひっそり
かんと静まり返っております。
本日は ちょいと もうしばらくでシーズンを迎える ホタルの報告まで。
ではでは 皆様 お元気に。 ではでは 宿屋の おやじ でした。
873. お茶会参加後記
無事に 大寧寺のお茶会に参加してまいりました。
今回は、新庄助右衛門 氏のそばにつきっきりで過ごさせていただき
ました。元、消防長も参加されておりまして こちらもお詳しいわけでは
ないようでしたので 二人が 氏をはさむ形で 何やかやの質問攻めに
なってしまいましたが 嫌なお顔を一度もなさらず あれこれと丁寧に
教えていただきました。
「 ここのお茶会は 表 も 裏も一緒の参加だから 『 とにかくおいしく
頂いて楽しもう 』位の気持ちで どっしり構えていればいいよ。」との
ご案内ながら、やっぱり お辞儀一つの方法も知らないわけですから、
それこそ 右顧左眄 優柔不断 言語道断 無礼御免 のまかりとおり、
でした。
左隣には 三、四年前にも ご一緒いただいた お茶の先生がおられて
「 だいじょうぶ 大丈夫・・・・、大丈夫??。」と何度も激励して頂きま
した。
これを打ちながら・・・・・、
前の章で書いた 叶匠寿庵様のお茶席でも、正客の勤めをまるで果た
せず、疲労困ばい で茶室を後にした後、立ち入り禁止の 紐でゆわえ
られた石をまたごうとして、「 きみぃ、それは 入らないで、のサイン
だょ。本当に何も知らないんだなぁ。僕は テレで『 すみません。分か
りません。』 って言ってんのかと思った。」などと 同世代の某地方の
某社長に声をかけられた悪夢を思い出してしまいました。
ただ、「 とにかく おいしく頂いて 楽しむ 」というご指導には合格の
はずの頂き方をしまして、心配の濃茶も無事に落ちてまいりまして、
充実した 二時間ほどを過ごさせていただきました。
それともう一つ 同級生で なかなかファンの多かった 旧姓 O 嬢が
僕の前の組に出席していて、「 このたび こちら( 向陽 校区 )に
帰ることにしたの。」という連絡をもらいました。
S君、K君 詳細情報は 後日、お売りいたします。お楽しみに。
ではでは、山口 長門の 湯本温泉、宿屋の おやじ からでした。
872. 昭和の日、大寧寺でお茶会
いよいよゴールデンウィークのスタートです。
あわせて 毎年恒例の 大寧寺での 地元の 表千家、お裏様 共催の
お茶会の日です。例年、五、六百人のご参加があるようです。
もう二十年ほど前の事。フナイ総研様の企画された 京都での研修旅行
で、京セラ本社の社員食堂や 叶匠寿庵様のお茶室を訪ねて 茶懐石を
頂いたことがあります。
「 まま、お先にどうぞ。長州藩の萩焼窯のお里の方なら、まま、どうぞ
どうぞ。」と 作務衣を着てらした若いお兄ちゃんに促され 先頭で茶室に
入って、えらい 大恥 をかいたことは前にも書きました。
両親の話も聞かず、ご招待というチケットを抱えて出席したら、ご祝儀袋
が山のように積んであって 慌てて取りに帰ったこともありましたっけ。
それ以来 当日の男性人が多く来られるという時間を学校の先輩である
夏山さんにお伺いして 目立たぬように はしゃがぬように ひたすら隅で
おいしく頂いて お弁当を頂いて帰るようになりました。
「 いやぁ、やっぱり キチンと習わないといけませんね。そのときには
どうぞよろしく。」と青年部の責任者である・・・らしい・・・氏に ご挨拶し
て退室し始めてもう十五年は経ってしまいました。
ただ この会の楽しいところは、妙齢のご婦人、と言われる世代に近づき
つつ・・・もしかしたら 解釈が変化していて、もうどっぷりつかっているの
かも・・・・はは、失礼・・・・ある同級生や、以前PTAでお世話になった
奥様方が、なんともおきれいなお着物姿で来られていて、さりげない会話
を楽しめるところでしょうか。
とにもかくにも とりあえず参加してまいります。
いい天気に恵まれた 素晴らしい ゴールデンウィークになりますように。
素敵な出会いが、あははは、叶うなら個人的にもありますように。
濃茶がスムースに落ちてきますように。
ではでは いってまいります。 宿屋の おやじ でした。
871. いよいよゴールデンウィーク近し
一昨日、偶然に 地元の エフエムアクアのスタッフが来られて「 突撃
インタビュー 」の形の取材を受けました。
明治24年の年号のある 僕の五代前の 新祐 爺が製作した「 水津家
累伝 」の事は以前にも書きましたが、これに 天保二年に 造り酒屋
から 宿屋に組織替え、とのことが書かれています。
今まで ○○周年という企画はした事がないのですが 今年は 取り
組んでみようか・・・、という事を午前中に決めたばかりでしたので
早速それをアピールいたしました。
具体的に決定しているわけではないのですが、「半額程度の優待券」
「三日間でタンゴを完璧マスター」 「二日間で あなたも スキューバ
ダイビングのライセンスホールダー」 「 座禅三昧 」 「 おとずれ
川のせせらぎと 昼寝ばっかり 」なんて考えております。
どうぞどうぞ ゴールデンウィーク明けの ホームページをお楽しみに。
ではでは、宿屋の おやじ でした。
それにしても 前のページで書きましたが 「巨人の黒江選手は守備が
下手。」ってずっと思っていのだけれど、思えば 九年連続日本一 の
主力選手ですし 妙な一言で 一人の子供の固定したイメージが出来
上がる工程は、ものすごく簡単で とても怖いものだと 今 シミジミと
感じております。
870. 二十四日の朝です
月例会では いろいろの協議がされて、実施されるもの 継続審議に
なったものに分けられました。
追々 湯本温泉のホームページに掲載されます。どうぞ お楽しみに。
昨日食事に帰ったときのテレビ番組にて キューバのピッチャーが時速
171キロの球を投げる、という事が紹介されておりました。
以前バッティングセンターにて 130キロの速さに目を回したことが
あって「 翌日に野球部の奴に、『 よ~く、あんなもの打ち返すなぁ。』」
と聞きましたら「 いやなに その球ばかり来るんだったら、その内に目も
慣れるから お前も打てるようにはなるよ。でもな、その合間に カーブや
ドロップ・・・今はもうないですね。シンカー・・・でしたっけ。・・・そんなの
が混ざってくるから打てねーんだよ。」と 守備処理の成功率の 八割
九割に比較して 打率の三割がいかに困難かを 縷々教えてくれたの
でした。
その時の「 あの黒江でさえ 九割以上キチンと処理してるんだぜ。」と
いう一言が長い間 僕の記憶の中に漂っていたのでした。
天気予報では 午後一時雨、って出ていましたが 今現在 晴れており
ます。今日も いい一日でありますように。
宿屋の おやじ からでした。 ではでは。
869. いい朝です
曇ってはいますが やっぱり 素敵な朝を迎えております。
思えば 朝を迎えられる、という事そのものが素敵なんですよね。
四十五才を過ぎて 涙もろくなった話は何度となくしていますが、最近
のテレビニュースでの 被災地の皆さんの地域での 特に小学校の
子供たちの入学式の放映を見ますと 胸がつまりますねぇ。
大きなランドセルしょって、手を大きく振りながら会場に入る場面には
とりあえず回りの環境がどのようであっても 周りを明るくする性格の子
が・・・僕に似た・・・「 ひょうきんたん 」な児童がいる事に救われたよう
な心持ちになりませんか。
日々 とにもかくにも 強いての障害もなく過ごせることそのものに感謝を
しなければ、と、さりとて この世の創造主は 明るい事を好まれる・・・と
いう事も十分に理解できますので、明るいほうへ元気なほうへ 自分の
思考を向けて過ごしてまいります。
今日は夕方から 旅館組合の月例会、その後 この三月から営業開始
の当館一階の「 枕酔・・ちんすい 」で懇親会です。
素晴らしい会合になりますように。素敵なアイディアで一杯になります
ように。
ではでは 宿屋の おやじ でした。
868. 加藤の 山口新聞 二ヶ月連載
加藤 有利夫 君が 山口新聞に 記者として記事を書いている事を
聞いて この最近の新聞をひっくり返していましたら ちょうど 本人から
連絡が入りまして、「 ホームページからみられるよ。」との事。
早速確認いたしました。
「 東流西流 」というコーナーに出ています。
あいつが シャンソン ファン だったなど あの男ばかしのクラスメート
のだれも信じない気がするけれど とにかく今は長門市の図書館で
スイス フランス の美女グループのコンサートを計画したり 結構 元気
に活躍しています。
二年前に 神西と和田と この加藤で 同窓会の下話に集まったときには
乾杯で 「 二年前に血圧で 」「 俺は心臓で 」「 あはは 俺は通風 」
「 今日 肩が痛くて 病院に行ったばかり 」と 大の大人が四人も
集まって一人も酒が飲めなかったのは お笑い でしたなぁ。
それぞれみんな 五十五歳・・・。とにかく 気持ちは元気に頑張ろうや。
山口 長門の 宿屋の おやじ です。 ではでは。
867. かぶと虫の「 雪まつり 」が消えていた
学生時代に僕の従姉とお付き合いがあって、東京エフエムの 「 今月
の推薦曲 」にも紹介されるような素敵な歌を作られていた かぶと虫
というグループに釘崎さんて方がおられました。
偶然に ユーチューブ で発見して僕のブログにくわえていたのですが
突然に削除されてしまいました。
「 雪まつり 」 「 衣替え 」 「 白い貝殻 」なんかもありましたが
キチンとダウンロードせずに そのまま接続していて残念なことに
なっちゃいました。
何とか探して 復帰したいと思います。 しばし お待ちを・・・・・。
866. お食事会場、ご挨拶
「 本日は 遠路のご縁を頂き 誠にありがとうございます。・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・どうぞ ごゆっくり おすごしくださいませ。」と
いつものようにご挨拶を、愛知からおいでの ご婦人方のグループの
皆様にしましたら、即座に「 はいはい、よくページをみてますよ。」との
お返事に精一杯のけぞってしまいました。
確かにありがたいことで 正直に言えば ひたすら嬉しい ただありが
たい・・・・、だけなのですが 真正面に面と向かって言われますと 汗が
出てまいります。
三か月ほど前には 「 はぁ、じゃあ あなたが書いてんの?。でね、高校
時代の思い出なんか、声を出して笑ったわよ。ねぇねぇ、男の子って皆、
あんななの?」と 関西のおばチャマ特有の 畳み掛けで 一本負け。
「 はい、まあ、その・・・。ただウソは書いていません。」という説明だけ
してそそくさと退座しようとフスマを締めましたが、他のお連れ様からは
そのふすまの向こうで 「 ナンなの。何? なに ? 」って小声がして
いましたので その夜の笑い話のネタになったのかも知れません。
まぁ、内田よ許せ。そんなこんなで お前の名前も M本やM輪市議の
名前もある一地方の部分的なエリアや 小グループ内で有名になって
いるのかもしれんなぁ。
それとそれと 市役所にいる 加藤、そう 加藤 有利夫が 今月の末
まで なんと 山口新聞で 連載 やっている。それも二ヶ月間だって。
詳細は また報告します。 ではでは。
865. 少々暗い朝です
昨日 今日と 少し 暗い朝のスタートです。
福岡からの 同級生のメールも 「 いろいろと大変ですが 元気で
生きているので それだけでよしという事で がんばりましょう。」と結んで
ありました。
大方の皆さんも似た 捕らえ方ではないかと勝手に解釈しております。
朝 目が覚めたことが奇跡の始まりで 今日のこの一日精一杯 元気に
過ごしたいと思います。
昨夜は 商工会議所青年部の0B会の役員会でした。わが社の宴会場
でのお礼のご挨拶で遅くなり 出かけましたら もうすでに終わっており
まして、食事会場からの参加となりました。
タバコを吸われている方のお話では コンビニでの購入は ただの一箱
だけだそうですね。「 自分は 二箱吸うから 別のタバコを買うか 他
の店に行かなきゃならない。」という話しにビックリしました。
「 正直、こんな田舎にまで影響が出るとは思わなかった。」ととなりの
副会長が言われたのが 全員の感想だったように感じました。
三週間ほど前に 東京の 当館のお客様でもなんでもない 見ず知らず
の方から電話が入り 「 水のペットボトルを五十本送ってほしい。」と
一報が入って驚いた事など話しをしながら お開きになりました。
しばらくしたら雨模様になりそうですが 「 晴れてよし 曇りてもよし
富士の山 」・・・・・、で参りましょう。
やまぐち 長門の 湯本温泉 宿屋の おやじ でございます。