長い間お疲れ様でした | yuyumamaちくちく日和

yuyumamaちくちく日和

羊毛フェルトにはまり日々ちくちくに勤しんでおります。最近Instagram(chococoalove)とminne(Chocoa)を始めました。興味がおありの方は是非覗いてみてくださいね。
ご訪問くださって、ありがとうございます。

いつもお立ち寄りいただきまして、ありがとうございます。

m(_ _)m


前回投稿した日の翌日の夕方、母は息を引き取りました。

正確には心臓の活動を停止いたしました。


長らく、ここで母を見守りいただきました皆様には、心より感謝申し上げます。




3月の初旬、病院が突然の面会禁止となりました。

コロナ感染による発熱外来患者さんが増えた為との事でした。

全国的にはコロナは下火になっている中、なぜこの地域だけ?

と思いましたが、近くの海浜公園で行われたイベントが原因なのではないかと、個人的に考えます。


この為、亡くなる数日前から全く会えずにいました。


10日の日曜日は、月曜火曜の私の出勤に備えて、姉が一緒に待機していました。

この日、病院から

「お母様の意識が低下しました💦すぐに来てください!」

という緊急連絡をいただいて、15分で駆けつけた時には、強制的に心臓が動かされている状態でした。


見て触れる限り、亡くなっているような感じ…


看護師さんが気づいたときには既に亡くなっていたのではないかと思います。

先生が機械のスイッチを切って、その時刻に死亡宣告がされました。

前の日には、せん妄が出ていますが少しお粥を食べました。オムツを持って来て下さい。

と言われましたので、急変したのでしょう。


前々から、いつ急変してもおかしくないといわれていましたから、覚悟はしていました。

でも、まさか会えない日が続き、そのまま逝ってしまうとは思いも寄りませんでしたので、唐突ではありました。


  わたしは涙が出ませんでした…


それなのに…

死亡宣告をされた院長先生が、涙で声が詰まりこらえながらお話されたのが、とても印象的でした。


緩和ケアをしてくださる市内唯一の病院です。

患者さんの死には慣れていらっしゃるだろうお医者様が母の死に涙を流していらっしゃる… 

この光景が衝撃的でした。


お医者様は、クールで事務的に事を進められる(今までの医師がそうでした)とばかり思っていましたから、院長先生が神に思えました。

とてもとても人間らしい所が人間を越えて神ではないのかな… と。


母は、享年92歳10ヶ月でした。

一昨年、腸閉塞と大腸癌は乗り越えましたが、昨年秋に見つかった胃癌は乗り越える事ができませんでした。

超高齢の為、本人の希望で抗がん剤治療を一回途中で諦め、緩和ケアのみにしましたから、悪くなる一方ではありましたが、

また食べられるようになって退院したい、という気持ちは最後まであったようです。

吐いてしまいますが、少しは食べられる… この為だったと思います。

少しといってもお粥をスプーン三杯程。これを吐いてしまうのですから、マイナスだったのですが…

最後の面会の時までは、幸いにも大好きなカフェオレを飲む事が出来ました✨


点滴、痛み止めや吐き気止めのおかげで、苦しんだり辛くて仕方がないということはなく、穏やかな日々を送ることが出来ました。

ただ、死期間近にはせん妄が出て、やや高圧的な言葉を吐く事がありましたが、それも短い間でした。


「好きな物が食べられなくなったらオシマイだ。」と言っていた母なので

不謹慎ですが、やっとお迎えが来てくれた…と安堵してしまいました。


永遠の乙女だった母…

在宅療養を希望しなかったのには、私に下のお世話をされたくないから、と言う気持ちが大きい様でした。

頭がハッキリしていましたから、恥ずかしいのです。


それと、プライド✨


6人兄妹の末っ子だった母は、何人もの姉妹兄弟の死に際にお世話をし立ち会いました。

自力で何もできず施設に入ったお姉さんを見て、

「ああはなりたくない。」などと言っていましたから、弱った自分を認めたくないところもありました。


よく頑張りました✨

日々やせ細っていく自分の身体が見えてしまう事、

もうすぐ死んでしまう…と考える事が、一番辛かった事と思います。

そして、ひとりで死を迎えなければならなかった事…

 

お母さん、命がけの大変な時代に生き延びて

私達を産んで育ててくれて、本当にありがとう!


本人には言えませんでしたが、確かに母に伝えたい言葉です。


    1月末までモリモリ食べてて良かった🍗




母が息を引き取ってから、怒涛の時間が過ぎました。


病院には霊安室がありませんので、亡くなってすぐに病院をでなければなりませんでした。

母の場合は、前々から準備ができましたので、1時間半後にはお迎えが来てくれましたが、

突然亡くなられた方の場合は、ご遺族にとってはそれはそれは大変な事だと思います。


事前準備が出来たとはいはえ、3歳上の姉はどこに連絡するのが先なのか、パニックになっていましたから…


綺麗にしていただいた母をお迎えに来てくださった葬儀屋さんのドライバーさんは…


なんと!

とても若くてモデルさん並みのスタイルのイケメンさんでした。

髪の毛もクルクルしていました。

乙女の母は元ジャニタレントさんが好きだった様に見えたので(自分で好きとは言いません)、大喜びだったに違いありません。


最期に

イケメンさんと二人きりで、ドライブが出来るなんて思いも寄らなかったことでしょう。。。




長々お読みくださって、ありがとうございました。


追伸

亡くなった時は涙が出ませんでしたが、時間が経って故人の話をしたり思い返したりすると、言葉に詰まり泣けてくる私です。

ご安心下さい。


万が一、母の為に何かを…とお気遣い下さる方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ありませんが、ご辞退申し上げます🙇

いつも気にかけて下さり、ありがとうございました🙇