20年くらい前に

「素敵な不完全」というブログを書いていた。


人が生きていく中で、どうしようもなく

現れてしまうもの。

不完全さ、未熟さ。

それでいて深く訴えてくるもの

それこそが

即興の動きの中に現れて嘘がない。

取り繕えないカッコつけられない

純度の高さを

求めてるのかも知れない。


ずいぶん「上手に」踊ることが流行ってる昨今

コンテストやらイベントで見るダンスは

私には集団行動に見える。

精進したり練習したりして高みを目指すことは

尊いし、わたしもかつてやっていたけど


今は揃ってることがつまらなくなってしまった。

何回も同じことを繰り返すことも

おもしろいと思わなくなって


今は

バラバラな人たちに魅了されている。

誰も真似できなくて

本人も2度とはできなくて

なぜそうなったか理由がわからない

そういう

その場限りの出鱈目みたいな世界が

教えてくれること

それは


みんな神だってこと

みんなアーティストで

みんなクリエイターだってことだ。


表現の翼がゆっくり開いていく姿は

何度見ても感動する。


あなたは美しい

人はかわいい

命は輝いて

全ては愛おしい。



ふつうの人の

なんとなく動いたダンスより

おもしろいもなはない。


それこそが

不完全の美

誰にも真似できないもの。




昨年
膝の半月板を損傷して。
そのタイミングで
大切なクラスを失って
私には仕事など来ない
誰にも呼ばれないんだ。
なんて思って
最後の最後にやりたいことを…なんて思って
今回開催したんです。

前日まで衣装も仮面も準備して
自分も踊るつもりでいたんです。
でも結果当日になったら
「あ、私踊らないんだ…」と感じました。
本当にこういう事はなぜだかわからないんですが

私は踊る人じゃなかった。

結果語り合いの時に話を進めたり
踊っている人たちをただただ見たり
言葉をかけたりする役割をしていました。
これは本当に考えていなかったのですが
それが正解でした。
私がやりたかったのはこれかもしれません。
ずっとずっと
前で踊ってみんなを引っ張っていくと言うのは
本領じゃないような気がしていたのです。

みんなが向き合って
どんなふうに動いていくのかを
ただただ見ていました。
傾聴と言うのがあります
ただただ聞くと言う…

そんなふうに私はただただ見る人
あなたのすべてを受ける受け取るよと
お客さんはいない。
あなたを査定する人やジャッジする人もいない。
私はただただあなたをあなたのすべてを受け取る役割

人は表現するだけでいいと思う。
人は出すだけでいいんだと思う。
自分と向き合って自分の役割を果たしたとき
世界のピースの1つになって
ちゃんと当てはまる。
この作品1つとってもそう。
みんなが作品のことを考えてるわけではないのに
本当にみんなそれぞれの役割がマッチしていて、
ちゃんと作品になっている。

こんな世界があるんだ。
自分で提案したんだけど
こんな世界があるんだよと
心から感動して見ていました。

人は美しいのです。
それは姿形がということでもなく
ダンスの技術がと言う事でもなく
向き合う姿が美しいのです。

邪念がないと
立ち尽くすその姿だけでも
人に訴えるものがあります。
心から向き合っているからです。

こんな世界を作り出せて
本当によかったと思いました。

これは自分のからだで起こした占い
どうなるかわからないもの。
だけど、ちゃんと結果は出ました。

それは翌朝です。
私たちは「見晴らし荘」と言う。
その名の通り見晴らしの良い宿に泊まりました。


楽しい楽しい打ち上げをして翌朝
早朝から外で散策をしていたメンバー
ものすごく楽しそうな笑い声

帰り自宅をして外に出てみんなの姿を見たときに
それは明らかでした。

みんなのオーラが輝いています。
大自然の中で
彼女たちの姿がくっきりはっきり見えます。

よく「私のオーラは何色ですか」と言う人がいますが
オーラって色じゃない

例えば芸能人の人とか
たくさんの人の中でにいても
その人だけ浮き上がって見えるように、輪郭がくっきりはっきりしているじゃないですか。

それがオーラです。

大自然の輝く風景の中で
それにも負けない彼女たちの姿が
ものすごくはっきり浮き上がっていました。
そう思って見ていたら、
参加者の1人の方が
「ねぇ、凄くない?みんなすごく輝いている」と声をかけてくれました。
わかる人にはわかるんだなぁと

私は
この輝きを作るために
このイベントをやったんだね。

人が向き合って自分の世界を表現したときに、
ものすごいエネルギーが湧くんだね。

輝く大自然とともに
輝く彼女たちの眩しい笑顔、

最高の結果となった。
最高のイベントができました。

やったー。‼️



テーマ
「失われし」
Lost
絶滅
自然破壊




初めてやるイベントで
ずいぶんテーマが究極です。
これは私が
たった1回きり
最後にこのイベントをやりたい!
みたいな気持ちだったので
こんな事はもう二度とできないだろう。
需要もないだろうし
もういい年なんだから、やりたいことやって、これで最後にしよう。

実はそんなふうに思っていました。

もうどこからも呼ばれることもないだろう。
新しい仕事もないだろう。
だからやりたいことをやるんだ!
このチャンスを逃してはいけない。

そんなふうに思って考えた内容でした。

だから本当に始まる前も
やってる最中も
手の中からさらさらと砂が落ちていく。
時間が落ちていく。
夢が流れていってしまうようで、
本当にいとおしい時間でした。

語り合いながら私たちは
みんなで作品を作っていました。
とはいっても1つのテーマに沿ってみんなが各自好きなことをしているだけなんですが

これがね
本当に不思議なんです
みんながそれぞれ自分に向き合って
自分のやりたいことをやっていくと
不思議なシンクロニシティーが起きて
誰かと誰かの動きが合っていたり
まるで配役があるようだったり
それぞれの役割が1枚の絵の絵となって
見えることがあったり

決まった振り付け踊ってるわけではないので
次の展開が全く読めません。
彼女は次どういう行動するのだろう…と
見ている方もハラハラしながら
踊っている人たちもよくわからないながら

1つの作品が出来上がっていくんです。
それも
二度と踊れない作品です。

ダンスも習ってない。
基礎もやってない。
作品を作ろうなんて言うことも
考えていない人たちが

自分に向き合って自分の世界を表現したときに
不思議な作品ができてしまうと言う
この、先がわからない感じ。

これが私がやりたかった「宇気比」です。

※宇気比とは
うけい(うけひ)は、古代日本で行われた占いである。宇気比、誓約、祈、誓などと書く。

成り行きはわからないのです。
生きているとはそういうことです。
全てを委ねることができたとき、
そこに何かが生まれるのです。
それは結果です。
生きた結果です。
生きなければわからないのです

私たちは
生きることで物語を紡いでいる。
それはああしようこうしようと考えても
どうしようもないところに流されていく

生きるということが
あなただけの物語を作っていく。