2018年6月に長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が世界
そのうちの1つとして特徴的な場所が天草の崎津集落となります。
崎津集落は元々遣唐使船が寄港するほどの良港で、
その後、豊臣秀吉のバテレン追放令や江戸幕府の禁教令もあり、
その崎津集落の中心的な建物がカトリック崎津教会となります。
明治時代となった1873年に禁教令が解かれると崎津教会は諏訪神社の隣に教会を立てたのですが、
元々この場所には吉田庄屋役宅、今で言うところの村長宅、
絵踏は社会の授業で習ったと思いますが、
そういった場所であったことから再建に携わったフランス人宣教師
そのため、前面はコンクリート造りですが、
これは先述した通り、土地買収に費用が掛かってしまったため、
中には一応何も無ければ入ることが出来ますが、
禁教令時代の話は非常に奥が深いです。
アワビの貝殻の内側にある模様を聖母マリアに見立てていたというのですが、その実物を見ても私にはマリアには見えなかったです。
他にも十字架に見えるものや鏡や古銭などを信心具として代用していたなど、厳しい時代だからこその心の拠り所を探していたのが分かります。
崎津集落をはじめとして天草では玄関先にしめ縄が一年中飾ってあるそうです。
キリシタンではないことをアピールするために始まった文化ですが、すっかり定着しすぎてしまって、途中にあるイオンやパチンコ店でも入口にしめ縄が飾ってありました。
江戸時代、幕府にキリシタンを密告すると現在の価値にして300万円ほどの報奨金をもらえたそうなのですが、地域のつながりが強いことやキリスト教が地域に根付いており、密告する人はいなかったそうです。
明治政府になっても当初は禁教令がそのまま続き、欧米からキリスト教を禁止している国は交渉しないという外圧によって解除されているわけで、世の中が変わらない辛い時代を生き抜いてきた人の歴史がそこにはあります。
今は21世紀なので、世の中生きるのが辛いからといって(新興)宗教には気をつけましょう(笑)


























