長浜鉄道スクエアとは
日本で一番最初に鉄道ができたのは1872年の新橋〜横浜間だというのは多くの日本人が知っている歴史の1つだと思います。
その後、大阪〜神戸、京都〜大阪と完成していったのですが、4番目に出来たのは意外にも長浜〜敦賀となります。
そんな長浜には日本最古の駅舎と呼ばれる『旧長浜駅舎』が今もなお残されており、『長浜鉄道スクエア』という資料館として歴史的資料や貴重な車両も残っていることから訪問してみました。
旧駅舎
1882年に建てられた旧長浜駅舎は当時の新橋駅や横浜駅を手掛けたイギリス人鉄道技師エドモンド・ガブリエル・ホルサムの指導のもと設計された洋風建築です。


木骨に厚さ50cmの石灰コンクリート壁というこの時代としては堅牢なもので、四隅には花崗岩の石で補強したり出入り口や窓枠のアーチには赤レンガを使用しています。
駅長室が立派であったり、1等車待合室があったりなど当時の歴史背景が何となく察せされます。
1903年に2代目駅舎へ役目を譲ったのちも倉庫として使われ、1958年には鉄道記念物に指定されています。
入館の手続きはこちらで行います。
入館料は大人500円、JAF割引で2割引になるので400円、PayPayが使えました。
北陸線電化記念館
2003年に完成した北陸線電化記念館は、北陸本線の電化史と日本の交流電化技術を伝えるために作られた展示施設です。
北陸線は急勾配やトンネルが多い難所であり、さらに寒冷地という場所柄に加え、交直流の境界を抱えるなど、鉄道技術の実験場としても使われてきました。
その歴史を伝える当時の列車として展示されているのが2両の機関車です。


まずはED70形交流電気機関車(1号機)です。
日本初の商用交流電気機関車として北陸線の交流電化に合わせて開発され1957年に登場しました。
京阪神エリアでは直流が採用されていましたが、きつい勾配や長大トンネルが多い北陸線では変電所が少なくて、コストを抑えられる交流が採用されました。
長浜の隣にある田村駅は機関車が付け替えが行われる要所だったとのことです。


もう一つはD51形 蒸気機関車(793号機)です。
デゴイチという愛称で呼ばれ、主に貨物列車の牽引機として活躍した大型機関車ですが、柳ヶ瀬越えでは重連運転を行うなど北陸をはじめとして日本全国で活躍しました。
どちらも運転席に入ることができます。
他にもサボや銘板などのかつて使われていたものが展示されています。
長浜鉄道文化館
他に2館とは違い、こちらの文化館はきちんと冷房が効いていました。



HOゲージやプラレール、活魚車の模型をはじめとして様々な資料が展示されていましたが、面白い展示物として気になったのが琵琶湖鉄道連絡船(太湖汽船)に関する資料です。
かつて長浜港〜大津港(現・びわ湖浜大津付近)を結ぶ鉄道連絡船が1882年からたった7年間のみですが運行されていました。
1883年に就航した『太湖丸』は約500トンという当時としては大型船で、日本国内の湖で初めて建造された鋼鉄製の船でもあります。
まとめ
現在の長浜駅は新快速も乗り入れるため、京阪神エリアまで乗り換えなしで行くことができます。
「あれ、長浜駅は交流じゃなかったの?」と思われた方は鋭いです。
1991年に交直セクションを長浜から北側へ移設した結果、直流電車が乗り入れられるようになっています(その後、2006年に敦賀まで移設され、新快速は近江塩津や敦賀まで直通します)
長浜から彦根までは列車で15分ほどなので、現存天守の彦根城を見学して、その後に長浜へ来るという観光ルートで回ることができます。
どちらも駅から十分に徒歩で回れます。
再建組ですが近くには長浜城もあります。
京阪神から滋賀・湖北エリアへ彦根城の城下町散策と長浜の鉄道歴史めぐりをセットにして、日帰り旅行をしてみるのもいかがでしょうか?













































