奥田英朗、続けて読んでます(笑)。
それにしても奥田さんは幅が広いですね。
ある意味、危険ですよね。
例えば、村上龍や春樹であれば「っぽい」ものがあるのに、
それがない。
奥田さんでどんなの?
って言われたら、

になってしまいます。
私は伊良部シリーズを読んで彼の作品に惹かれて、
推理小説である「邪魔」も読んでから、
この「サウスバウンド」まで来たのですが、毛色が違いすぎ。
だから固定の読者をつけるのが難しいんじゃないですか?
もし「邪魔」から読んでいたら、彼の作品を読み続けようとは
絶対思いませんでした。
そういった意味では、とても難しい作家さんかも・・・。
「サウスバウンド」は評判も良かったし、
直木賞も受賞していたようなので、
そういった意味では手に取りやすい、
いやいや、
手に「取られやすい」作品だったかもしれないですね。
今回のこのお話は、
元過激派でエキセントリックなお父さんに振り回される家族の
東京と沖縄での出来事を小学校六年生の息子の視線から語られるというもの。
ありがちと言えばありがちだけど、そうならないのが、
語り手の息子、次郎君の世代に合わないませた口調とツッコミゆえ。
また一部、二部と分けて描かれているその舞台が絶妙。
一部は、東京、中野区。
公立の小学校に通う次郎少年の視線で語られる
街の様子、家族の関係、友達の関係が
郷愁とも哀愁にも似た感傷をもたらす。
中野に一度でも行った事がある人なら解ると思いますが、
あの町って、古いものと新しいものが雑然としていて、
それでいて、「古きよき時代の日本」、って感じが本当にするんですよね。
だから、元過激派がひっそり暮らしていても、なるほど、ってなるし、
中学受験にふりまわされている現代っ子もいたり
その反面、昔ながらの不良中学生がいるっていのも頷ける。
そういった意味でも、今回のこのお話の舞台にはもってこいの町。
うまい!!って思いました。
二部は、沖縄、西表島。
東京の雑踏からがらっとかわって、青い海と緑の山に囲まれた島での
上原一家の波乱万丈な日々が描かれています。
一部と二部で場所を変えて描かれる事で、
一度ブレイクを入れる形になりますが、
それでもお話にメリハリを作っている所は流石です。
アマゾンさんのレビューでは一部と二部と好みが分かれる
評価が多数ありましたが、私は二つを分けて見るより、
通して考えた方がより深く内容を理解出来ると思います。
東京での日々があるからこそ、沖縄での日々がある。
語り手の次郎少年の、東京からの出来事を通して成長し、
沖縄での生活の中で徐々に破天荒な父親との関係を
息子と父親、そして男と男の深い絆に変えていく様子は
切って離して読み通す事はできない。
例えば、一部で居候をしていた青年が
団体の命令に従って殺人を犯す。
元過激派で伝説の活動家の父親は言う。
「革命は運動ではおきない。
個人が心の中で起こすものだ。」
自らの人生を、自らの言葉で戒め、否定する言葉。
それでも信念だけは曲げない。
自分に正直に生きようとする。
それは次郎少年にとっては父親からの無言の教えであり、
その父親の存在は反面教師でもある。
それでも、何が正しくて、何が間違っているのが、
それを考え、見極めるのは次郎少年次第。
「世の中にはな、最後まで抵抗することで
徐々に変わっていくことがあるんだ、
平等は心やさしい権力者が与えたものではない。
人民が戦って勝ち得たものだ。
誰かが戦わない限り、社会は変わらない。
お父さんはその一人だ。
おまえはお父さんを見習わなくていい。
お前の考えで生きていけばいい。
お父さんの中にはな、
自分でもどうしようもない腹の虫がいるんだ。
それに従わないと、自分が自分じゃなくなる。
要するに馬鹿なんだ。」
馬鹿なんです。
馬鹿だから正直にしか生きていけない。
馬鹿だから信念を貫き通そうとする。
賢い人間は、社会を変えようとはしない。
賢い人間は、自分を守るのです。
馬鹿だから社会を変えようとする。
それ以外の答えを私は見つけられませんでした。
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