多少、怒ってます。
7/31に書いた梅雨明け
の文面を多少手直しして、
バイク友達相手の別ブログに
「愚痴ります」というタイトルで
「寒い冬が辛い」と、他所で書いたら。
ある女性が、こんなレスを書いた
私は、レスした彼女の、感性や配慮や想像力の鈍さに、驚いた。
本人は、素直な本音を書いたのだろうが。
『「愚痴」と言われても羨ましい。。。
飛騨高山に住んでる友人も
「今朝も着替える時に寒いからヒーターをつけた」とメールしてきました。
7月の終わりにヒーター・・・。
そちらへ避暑に伺いたいよぉ。
広島も湿気だらけでイライラするよ、今は…。 』
飛騨のご友人にも同情。ここよりも寒いでしょうから、
さぞかしだろう……とお察しする。
「愚痴ります」と初手に書いたってことは、
書いた本人にとっては「辛いこと」とは考えないのか、と。
少なくとも、私はそう考える。
自分にとって、経験したことない事で、現象だけ見ればすごく羨ましくあっても、
その筆者自身にとっては、愚痴を書くほどの辛いことなのかと。
ならば「羨ましい」という言葉は、書くべきか否か、おのずとわかるだろうと。
前々から彼女のレスには思うところがあったが。
が、今回のことで、完全にキレた。
例えるなら。
夏に、冷房が22度に設定された会社の中に1日中いたら、体調どう?
それが毎日であっても、辛くはない?
それが24時間休みなく続いたら、それでも平気?それが毎日でも羨ましい?
……こんなふうに自分のいる状況で、想像力を使って、
相手のいる状況を思うことは、そんなに難しいこと?
何も考えず、素直な気持ちをそのままレスして、
その文面に相手がどう感じるか、考えることはそんなに難しいこと?
ものの数秒のこと。それがそんなに惜しい?
風がない室内は少し暖かいし、どんな服をきても、だれもみてないから、
冬の綿入れ半纏を着込むこともできるが。
室外は、風が吹いている分だけ体感温度はもっと低い。寒い。
なのに、屋外では真夏に冬の防寒コートはさすがに着れないし。(人目を気にせず着たいけど)
長袖のカットソーに明るい色の長袖シャツを羽織るのが、唯一できること。
カットソーの下にタンクトップ着込んだりしてみたり。
この格好でも、
冷房のゆるいスポーツ用品店に入ると、思わず「あったかーい」と言ってしまい。
冷房の効いたスーパーに入ると、底冷えする寒さに、数分で吐き気と頭痛に襲われる。
尾道にいた頃のように、スーパーで何が安いかとか、新製品とか、楽しむ余裕はない。
そんな日常が、本当に羨ましい?
おまけに難聴となった私の耳は。
気温が低い日は、耳が聞こえにくくなる。閉塞感も強くなる。
気温が低いと、皮膚体温が低下して、冷えからくる血行不良がおきて。
もちろん、今も鍼の先生が、冷えないように、耳が治るように、一生懸命治療してくれるし。
自分自身でも体を冷やさないように努力してる。
昔は夏はシャワーで済ませていたが、今は毎日湯船に入って体を温め、
風呂上りには、靴下はいて、長袖着て、
布団かぶって猫抱いて暖かくして寝て……って、がんばっていても。
気温の低さには、勝てない。
あまりの寒さにとうとう自律神経が狂って、今朝は、原因不明の動悸とパニック発作がおこるほどに。
今日の午後、鍼に行く日だったので、調整してもらいましたが。
先生もこの寒さに苦慮してて。
本来なら、夏の暑さを利用して、体を温めて耳を治療する計画だったのが、計画が完全に狂って。
本来なら、お盆の頃には体調がよくなる予定だったのが、今は見通しが付かない状態……。
多分お彼岸すぎの予定だが、これ以上気温の低い日が続くと、治ることさえ難しいかと。
はっきりは言わないけれど、言外にそう感じる。
先生も努力されてるのはよく知ってる。それはよくわかってるから、攻める気はさらさらない……。
だけど自然現象の妨害には勝てない。
ただ、治ると思える日が、どんどん遠退いているのが事実。
この気持ちすべてを言う気はない。言ったところで理解できないだろう。
いまさら理解してもらう気もない。
配慮という想像力のない相手に、本音でケンカを仕掛ける気はない。
ただ、彼女のレスを読んで悔しくて。悲しくて。
彼女を友達と思っていた自分が情けなくて。
私の返事は
『くれば?避暑に。暑いと思うときだけ。
そして何日か遊んで、気が済んだら帰るのよね。
冬も春も秋も温暖で風の吹かない広島に。
帰る家があるあなたがうらやましいわ。
私は、帰る場はない』
その後、彼女からのレスはない。所詮その程度の関係。
私の怒りは間違っているかもしれない。
でも、彼女という人物に対する気持ちは、変わってしまった。
「友人」というカテゴリーの中に、彼女はいない。