久しく書いていなかったので。ある程度まとめて。

今日は2012年3月21日、あの3.11東北大震災から、もう1年と10日が過ぎました。

今は尾道にいます。

この街に帰ってきたのが2009年4月10日。はや丸3年。足掛け4年目になりました。
今年も転勤はない予定。

2011年はいろいろイベント発生しました。

3月11日、東北大震災。前住んでいた茨城県鹿嶋市も被災しました。幸い知人は全員無事。

ニュースでは、鹿島神宮の石の鳥居が倒壊し、北浦に掛かっていた橋の1つが倒壊し、
津波の被害も大きく、特に鹿島港周辺はコンテナが流出して被害拡大したとか。
また神栖では地震による液状化もひどかった様子。

地震後も鹿嶋全域で停電が続き、その後の輪番停電も範囲に入り。
また水道復旧が1カ月ほどかかったらしい。

鹿嶋の心配しているうちに、
4月25日、GW前に突如、左耳難聴悪化。
福山市の堀病院に入院して加療。
通常(3週間)より長い期間の入院(4/26~6/15あたり)しても、結局治らず。
今も月1回通院中。

このときから左耳はほとんど聞こえなくなりました。

それにより、音声起こしを完全廃業。
クライアント兼 仲間内にカミングアウトは8月だったけな。

悔しかった。本当に悔しかった。なんで私なのかとトイレで号泣しました、1回だけ。
この仕事でぼちぼち頑張れるかなと、希望の芽を見た直後の急転落下の発症でした。

でも、ま、6年前の最初の発病のときに比べれば、比較的穏やかに諦めもつきました。
通院は8月頃まで行ってた気がする。

9月頭、夫の母方義祖母がそろそろ…と言われ、待機。

9月末、夫の母方の祖母がご臨終。参列。
身内だけのシンプルなお式でした。

生前なぜか私を「トモコさん」と呼ぶ方でした。
何度修正しても直らなかったので、おばあちゃんの前ではトモコさんになってました。


10月25日、追突事故の被害者になった。
出張で帰ってくる夫を益に迎えに行く途中、
土曜のユニクロ前渋滞に掛かって、ほぼ停止時に後ろからゴンっと。

そんなにスピードは出てなかったので、体はほぼ無傷で数回の通院で終了。
が、思ったよりも車のダメージが大きくて、車はリア周りを全取替するはめに。

直ってきた車をみて、なぜか「あ、これでこの車、私のものになった」と思った。
所有感?支配感?そんなものを初めて実感。
12月に事故の保険金支払いが終了。年越す前に全て終わったのでほっとした。

年開けて。

2月、夫が人生初の海外出張で上海へ行くことになり。
パスポートも40歳過ぎにして、初めて申請して手に入れて。
精神的に大変でした。本人パスポート以外は全然用意しないのが余計にイライラした。

準備するにしても、もう何をしていいやら分からなかったことと、
もし何かあっても、私がすぐに助けにいけない地なことが、強烈にストレスになりました。

国内なら、もし事故やなんかあっても、
私が車飛ばせば必ず迎えにいけると思っていたので、それが安心材料だったのに、
どうにもならないところに行ってしまう不安にパニック状態。

中国元への換金も私がするはめに。それも前日に。
空港の銀行が出発当日開いていないことを知り、急遽、換金できる銀行窓口を調べて、
事故の保険金から日本円3万円を用意して、銀行で2万元+手数料にしました。

この金、まだ帰ってきてないんだけどなー…。

終わってみれば、なんてことない、普通の出張でしたw

そんなこんなで今日に至ります。

ふと、PCメールの整理をしてたら、ここのUrlが出てきて。
放置してたのを思い出しました。

次の転勤まで、あとどれだけこの地に居られるかわからないけど、
とても穏やかに、楽に、安心して、どんなことにも対処できる自信を持って、
毎日を過ごしています。

なぜか今日は4時頃に目が覚めて、思いついたので、書き込みしました。
この数年のことを、ぼちぼち書いていきたいと思います。

次の地での思い出になるように。
昨年11月から内示はありましたが、
年明け1月、ようやく正式に社内辞令が。

西日本に転勤、決定。

念願かないました。
足かけ4年、正味丸3年で、鹿嶋を脱出します。


うれしい。

あと、もう少し。
もう少しで、やっと帰れるんだ。

鹿嶋から逃げれる。

今年のサクラは、ここじゃない場所で見れるんだ。

やっと、やっと、この鹿嶋での生活が終わります。

今日は、着物着こなし講座の補習をうけに行って。


7月だったかな。在宅の仕事の納期と講座日が重なったので、

当然納期優先で、講座サボりました。


んで先生から「8/4の土曜クラスに、補習にいらっしゃい」と。


着付けの先生は、2クラスをもっていて。

ひとつは初心者対象の水曜日クラス。

もうひとつは前期からの持ち上がりメンバー主体の上級者クラスの土曜日クラス。


私は去年から受講しているので、

引き続き土曜クラスで続けることも可能だったのですが、

自分の初心者っぷりを十分自覚したのと

先生にも「あなたには水曜日のクラスで基礎から徹底的に教えてあげたいの」とのお勧めもあり

水曜クラスにいれてもらいました。


基本的に各クラスのメンバーの交流はないのですが、

私のばあい去年からの顔見知りの方々なので、

行ったら前期一緒に受講したおば様がたから「まあ!久しぶり~!」状態。


夏なので、浴衣の着付け&浴衣帯の結び方。

今のところ私(初心者クラス)が習ったのは、やの字結びと柳結び、あと片流し。

比較的簡単で基礎的な結び方。かつ、それなりにかわいい(笑)


その中でも私は今年は、柳結びを選択。集中的に教えてもらいまして。

というか、先生のお勧めもあって……

いわく「あなたはまだ若いんだから、こういうカワイイ結び方してほしいわ(にっこり)」

つまり、粋なやの字を結ぶにははまだまだ早いってことです。あう。


最初はやの字を結びたくて練習はしたものの、どうしてもうまくむすべなくて挫折したし。


で、今日行った上級者クラスでは、やの字、貝の口、柳をしてました。

みなさまさすがにマスターしてて。それなりにサマになってて。

やっぱりレベル高いです。


で、

今日は実は徹夜明けで。3時間ほど睡眠しましたが。

在宅の仕事の納期が迫ってて。

教室に行く寸前に納品して。


そしたら帯を結んでいる最中に、脳貧血みたいな状態に入ってしまって。

急に、キーンとした高周波みたいな音が聞こえ始めたと思ったら。


耳から音がどんどん遠くなり、どんどん音がちいさくなり、

すぐ目の前で話している先生の声が、水の中から聞いているような

何を言っているか、かろうじてわかるような、分厚いフィルター越しに聞いている状態になって。


同時に顔から血の気が引いているのが自覚できて。

次には、奥歯を食いしばらないと、足元から崩れそうに足から力が抜けて。

心臓が妙な感じでバクバク。


視界が、徐々に白いフィルターをかけたような色になり。

いわゆる「ホワイトアウト」状態。

世界がどんどん白くなる。


音がかろうじて聞こえる世界で。

視界はかろうじて分厚い白いフィルター越しに見える。


正直やばい状態。家で起きたら即効で床に寝転がるところですが。


しかし、ここで倒れるような無様は避けたかったので、

意地で部屋の隅に逃げて、正座して。

座ったまま先生の話を聞いた振りして、ごまかしつつ、回復を待っていました。


経験上回復まで、早けりゃ5分。長けりゃ10分ぐらい。ただひたすらに回復を待つのみ。


みんな立って着付けていたので、まあ、先生にすぐ見つかりましたが。

「すみません、貧血おこしちゃいまして~。

 あ、もう大丈夫です。もう大分収まってますから~

 起きになさらずほっといてください~」と努めて明るく。


そのまま数分じっとして、収まるのを待ち。


しばらくしたら、予想通りおさまりました(笑)


しかし今日、貧血起こす理由が見当たらないので……。

お昼もちゃんと食べて行ったし、帯も別にきつく締めてないし。


でも、

よーく考えてみたら、ほぼ徹夜明け(笑)

寝てることは寝てるが、睡眠不足。


でも、この程度なら楽勝でいけると思ったのに。

無理をしたつもりは全然なかったのに。


気持ちは大丈夫でも、体は無理が利かない年齢なのかなぁと。


ちょこっと反省。

夢ネタ。

最近生まれ故郷に戻っている夢を頻繁に見る。

もしかして生霊が本気でとんで行っているかかも(笑)と思うほどに。


で、今日の夢。


誰にも言わず、逃げるように一人で生まれ故郷に戻っていたら。

小学校・中学校のとき、仲良かった同級生と、街角というか、食事処で偶然再開。


「**!(=私)」と急に声をかけられ、

私が相手が誰かわからずに戸惑っていると

「○○だよ~、久しぶり。元気しとったん?(笑)」と。

「ごめん!わからなかったよ~」と。そんな会話を笑いながらして。


顔を見れば、だれかすぐにわかるのに。同じクラスでよく一緒に遊んだ女の子。

でも、なぜかどうしても名前を思い出せず。

そんなことを気にせずに、お互い「元気~?」と。


お互い、子供のときの姿ではなく。

ちゃんと今の年相応の姿。

結婚している人もいるし、子供もいるし、未婚の人もいる。


食事を済ませたら、友人の運転する黒いRVっぽい車に乗って。


いろんなところを走り。


通っていた中学校をみては「わー、変わったねぇ。増築したんだね」とか。


小学校のとき、一緒に水泳で記録会のために、夏休みに毎日練習していた子とは。

当時、合同練習のために通った、うちの小学校とは別の小学校のプールをみつけて

「あそこ、一緒にいったとこだよね?」

「そうだよ~、あそこのプール、うちの小学校のプールより深かったよね~」とか。


子供時代のことを、懐かしくおしゃべりして。


学校の帰りに寄っていたクレープ屋によって。

商店街にあった甘味処でパフェを食べながら、おしゃべりして。

よく寄った雑貨屋に寄ったり。

「まだあの店つぶれてないんだ~」と、洋服屋や和菓子屋や本屋をみて、懐かしくも驚いたり。


私は、ここに、このままいたいなぁ、

でも、みんなに迷惑がかかるし、行かなきゃ……と

何かに追われる状況で。


それでも、ひと時の、友達に甘えられる状況に、少なからずホッとして。

友達はそんな私の状況もわかっていて。


しばらくして。

「次はどこに行くの?」とたずねられ。

「北上して、松江に松江あたりに行こうと思う」と、私が答えて。

「だったら駅まで送るよ」

「ねぇ、松江に行くならバスセンターの方がいいんじゃない?」とほかの知人が言って。

どのルートが最適か、みんなで話をしつつ。


そんな会話をした後


目が覚めた。



夢は記憶の整理だと、心理学では習った。

人間はすべての見たこと・聞いたこと。行動・経験を記憶できないから

睡眠時に、記憶を取捨選択するが、

そのときの脳活動時に、夢を見るのだと。


でも、それだけでは説明ができない。


小学校の同級生とは、一度も同窓会もなく、30年近く会っていない。

中学になってクラスも分かれて、実際はあまり接触もなくなった。

高校になれば、同じ学校に通う幼馴染もごくごくわずか。数えるほどで。


なのに、彼女たちが、今どんな顔をした大人になったかなど、知るわけもない。

でも、彼女たちはちゃんとそれなりに年をとっていて。


自分でも、当時の友人の名前は、全て忘れた。

夢の中でも、顔は覚えているが、誰の名前も、呼んでいない。

でも、それを不思議に思うこともなく。


今頃、その記憶が出てくるのは、どうして?

なぜ小学校のときの友達?

大学や社会人のときの友人ではなく。


……思えば、今日から故郷では夏祭りが始まる日。



そして。

鹿嶋に来てから、鹿嶋の夢を見たことは1度もない。

07-01 19:13:00

家に帰るまでがツーリングです。

ってことで、着替えもって、日光に行ってきます。

本人とも直接連絡とれたので、そのへんは御心配なく。 詳細不明。とりあえず〆てくる。


携帯がこんなときに電池切れorz


大周りだけど、東京経由で高速使ったほうが無難やね。 水

戸から高速繋がってないって……。はぁ~不便な地域やね。


普通の奥さんの気持ちがチョットわかった気がする……。


2007年07月02日 02:15

面会終了。旦那本日入院~。ツーリングでコケた。

ムチウチで首固定中。詳細は明日。

ナースの説明で、第二頚椎損傷の恐れがあるので、といわれたが、

実際のところ、すでに検査済みのレントゲンとCTの結果、たぶん大丈夫。

たんなるムチウチ。

ただ転倒時にアスファルトにたたきつけられたショックで、

首(頚椎)がムチウチ打撲のショックで一時的に全身マヒして

自力では動けなくなったらしい。

で、救急車搬送→検査入院、とのこと。


2007年07月02日 02:36

本人曰く「たいしたことはねぇ」と。 顔見て気ィ抜けたわ。

でも顔色土気色。受けたショック考えたら仕方ない。

なので私は病院の駐車場で車中泊~。


2007年07月02日 07:18

踏切の遮断機の音で目が覚めた。

凄い山の中に自分がいること判明。

雨降ってて長袖で丁度いいほど肌寒い。

今から病室行っても邪魔にならんかなぁ。

一応面会時間は7時半~。


2007年07月02日 09:22

今日退院できるかも。念のためMRI受ける予定。 バイクも一応軽傷擦り傷。自走可。 オカマ掘られたらしい。


2007年07月02日 12:41

修正。オカマ掘ったんだと。 昼飯終了。カワ病院食ウマー。 私、病院内の食堂でうどん。美味いが汁真っ黒(-_-)


2007年07月02日 12:58

釈放決定。 ただいま診断書作成まち。 検査は無問題。

本人、自力歩行してます。


2007年07月02日 20:23


さきほど、無事帰宅~。
関係者各位、おさわがせしました。

首→激しくムチウチ
両手→軽くしびれ
右ひざ→打撲&切った
右足首→ねんざ

です。明日が楽しみです。


2007年07月02日 21:33

補足。

ダンナがバイクでツーリング中に事故って、
救急車で運ばれた日光市の病院まで身柄引取に行ったのです。


旦那ブログより。


コケマシタ。久々に。
公道でこけたの何年ぶりだろ・・・。
人生初の救急車ですよ。

首やっちゃって、自分で動けないという
ていたらくで、とりあえず1泊入院コースでした。
CTもMRIもレントゲンも異常は無い様で退院できましたが、
両腕の痺れが取れません。

トリプルもせっかく治したのに、
また壊しちゃいましたな・・・。
日光の病院の駐輪場に放置プレイ中です。

ワインディング500KM程走った後に、
市内の渋滞中に前走の急ブレーキに気づくのが
一瞬遅れての事。

気が緩んでたんでしょうな。
おうちに帰るまでがツーリングなのにねぇ・・・。


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以上、mixiに書いた内容を時系列で。


書ききれなかった詳細は後日加筆予定。






「お前はワシの言うことを『ハイハイ』って、聞いとればイイんじゃ」


それが本音なんですね。

私の身内に、この言葉を聞かされる日が来るとは思わなかった……。

なに?この上から目線の言い方。


私はあなたの部下じゃない。


義理父からの依頼は

営業&交渉は夫。作成は私で、やってきた。


義理父からの依頼とはいえ、仕事のひとつとしてやっていたし、よりよりものを作るため独学だが勉強もした。


仕事だから、言葉も仕事モードになる。

真剣に話しているのだから、家庭の主婦ではなく、作業者としての物言いになる。


なのにそうなると夫は「おまえは感情的に物を言う」という。


感情的にヒステリックに言ってるのではなく、

仕事だから真剣に話しているのだが、その違いが夫には通じない。


それに、仕事の上で、言いたいこと考えていること言って、何が悪い?


私が意見を言ったのは、「送付用の印刷はこういう形式にして」といわれて、


が、クライアントと夫が、作業者である私に何も言わず

勝手に義理父に「わかった~」と安請け合いした営業担当である夫に

「なぜ、横にいたにもかかわらず、一言『こんなこと言ってるけど、作業可能?』と聞かなかったこと。


今作成したプレゼン用に作ったパワポをそのまま使っても、

義理父が「配布するのに」いるという形には、 どうやっても印刷できないから、

そのためには、元ファイルを加工して、別ファイルを作る必要があって、

正直二度手間。


義理父と夫の電話はすぐ横で聞いていた私は

話の内容から、内容の中間で、新しいスライドを2枚ほど追加する内容だと思っていた。


でも、実際は印刷用のためだけに、現ファイルをいろいろ加工する必要があると判明。

それも印刷用だけなので実際にプレゼンに使うわけでもなく。


はっきりいって作業の無駄。


実際に作業工数は、そんなにもかからない。

でも、作業者である私に何にも言わず、二人だけで勝手に話しを進めていることに抗議した。


私:「なぜ一言『印刷用に義理父がこういってるけど、時間的にも作業可能?』」と、入力者である私に聞かないのか、と。

夫:「難しい作業でないし、お前なら簡単に出来ると思った」

  「それにクライアントの要望は、営業だったら「出来ません」とは言わず「やります」ということだから」


私:「その作業が簡単かどうか、実際に作っている人間に聞くのが道理ではないか?」

夫;「なんでイチイチ聞かなきゃいけない? そんなに難しい作業じゃないだろ。

   もう元ファイルがあるんだからに出来ると思ったから、出来るといった。出来なきゃあとで言えばいいと思った」


私:「すぐ横にいたんだから、一言確認すればいいことだし、なぜ聞かない?」

夫:「聞くほどのことでもないと思ったから」

私:「出来る作業かどうかは、作業者である私が判断すべきことで、あなたが判断することか?」

  「判断できても、その作業をするのは私であって貴女じゃない。ならば、どうして勝手に話しを進めるのか」


ココまで来て


夫;「お前はすぐ感情でものを言うから……」


なにかと、私は議論を持ちかけて、正面むいて話ししたいのに。

夫は必ずこれで背を向ける。


論点が違うといっても「何が言いたいのかわからない」と。


義理父からのパワーポイントの製作依頼。数ヶ月に1度の不定期依頼。

作成枚数は最大30枚~10枚程度まで、原稿がきてみないと、いつも予想不可。

1枚のイラスト修正に1日がかりも普通。

それが十何枚ある場合もある。

今回みたいにテキスト主体は珍しいほど。

それでも単価は一定にしているし、決して高くはない単価に。


それに義理父は仕様の出し方も知らないから、いつも

書きなぐりの原稿を送ってきて。


表示の仕方とか、配色とか強調する部分とか……具体的な仕様は全くない。

なのに出来上がりで、あれやこれや注文がはいるし……。


なので、修正日数をかんがみて、

今回も「早めに原稿ください」っていったのに、まあぎりぎりに。


それでも頑張って作ってるのは、嫁として義理の父で、夫の父のためという思いがあるから。

多少少の無理はするし、単価も決して高くない……内容によっては泣けるほど。


そして、いただいがお金は、右から左に生活費の補填へ。


それでも資料を買い、一人のクライアントである義理父に満足してもらえるような作品を作るよう、

フォントや空白の分量、文字の大きさ、配置を考えて考えて作っていた。


そんなことは夫の知る由もなく……。


で、言い合いの結果。


夫。

印刷用の修正はしなくていい。

CD-R焼いての郵送による納品もやらなくていい。(多分自分でする気だろう)

お前にとって、小遣い稼ぎのつもりで、親に話しして仕事もらっているが、

お前がそんな気なら、もう義理父からの仕事は受けない。


義理パパが、私に無理して仕事出しているとは、初耳。



もう、二度とこの仕事は義理父&夫から請けることはないと思うと、セーセーする。


今日、念願の除湿機購入。早速、昼過ぎから運転開始。


結果。昼3時~夜10時で、
タンクにペットボトル(500ml)ほどの水が溜まっていた。


私は「今日の湿度なら、こんなもんだろう」と予想の範囲内。

夫は「この体感湿度でこんなにも溜まるほど、この家は湿気ているのか」と驚いている。


実際に、目で見ないと、状況が理解できないってことが……(ため息)


今日の天気は、晴、やや薄曇。
気温は、昼間でも長袖カットソーに長袖シャツを重ねても、肌寒い程度。
体感的な湿度は「普通~やや湿度高め」

とはいってもカシマで1年過ごした後での「普通」だから狂ってるはず(笑)
洗濯物を室内干したら1日では乾かない、って空気。

普通でこれだから、最盛期にはどうなることやら……。


カシマは、年がら年中、非常識に湿気が多い。
カシマ以外の地域の人には、想像範囲の100km外と思う。


北と東は、鹿島灘(海)
西は北浦(湖)に挟まれて。
おまけに、北浦の向こう側にでっかい霞ヶ浦がある。
南には利根川。
完全に水に囲まれた地域。
どこから風が吹いても水を運ぶ湿気た風になる。
湿度が高すぎて、夏に霧が毎日発生するほどに……。


冬から、いきなり春を抜かして梅雨に入る気候なので。
四月下旬GW前には、電器屋の店頭には
暖房器具の横に、除湿機が並ぶ。


ココは日本で一番除湿機が売れる地域だそうだ。
これは某電器販売店の店員に直接聞いた話。
某電器販売チェーンの全店舗=日本全国なので、
日本で一番、除湿機が売れるってことになる、らしい。


引っ越す時も、夫会社の現営業所の上司から「除湿機は必需品」と言われ。
引越しした時から「買おう」といって。
カビが大量発生した夏に「早く買おうよ!」と言って。
それから1年。ようやく購入。

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除湿機を購入する時にも一揉め。
ほぼ同じ値段で同等品が2機種(N社とC社)あって。
そのどちらかにする際に。


除湿機の方式の違いは一長一短あって。


デジカント式は
・通年効果が落ちない
・除湿時に放熱するため室内の気温が上がる(=室内干向き)

コンプレッサー式は、
・夏強く冬に除湿効果が下がる。
・放熱がないので室内気温が上がらない


夫の優先は、まずコンプレッサー式であること。
その方が除湿効果が高い、と思うらしい。
次に湿度センサーが付いていて、一定以下に湿度が下がればスイッチが切れること。
デザインもコンパクトでかっこいいのがいい。
メーカーはメジャーなのがいい。


N社は方式が好みじゃないが、その他を満たすのでN社のを選択。


今回の購入は「夫の物置部屋のため」なので、
夫に選択を全ておまかせして済ませたかったが。

購入に当たって、優先すべき点がずれていると思ったし。
「どう思う?」と聞かれたので意見した。


・方式は、コンプレッサー式でなくても本当にいいと思うか?
 基本的にヒトがいる部屋ではないので、室内温度が上がろうと構わないが。

・ただし、メーカーについては、N社に比べてC社は家電全般ではマイナーではあるが、
 除湿機・エアコンでは従来から高品質低価格なメーカーで有名であること。

・湿度センサーは不要。まず、地域と居住設備の面から、
 設定湿度まで下がることがありえない使用環境であること。
 そのため購入後は、冬が来るまで24時間フル稼動する予定であること。

・静穏性は、ほどほどでいい。許容範囲内であれば構わない。
  ……なにせ他人より20db聞こえませんから、許容範囲は広いけど(笑)

・デザインは二の次。欲しいのは性能。

・コンパクトさは、たしかにいいが、
 我が家で使うには、水タンクが小さいと思う。
 小さくても頻繁に捨てればいいことだが、
 1日に2度も3度も…となるのは、手間も考えて困る。


以上のことを考慮してもN社のほうがよければ、N社のを買えば?と言わせてもらった。


「じゃ、C社のを買おうか?」と聞いてくるので


・マイナーなメーカーであること。
・デザインはちょっと古め。
・全体も大きめ(その分タンクも大きい)


それでもいいのか?と意見を言わせてもらった。


「じゃ、お前はどっちがいいんや?」というので
「あなたの部屋に使うんだから、自分できめれ」と決断はあくまで夫に。


私は、両社の製品にケチつけるんじゃなくて、
これらのことが考えられるけど、
きちんと説明が言い返せるほど、

夫が気に入った機種を買って欲しいと思って意見を言ったのだが……。


決断を他人に投げるな。


結局C社の方を選択。

帰宅後、稼動させてみて、溜まった水の量を見て。
唖然とした夫に、なんだか今更……と思う。


ひそかに。
私の優先は、水のタンク容量の大きい方だった。
2機種でタンク容量は倍半分違う。
やっぱりなぁ……と。


===============================================
今借りている賃貸住宅は平屋ではなく、2階部分がある。
2階は2部屋。通称、北部屋と南部屋。


南部屋は、私の個室 兼 私専用PC部屋。
いまPCのキーボードをたたいている部屋。


北部屋は、夫の物置部屋。

この部屋に除湿機を設置した。


昨年、引っ越した時のダンボールが積み上げたままの状態で。

そこの99%が夫のガラクタ。おもちゃだったり読まない本だが。
大きなクローゼットがあるが、そこにはこの数年着ていない夫の服ばかり。
所有者に
「使わない・着ない・見ないなら捨てろ」といい続けて、馬耳東風のまま夏になり。


そして。
8月下旬、雨が2日続いたの日の翌日。
やっと晴れた日にみると、北部屋のクローゼットで、カビがいきなり大量発生。


主に革製品、つまり革のジャケットやコートが全て毒々しい水色に覆われた。
その他普通のコートも若干の被害が。


そして、その後始末は、全部私が泣く泣く雑巾持ってやりました。


北部屋の真下が風呂という、構造上の条件も重なったかもしれず。
天気のいい日には、毎日窓を開けて風を通していたのにも関わらず。
気をつけてチェックしていたのにも関わらず。
その前日まで、気配がなかったのにも(略)


昨年は冷夏で、なかなか気温が上がらず、カビもあきらめかけてたのに、
8月の最終週で、いきなり夏の気温になり、
もともと湿度が高いのに、加えて気温が高い日が続いた後、
雨が2日続いて、カビの好条件が整った、と思われ……。


引越し直後から「買おうよ」と言って、放置されて。
去年の大量カビ発生事件のとき、「やっぱり買わないとだめか……」と言いつつ放置され。


冬になって、5月になって、湿度が上がってきて。
今年はどうなっても、もー知らん。と思いつつ。

また去年と同じ目になるんだろうなぁと、思うと憂鬱になりつつ。


その頃には、私はこの家からいなくなってるかもしれないから、

関係ないよね~と現実逃避してましたが。


……梅雨前に買う気になっただけでも、いいと思うべきだろうが。


それで除湿機のタンク溜まった水の量見て驚いるんだから、せわーない。

結局、今日一日は、食事もせず、ほとんど寝込んでしまいました。

強いウツ状態だなぁと、他人事のように思いながら。


昨日言われた夫の言葉を反芻しながら、これから何をするべきか……を

答えの出ないままグルグル考えていました。


夕方、夫が帰宅。

今日は「東京営業所の上司(お偉いさん)方との会食があるから、夕食はいらない」といっていたのに。


ドアの開閉の音を聞いても、2階の自分の部屋のベッドから出る気にならず。

布団をかぶっていたら。


ほんっっっとに、

いつものように、

何事もなかったかのように、声を掛けてきた(怒)


「帰ったよ」「……そう」(心の声:それがどうした、ほっといてくれ)

「しんどいん?」「……うん」(あたりまえじゃ)

「大丈夫?」「……」(どう答えろと?)


さっさと出てってくれと願ってるのにも関わらず。

ベッドの横に来て、


「大丈夫なんか?」「大丈夫なわけないやん……」


夫、舌打ちして、出て行った。


多分「ま~だ昨日のこと根に持って、機嫌が悪いんか~」程度におもったのだるう。


後で聞けば、今日のお食事会に行くため、

送り迎えの運転手をしてもらいたかったらしい。


ココはバスや電車という交通機関がないため、

飲みに行くのも車で、帰りは代行……。

タクシーもあるが、私から見て、滅茶苦茶ぼったくりな料金設定である。


……だから、金を惜しんで、実際は

「近いから大丈夫」

「もう酔いが冷めたから大丈夫」的な考えで、

飲酒運転をしている人も多い……らしい。


なので、会社行事の飲み会に行く時は、毎回、

私が、会社からいったん帰宅してきた夫を飲み会会場まで送り、

「もうすぐ終わるから、お迎えよろしく」メールが来たら、迎えにいっていた。


だから今回もいつもと同じように……、と思っていたらしい。


夫が出かけて。

前のブログを書き上げて。


1階に下りて、風呂の支度をし、洗い物をして、

さてこれから晩飯作るかと思っていたら。


夫、帰ってきた。


「晩飯は?」「まだ。今作ろうと思ってたトコ」

「なんかコンビニでかってきてやろうか」

「いい。たらこパスタのソースあるから」と拒否。


あくまでいつもどおりの口調。昨日話したことなど関係ないようで……。

昨日あれだけのこと言われて、普通に話せるか……と思ってるのは私だけのようで。


その後も、今日の会食の話や、なんぞを話し。

あくまでいつもどおり。


その普通さに、内心むかつきつつ、話し相手をして……。


会食の相手は会社の上司にあたる人で、いわゆる取締役の人。

その人から

「○○(夫の名前)、体は大丈夫なんか?」と話しが出たので

「こっちに来てからアトピーと喘息がひどくなって。早いところ別の営業所に転勤したいですよ~」というと。


「あんまりひどいようなら、ちゃんと言えよ。最近は会社としてもそういうのは考慮する方向だから」

と、言われたと。


それは嬉しそうに、私に話す。


「……そりゃ会社としての建前でしょ」と返してしまう。

「まあ、そうだけど」

「考慮してくれるんなら、もう次の転勤、決まってるよね」

「……」

「それに『考慮する』ってのは、雇用者本人の体調のみでしょ。家族の体調は無視でしょ」

「いや、家族も範囲内だって」

「だったら来年転勤できるん?」

「……」

「今年△△さんが来て、来年は順番から言って××さんが転勤するってこの前言ってたやん。

 だからウチは後数年、少なくとも3年は逃げれないんでしょ。

 それは仕方ないって、自分がいうてたじゃん」

「……そりゃそうだが」

「考慮するってのは、そういう会社内の事情を優先した上で、その後で……って意味でしょ」

「……まあ、そうだるけど」

「だったら、意味ない建前やん。だいたい会社の建前と本音の違いぐらい、私だって社会人やってたんだから知ってるわ」


はい。話し終了~。

この程度のネタで、私が喜ぶとでも?機嫌戻るとでも?考え直すとでも?


はぁーーーー。

この人いつからこんなに頭悪くなったんだろう……。

ココに来る前は、ホントに頭よくて、私の周りで唯一口で勝てる人ではなかったのに。


飯くって、風呂入って、さっさと二階に上がって。

自分の部屋に戻りました。


何を聞いても、喜べることが、ない。


まあ、普通の奥様で、社会経験がない奥様なら、

あの言葉で喜んで、

昨日のことを水に流せるんだろうなぁ~と、思いつつ。


それは、私には、ムリ。

少々……じゃないな、結構精神的にキてます。


昨夜、ガチの話し合いができた。

できたというより、話しがそっちに流れたのでそれに便乗したのだが……。


話し始めは「単身赴任が可能か」ってこと。

会社の規定では「家を購入した後、転勤するときは、単身赴任手当て」が支給される。

子供の有無に関わらず。


夫の考えでは、

元住んでいた地域をホームベースにすべく、家を買い(もちろんローンで)

私はそこに住み、そこで働き、

家とバイクとその他の夫の所有物を管理して、友人とも会ったりして、

夫はココに単身赴任。

時々は帰ってきて、私や友達と会って遊んで、またカシマに戻る。


ちなみに夫の考える地域は岡山。実家を出てから独身時代をすごした町。

だけど私は生活したことのない町。

私自身にとっては、望郷の念もないし、住みたいとも、何の感情もない町。


確かにバイク仲間である夫婦共通の友人はいるし、

勝手知ったる地域だし、

気候風土からみれば、岡山に引っ越せるなら、何の異存はないが。


岡山で、私が働ける仕事がありますか?

そこで私一人暮らすのが本当に私の幸せですか?


で。

私の思いを提案。


首都圏で家を買い、私はそこに住み、仕事を探し、

仕事をして、スキルをつけて、お金を稼ぐ。

夫はココに単身赴任。週末婚って形をとって。

二人で仕事を頑張って。


夫が転勤したら、買った家も売って、私も転勤に同行。

夫が仕事を続ける傍らで、

私はこの数年で身に着けたスキルを利用して、転職。


そういうふうに生きたいと。


「家を買う」のは、そのほうが単身手当てという会社の補助を受けるため。

そのほうが支出が少なくてすむから。


……って言ったら、離婚話になりました。


働きたいのなら、ココで働けばいい。

探せばあるはずだけど、努力してないだけ。


東京で働きたいのなら、勝手に出ればいい。反対はしない。

働きたいのなら、働けばいい。反対はしない。


ただし売るための家は買わない。

別居するなら、自分で働いて稼いで、自分で家賃を払え。


別居するなら離婚する。

別居したまま、私と結婚しているという、私との『しがらみ』が面倒だから。

面倒はゴメンだ。


……と、こんな感じ。


私がココで働きたいと思って探しても

年齢制限も、転勤族であることもネックで、

働く場所がないから、東京で働くことを考えたのに。


ふと思って調べてみたら、

私の年齢でも首都圏なら仕事はある。昔やっていた営業事務もある。

40歳までOKもある。


調べれば調べるほど、ココや岡山なら、このまま何もせず生きているだけだが、

東京という町ならば、私は仕事をするチャンスがある気がして……。


せっかく生きるなら、生きたいように生きたい。

私の望みは「仕事をしたい」

自分で仕事をして、自分の報酬を得たい。

結婚後、在宅を続けているが、正直満足できる額は稼げていない。


尾道でパートをはじめた時の収入は月4万。

午前中だけのパートだったし。日祝休み。

36歳で働き始めたので、尾道で事務で働ける場所があるだけラッキーで。

ぶっちゃけ、この仕事をを足掛かりに正社員への道も考えていた。

それもこの転勤であきらめるしかなかった。


それでもテープ起こしという技術があった。

それで生きていこうとも思った。


でも、ココに来て、左耳を失い。


テープおこしも廃業して。


こちらで、年齢制限なく募集のかかるのは、接客業ばかりで。

さもなくば、看護師やホームヘルパー。


聞こえない私には、無理……。

声をかけられても、誰に声を掛けられたか解らない。対応できない。

BGMのある職場では人の声が聞き取れない。

老人の小さな声は、なおさら聞き取れない音域で……。


働くなら、せめて10万は稼ぎたい。出来れば15万。

夫に気兼ねなく買い物したり、いろんな事態に備えて貯金も。

自分のバイクも買いたい。


でも、岡山だと……。


そんなことを考えている時に、ふと見つけた求人。

東京で。営業事務で。40歳までOKで。

これなら私にも出来ると思った。

東京ならこういう求人があると初めて知った。


それをきっかけに求人を調べると。結構40歳までの仕事ならある。

物件も、首都圏近郊のほうが高くて、東京のほうが、意外にも安かったりする。

ペット可物件も東京なら、安い値段からある。


やる気があるなら

年齢制限なしに、IT関係の仕事で、未経験者OKの会社も見つけた。

その上、独身寮もある会社もあったり……。


この先3年は、ココを転勤することはない、と夫から宣告されている。


私はもう今すぐにでもココを離れて、自分の住み易い場所に住みたい。

ココで死にたくない。


夫が動けないなら、その間に私は自分のスキルを上げるために仕事をして。

次の転勤に備えつつ、自分の満足も満たして。

そのための別居。

離れて暮らしても、1時間ほどの距離。

通勤は無理でも週末なら楽勝で行き来できるし。

ここにいる数年だけの限定の話。


実際そうしているご夫婦も同年齢でいる。


私は別居を考えたけど、離婚は全く考えていなかった。

一緒の墓に入るものだと思っていた。


夫が「岡山に家を買ってそこで暮らせば」という提案も、別に抵抗なかった。

夫もそういう提案をする以上、別居しても大丈夫と思っているんだなーと思っていた。


夫は自分がそういう提案をするのに、

私の提案には……離婚を口に出すほどで。


昨日の言動に、今も私は混乱している。


夫いわく、私は「自分中心すぎる」のだと。


だから東京で別居して働くという考えがでるのだと。


そして、

「30代後半で、東京で仕事見つけて働いて、スキルを上げる」ということは

「東京でバンドやってビッグになるぜ!」という若造といっているレベルは同じだ、と。


つまりは、ありえない、と。

可能性はゼロではないが、ゼロに等しく、実現できるのはほとんどいないと。


夢を見るのもいいが、自分を巻き添えにするな。

自分勝手な夢を実行するなら離婚すると。

失敗した時に、帰ってこれると思うなと。


確かに、

夢……かもしれない。

仕事がある可能性があるってだけで、成功するとは限らないし。


夢を考えることもチャレンジすることも、ココでは許されないのか?


自分の人生なのに、自分中心ではいけないのか?というと、


普通は

子のいる家庭なら、子供のために。

夫婦二人の家庭なら、妻は夫のために。

そうやって家庭中心に考えるのが普通だと。


けっして自分中心を基準にしない、らしい。


ココに来ての一年、夫のために、夫の服やモノや生活する環境を

心地よく、守るために、自分がやってきたことを考えて。


夫の服をかびさせない為に、

私が使っていたクローゼットの大半を

夫の服や使わない物を入れるために

自分の服を捨て、物を捨て。


充分とはいえないレベルだが、自分で出来るレベルで精一杯

家事をして、洗濯して。


ココは水道の水がまずくて、

スーパーで売っている「浄水」を使ってもまずくて、

何もかも美味しく料理ができなくて。


味噌汁が「まずい」といわれれば、

ブリタの浄水器を買って、調理には浄水した水だけを使うようにして。

味噌を変え具も替えて。

売っている野菜がまずくて、調理法をいくら変えても美味しく出来なくて。

それでも化学調味料を使わないでと、努力して。


風呂を沸かせば「水が塩素くさい」といわれ。

だから湯船には入らないといわれ。

夫は、風呂用の浄水器を買おうと話しは出ても、話だけで。

せめてと思って、活性炭の蛇口に付けるタイプの浄水器もどきをつけて、

それを通したお湯を湯船に入れて。


粉石けんを結婚してからも使っていたのに、

ココの水だと硬度が固すぎて解けなくて。

風呂の残り湯を使ってみても、

風呂を沸かしなおしたお湯でも、

お湯で溶いてみても、とけ残って服についてしまって。

服に付いたそれを夫に指摘されて……。

液体石鹸に変えたら、汚れ落ちが悪くて、また夫に指摘されて。

合成液体を使えば「洗剤の匂い香がくさい」といわれ。

極力匂いのない洗剤を探したり。

時には重曹を使ってみたり(あまり効果がないのですぐやめたが)


夫がアトピーだから、体にやさしい石鹸を使っていたのに。

私自身はどの洗剤でもかまわないのに。


小さなこと。でも、毎日のこと。

それを365日考えて生きてきた。


時に「そういうことをしてるんだ」と説明すると。

その時は「ありがとう」といっていた夫だが。


それでも私は「自分中心過ぎる」らしい。


自分を殺して自分を失って生きれば、夫の言うとおりできて楽だろう。


どうすれば私が生きたいように自由になれるのか、

少しずつ心が固まる……かも。

今日は昨年死んだ夫愛猫の1周忌。命日。

しんみりと思い出して……


……と思っていたのに。


カウントダウンが一気に進みました。

この人、どうしちゃったんだろう。

愛情とか、そういう柔らかい感情がすーっと冷めることを、無意識で平気で言う。


スカパーで一緒に映画、見てました。

一度は映画館で見た映画だったのですが、

その時、夫は途中で居眠りをしたため途中の内容を覚えていないから、もう一回見ようか、となって。


見終わって、お互い感想を言い合うのはいつものことですが。


私は、ストーリーの主軸に関わるけど、すこし脚本家が遊んでる部分ぽい喜劇的なところも面白いから、この映画が好きで。

夫は、その部分が「タルい」から「スピード感がなくなってる」からこの映画はイマイチで。

それぞれ、別の感想を持つのは、至極当たり前なので、それはいいのですが。


この続編「P**3」がもうすぐ公開されるので。「公開されたら見に行こう」と話してて。


それとは別に、今年の初めから、日本で公開されたら私が見に行きたいと思っていた映画「B**」。

それをTVで予告編を見た夫、キャスティングや予告の動画をみて興味を持ったらしく、

つい数日前、自分の友人に

「奥さん(=私)が楽しみにしているから、連れて行ってやらねば」と話していたのに。


その話しを聞いて、この2本の映画は、夫婦一緒に見に行くものと思っていたら。

今日の映画を見終わったあと。


「『P**3』と『B**』、一人で見に行ってきてよ」


   片方は「自分にとってはツマンナそうだから」、片方は「自分は興味ない」という理由で。


   またか……と思いました。だから、


「……言うと思った」と言ったら


「何でそんなこと言うの?」と返されました。


   そりゃ、私がいいたいんですけど……。


本気で「なぜ私がキれたか」がわかっていない様子。


続編も一緒に見に行くと、話しをしたので一緒に行くと思ってた。

連れて行くと、友人に話していた以上、連れて行ってくれると思ってた。


以前は口約束でも決して破ることはなかった人でした。

でも、今は気分次第で「見たいなら一人で行って来い」という人になるとは……。


なんていう自己中心。


最近多いです、こういうこと。

一緒に行動するのが面倒、という理由で。


約束破るなら、期待させるな。


いったん期待を高めて、そのあとで、ズドーンと落とされるのは、すごくキツイ。


だったら約束しないほうがマシ。期待しないほうが、マシ。



「?」を浮かべた夫に説明しようかと思ったが、顔見たら呆れて、説明する気失せた。


自分は悪くないのに、どうしてアナタは怒っているの?という顔。


「私はこういう理由で怒ってるのです」と言っても、


「約束したっけ?覚えてないよ~」と、あいまいにいうパターンか。

「そんなこと言った覚えはない」と、はっきりいうパターンか。


どちらにしても、私の怒りを理解したうえでの返答は期待できない顔。


怒っている理由を理解しようとはしない夫に、

怒っているこの場をとりあえず流すことしか考えていない夫に、

怒る本当の意味を解っていない夫に

だんだんといろんな感情が湧いてきてて……。


あえて何も説明せずに、放置して、風呂入って、自室に上がりました。


前は、口約束でも。

私が約束してたこと忘れてても、

仕事が忙しいから、仕方ないとあきらめてても。


見に行こうと話した映画は、必ず二人で見に行っていた。


どうしても見に行けない時や

映画館に行こうと思ったが、既に公開が終わってた時は、

「見にいけなくて残念だったね」と会話した。


結婚して、たかが5年。まだ5年ぽっち。

この先一生、こんな調子でいいのか?


だったら、どうするか?

いろいろ考えてしまう。


今、妻が何考えてるのか、気が付いていないんだろうけど……。