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甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

 お父ちゃんの五木再び。


 「天災」をやりながら、ひろし不在の穴を埋めるため、最後のオチの所から喜代美ちゃんの創作落語が始まります。そのうち、「ひろしが来れなくなってごめんなさい。」となって、落語じゃなくなってしまったとき、突然お父ちゃんが「ふるさと」を熱唱します。


「おおきに。」

「お前のためやない。喜代美のためや。」

「ほやさけ余計にうれしいんや。」


喜代美ちゃんの妄想で、すでにひろしが歌ってしまった時に、2度目はないかもと思いましたが、やっぱり自分達の力で乗り切ることができたんですね。ひろしも実はそれを願っていたんではないでしょうか。


 その後の、お父ちゃんの愛の言葉。似合わない人が言うと、こんなにもリアリティがあるんだなあと思い、これも書きとめておきます。


「やっぱり、お前を失わんでよかったと思うてる。」

「お前がおらんと、わしの塗り箸は、磨いでも磨いでも輝かんのや。」


 こんな風に言ってもらって、お母ちゃんは過ぎ去った日々を後悔する必要もなくなり、またこの人を支えてがんばっていこうという気持ちになったんでしょうね。


 この後、小次郎さんは奈津子さんに思い切ってプロポーズし、正平君は留学のパンフを破り捨てて夢をあきららめ、喜代美ちゃんと草々さんは、ついに婚姻届を出しに行きます。この騒動がきっかけで、みんな自分の行く道を本気で考えることができたのかもしれません。

 でも、正平君は辛いなあ。わがままを言ったことのない彼の、唯一の願いだったのに。


 喜代美ちゃんにとっては、学生時代から引きずっていたコンプレックスを克服するきっかけになりました。自分では失敗したと言う彼女に、「スポットライト浴びて舞台の真ん中に立つだけが主役じゃない。あのとき、あんたは輝いてた。」と言う順ちゃん、素敵。あのドタバタの中でも落語会をやり切り、即興でおとうちゃんとおかあちゃんの心に訴えかけた喜代美ちゃんは、確かに輝いていました。


 喜代美ちゃんと草々さんにとって、小浜での時間はほんとにお互いを見つめなおすいい機会になりましたね。喜代美ちゃんの生まれた土地に暮らして、彼女の周りの人と触れ合うことで、彼女の違う魅力を発見したのだと思います。


 私の中学の時の経験ですが、最初そんなに親しくなかった友達の家にある時遊びに行って、学校とはまた違う彼女の一面を見たり、暮らしているうちや家族の人に会って、それまでの印象がガラッと変わって、とても彼女に親しみを感じるようになって、その後長いつきあいになるのですが、彼女のうちに遊びに行ってなかったらそんなに親しくなったかなあと思ったりします。


 小浜に行った草々さんの行動は、そう考えてみると正解だあ、物事の本質を捉える力がある人なんだなあと感心します。なんだかんだ言って、結局愛していたからの行動だったのかもしれないですけどね。


 婚姻届を出した後、海岸で腕を組んで歩く2人。今までの不安のあれこれが吹き飛んで、幸せいっぱいの2人のところに、突然A子の姿が・・・。


 なんとこんな時に限って録画の調子が悪くて、途中で切れてしまったんですが、A子の、人が変わったような何か投げやりな目が、正体不明の怖さとなって頭の中に焼きついてしまいました。


 一難去ってまた一難・・・。ややこしい展開になりそうな予感です。あんなにA子の消息が知りたかったのに、今となっては知るのが怖い~。


 

今朝はパソコンの調子が悪くて、記事を書いたのに2回も消えてしまったのであきらめて出かけたのですが、帰ってきたら直っていてよかった・・・。


 昨日の「検索ちゃん」は、応援席があまり映らなくてちょっと残念でした。でも「港の見える丘公園」があったからいっか。「検索ちゃん」はとっても井上さんにあったかい時と、収録時間は長いのにバッサリ切られちゃう時と両方だから、次の井上さん祭りを待とう。


 井上さんが足りない時、某所へ行って昔の動画を観るんですが、熱中して観た後に、でもこれは過去のことなんだよなあ、この時期からファンで生で観ていた人が心底うらやましいなあという、フクザツな心境に駆られます。若さ・・・なんでしょうか。目の色が違う。今と違うものが目に映っていたのかなあと思います。


 こんな風にネットで検索できて、知りたいという気持ちがいろんな形で満たされる今の時代って、すごいなあと思います。ペースが速くてどんどん新しいことをしていかないと、あっという間に飽きられるこんな状況の中で、井上さんが愛される理由ってなんだろうなあ。


 自分と同じ弱さを持ってるところと、自分が忘れてしまった純粋さを持っているところかな。純粋さと弱さは紙一重だから、いつもこわれそうな危うさを持っていて、見守る気分にさせられてしまう気がします。その一方で、すごく自分というもの、自分なりのこだわりとかゆるぎない価値観を持っていて、上から目線で偉そうな態度と、ヘタレな所が交互に出てくるギャップも不思議な魅力になっています。


 不自然で人工的な場所にいるから、井上さんの良さが逆に光るのかもしれないですね。


 これからの時代って、要領よく立ち回っていかに得をするかじゃなく、自分に正直に自然体で生きることが、難しいけど求められる時代になるような気がします。


 周りに振り回されず、自分で自分の価値観を作って行ける人が輝く時代。そんなことを思っているわけじゃないけど、そういう生き方をしている井上さんって、地味なようで観る人の目には止まるんじゃないでしょうか。

 きょうもお父ちゃんとお母ちゃんのお話でしたね。


 人を恋する一途な気持ちって、なんて美しいんだろうと思います。


 塗り箸修行が終わるまでは手紙を読まないと決めていた正典さんのもとへ、「たちぎれ線香」のこいとの文と同じように、糸子さんの手紙が毎日のように届きます。

 手紙というのは、いまどきのメールと違って、便箋に書いて切手を貼って投函してと、相手のことを思いながら行動している時間が長い分、気持ちがこもっている気がします。あんなにたまっている手紙を見て、糸子さんの「ひとめ逢いたい」という想いを目にしたら、正典さんが箸を放り投げて糸子さんのもとに走るのも無理もありません。


 かけつけた正典さんは、冷たくかじかんだ糸子さんの両手を包むように両手ではさんで、自分の息をはきかけて暖めます。最初見たとき、手にキスをしているように見えてどきっとしてしまいました。糸子さんを抱きしめて、「小浜で一緒に暮らそう。」という正典さんに、「ここを離れられない。」と言う糸子さん。それを聞いて、正典さんは塗り箸修行をあきらめて鯖江で糸子さんと暮らす決意をします。

 思い出の指輪を糸子さんの指にはめてあげるシーン、素敵でした。


 ただひとめ逢いたいと思って手紙を書いた糸子さんは、そんなことになるとは思ってもみなかったのでしょうが、心の奥ではきっと助けを求めていたんじゃないでしょうか。それが、正典さんにはわかったのだと思います。その後の先代との確執は、その原因をつくった糸子さんにとっては、どんなに心痛むことだったでしょう。


 場面は変わって、紅白でひろしを見ながら産気づく糸子さん。「ひろし~。」と叫びながら分娩室に入った糸子さんに、ドア越しに「ふるさと」のサビを歌ってあげる正典さんを観て涙が出ました。かっこ悪くても、人目なんか気にせずに、自分の気持ちを一生懸命伝える、正典さんの誠実さにじーんときました。


 そういえば、17才の小次郎おじさん。妖艶でしたね~。17才にちゃんと見えたとこがすごいなあ。小次郎さんと話してる正典さんはやっぱりちょっと老けてました。


 ひろしのことが気になって、終始そわそわしている喜代美ちゃんでしたが、そっちに気を取られていたせいで、却って失敗しなかったんじゃないでしょうか。次は喜代美ちゃんのトリ・・・と思ったらまた明日ですか。


 心臓に悪いです。