今朝はパソコンの調子が悪くて、記事を書いたのに2回も消えてしまったのであきらめて出かけたのですが、帰ってきたら直っていてよかった・・・。
昨日の「検索ちゃん」は、応援席があまり映らなくてちょっと残念でした。でも「港の見える丘公園」があったからいっか。「検索ちゃん」はとっても井上さんにあったかい時と、収録時間は長いのにバッサリ切られちゃう時と両方だから、次の井上さん祭りを待とう。
井上さんが足りない時、某所へ行って昔の動画を観るんですが、熱中して観た後に、でもこれは過去のことなんだよなあ、この時期からファンで生で観ていた人が心底うらやましいなあという、フクザツな心境に駆られます。若さ・・・なんでしょうか。目の色が違う。今と違うものが目に映っていたのかなあと思います。
こんな風にネットで検索できて、知りたいという気持ちがいろんな形で満たされる今の時代って、すごいなあと思います。ペースが速くてどんどん新しいことをしていかないと、あっという間に飽きられるこんな状況の中で、井上さんが愛される理由ってなんだろうなあ。
自分と同じ弱さを持ってるところと、自分が忘れてしまった純粋さを持っているところかな。純粋さと弱さは紙一重だから、いつもこわれそうな危うさを持っていて、見守る気分にさせられてしまう気がします。その一方で、すごく自分というもの、自分なりのこだわりとかゆるぎない価値観を持っていて、上から目線で偉そうな態度と、ヘタレな所が交互に出てくるギャップも不思議な魅力になっています。
不自然で人工的な場所にいるから、井上さんの良さが逆に光るのかもしれないですね。
これからの時代って、要領よく立ち回っていかに得をするかじゃなく、自分に正直に自然体で生きることが、難しいけど求められる時代になるような気がします。
周りに振り回されず、自分で自分の価値観を作って行ける人が輝く時代。そんなことを思っているわけじゃないけど、そういう生き方をしている井上さんって、地味なようで観る人の目には止まるんじゃないでしょうか。