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甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

先日、最終巻を読み終えて、しばらくぼぅっとしておりました。


この本を読み始めたのは、今19歳のお兄ちゃんが11歳の時。クラスで1万ページ読もうという担任の先生の呼びかけで、なるべくページ数を稼げる厚い本を探していました。そんな時、面白い本があると、子どもが友達に教わったのがこの本。値段が高いので、まず古本屋を何軒かまわって探しましたが、人気があって、入ってもすぐ、その日のうちに売れてしまうとか。古本屋はあきらめ、本屋さんで見つけて3巻まとめて購入しました。


子どもが読み終わった後、ふと手にとって読み始めたら面白くて、いつのまにか夢中で読んでいました。3冊読み終わって、また最初から・・・3回は読みました。その後、続きがなかなか出なくて、2年に1回くらいの間隔で新刊が出ていたように思います。


続きが読みたいと思うときになかなか出ないので、少し熱が冷めてきて、周囲でも、最初の頃と違って、「翻訳がもうひとつ」だとか、「最初が1番面白かった」など、批判的な意見を耳にすることもありました。

私が読んでいてひっかかったのは、学校の中で四つの寮が点数を争っていて、校内行事の結果や、寮生の素行によって、先生がいちいち、加点したり減点するという点数主義みたいなところ。ハリー・ポッターも、優等生的な扱われ方があまり好きになれなかった気がします。


そして、馴染んで愛着のあるキャラクターが、次々と死んでいくので、すごく虚脱感があって、読み返す気になれないときもありました。


そして、今回ついに終わるんだなあ、どんな終わり方なんだろうと思いながら読んでいた最終巻。思っても見ない展開で、出だしから惹きこまれました。

勧善懲悪的なものだったら、つまらないなと思っていたのですが、人間の中にある二面性ということについて、考えさせられる展開でした。ハリーがかつて、組み分け帽子に「スリザリン」と言われて、それをことわりグリフィンドールに行ったことが印象的でしたが、自分の中にある両極のどちらを選ぶかは、自分自身に委ねられているということを、物語を追いながら、思い返していました。


運命に翻弄され、安住の地も両親もなく、1人で生きてきたハリーが、不安や絶望と戦いながらも、人を受け入れ、信頼する事を学びながら成長していく様子を、自分のことのように感じながら、書かれなかったあれこれに思いを馳せ、名残を惜しみつつ、ついに最後のページまで行き着いてしまいました。


人間にとって1番の恐怖は、心に巣食う不安と絶望なんですね。人を信頼し、未来を信じる気持ちがその恐怖を取り除いてくれる。・・・そんなことを思いながら、ぱらぱらとページをめくっては、それぞれの場面を読み返しています。


作者が、これを書き始めた頃と書き終えた時の心境の違いを想像してみます。そういえば、ハリーが歳を取るのと同じくらいのスピードで、この本は書かれたんですね。同じくらいの年頃のお兄ちゃんを見ながら、過ぎ去った8年間を振り返り、そういう愛着もこの本にはあるなあと感じます。


もう少し歳を取ったハリーの物語も読みたい気がしますが、それは読んだ人がそれぞれ自分で創るのがいいのかもしれません。


さよなら、ハリー。楽しい物語をありがとう。

引退するんじゃないかという北島選手の周辺の声から、いつのまにか当然のように五輪後に引退と報道され、勝手に淋しがっていましたが、「まだ自分は何も言っていない」というご本人の声を新聞で見て、そうなのか、と納得。

アテネ後にモチベーションが下がったことや、体の故障などで、周囲の高い期待に答えられないのではということや、五輪はこれが最後と言っていたことから、そういう見方をされたのかもしれないけれど、本人がゆっくり考えて結論を出す前に、周囲が先走ってしまったのはかわいそうでしたね。


メダルを取った選手にインタビューする人が、「次の目標は?」と聞く場面をよく見るのですが、選手も「うっ」と一瞬答えに詰まる様子を見て、このオリンピックを目標にがんばって結果も残したのに、次のことを聞くなんて、デリカシーのない人だなと、なんだかむっとしてしまいます。


北島選手や他の選手達には、お疲れ様という言葉とともに、何も考えずにゆっくりと休んでほしいなと思います。


北島選手がメダルを取るたびに、実家のお肉屋さんの話題が出ていましたが、ご両親はマスコミに全然出ないんだなあ、そういうのも潔くていいなあと思っていたのですが、実家のお肉屋さんを訪れる人も多いんですね。

私はお肉屋さんは知らないんですが、東京スイミングセンターに子どもの試合を見に行ったとき、そこでも北島商店のメンチカツが売っていて、面白がって食べた事があります。玉ねぎのシャリシャリした食感が印象に残る、おいしいメンチでした。


そして、夜のスーパーでコロッケを揚げまくっているうちのお兄ちゃんは、この頃、北島商店のメンチカツというのを揚げているそうです。製法を北島商店に教わって作ったものらしいのですが、結構売れ行きがいいそうですよ。

バイトから帰ってきたお兄ちゃんに話を聞いて、不思議なめぐり合わせに笑ってしまいました。


水泳が終わってしまってオリンピックはこの頃結果を見るだけになってしまったのですが、今はシンクロを応援しています。かつて日本代表のコーチだった人が中国のコーチになっていて、日本の選手は複雑な思いでしょうね。負けるもんかという気持ちをバネにして、がんばってほしいなあと思います。


ロシアはやっぱりすごい完成度でしたが、上位のチームはそれぞれみんなうまくて、観ながらため息が出ます。


シンクロは奇跡のスポーツですね。時々、演技している選手と一緒に息を止めてみますが、じっとしていてさえ、あんなに長い間息を止めているのは難しいです。

競泳選手並みの泳力の他に、スタミナ、筋力、表現力などが求められるこの競技は、観ている人が感じる以上に過酷なもののような気がします。それでもやりたい人がたくさんいるのは、やるだけの魅力を持ったものなんでしょうね。


話が競泳に戻りますが、北島選手はいいコーチに恵まれましたね。幼い頃から教わって、お互いに気心が知れて無条件に信頼できる師弟関係があってこそ、実力を発揮できたんだろうなと思います。身近に見る水泳のコーチは、仕事が過酷な割に給料は安くて、入れ替わり激しいので、同じコーチにずっと教えてもらうこと自体が、珍しいのではないでしょうか。


松田選手のコーチも、ずっと同じでしたね。1日に3万キロを泳ぐと聞いたことがありますから、厳しいコーチなんでしょうね。


平井コーチは泳ぎを分析しながら教える、学者肌な感じの人ですね。おだやかで優しそうな雰囲気が、短いインタビューの中でも、印象に残りました。

一流選手のコーチは待遇がいいでしょうが、水泳選手の活躍で、スイミングクラブのコーチたちのお給料が、もう少し上がって、生活の心配をせずに教えることに没頭できたらいいのにと思います。

ぺタ頂いた方、お返しできなくてごめんなさい。


お墓参りや、仕事の〆切でバタバタしているのに、つい『ハリーポッター』の最終巻を読み始めたら止まらなくなってしまい、あっちの世界に行っておりました。ちょっと目が血走っています。


オリンピック、水泳、終わってしまったんだなあと、こちらもなんだか虚脱感。


書きたいことはありつつ、またこれから仕事に行かねばなりません。


帰ってきたらペタ返しがんばりますので、またよろしくお願いします。