さくら日和~旅とヘナと着物の日々~ -27ページ目

広島③~厳島神社編~

広島でボディジュエリーをしてあげた子(と親御さん)から手紙が届き、普段内気でおとなしいその子が本当に嬉しそうに話していた事、消えかけた時大泣きしていた事が書かれ、感謝が綴られていた。本人の手紙にはイラストも描かれ、思いがけない出来事にこっちが感動してしまった。自分のしたささやかな事が、子供たちにとっては大きな喜びとして思い出に残る、ハッとさせられた。子供たちに感動を与えられる大人になりたい。

さて、広島行ったら宮島は外せない、ですよね。
厳島神社だけでなく島全体が神として信仰されていたという・・・・・(だから鳥居が海にあるらしい。)




フェリーから鳥居が見えた。修学旅行のこと全然覚えてない自分に自己嫌悪。



着いたらまず鹿!鹿のいる島だったんだ。



やっぱ角かっこいいなぁ。奈良の鹿は角が切られていたから・・・・・



外人についてく鹿。



恥ずかしがり屋なのか・・・・・どっちなんだ?



海と松と鹿・・・・・JAPAN!年賀状にしたい一枚。(鹿年なんてないけど)




すごい寝方。



うっわー、海の街って感じ、素敵~。



しゃもじで有名らしい。巨大!ごはんつぶ付いててもわかんない。



土産物屋の並ぶ商店街。いいなぁ。なつかしい感じ。



抜けると日本海風太平洋。すごくいい!



待ってましたの厳島神社入り口。平清盛の時代にタイムスリップ。



空と海に鳥居の朱色が映える!



鹿と鳥居。カメラ構える私をシカトして一目散・・・・・



・・・・・記念撮影中の女子の鞄に首つっこんじゃった。
鹿なかなか離してくれなくて女の子かなり困ってた。しかれないし、しかたない。




鹿集団。




で、いよいよ。



いい感じ!



鳥居の方は水あったけど、こっちはひいてる。満潮の時に来たくて調べたけど、朝か夜かだったからちょっと遅かった。



修学旅行の時も干潮だったことだけは覚えてる。一度は満潮時に来てみたい。かなり印象違うと思う。海に浮かぶ神社、見たい・・・・・
代わりに蟹はたくさん見られたけど・・・・・




干潮時にしか見られない丸い池。
ガリガリ君食べた後の「当たり」みたいなもんか。




鏡の池というらしい。あそこに月を映したらさぞ美しかろう。ロマンチックだな。
鳥が自分の姿に見惚れている。





うゎ~これ水だったら・・・・・興奮するだろな。想像だけ。いつか来よう。



回廊の美しいこと。海に浮かぶ朱。900年前、平安時代に想いを馳せる。
着物引きずって歩きたいわぁ・・・・・龍宮城みたい。



外国人もちゃんと御手洗してる。(観光客の半分以上は外国人だった)



海の神殿、というだけでより厳かな雰囲気。



神がここで夜な夜な踊ってそう。



あんなに小さく見える鳥居は16mもあるらしく(奈良の大仏と同じくらい!)、浮いてしまわないよう総重量60tもあるらしい。
この鳥居は8代目で、樹齢500年の木を使って作られているという。江戸時代も文明開化も戦争もバブルも見てきた木ってわけだ。干潮時に歩いて近付いて触ってくるべきだったか。





絵馬。外国人も興味深々。



絵馬の後ろにまたしても丸池が・・・・・お月さまみたい。



なんと、能舞台が!海に浮かぶ能舞台・・・・・贅沢すぎる、粋すぎる。見たい!



出口にて五重塔と。
満月の夜とかに来てみたいものだ。どうにかなってしまいそう。




なんかすごい景色!



七本松って・・・・・どうなってんの?!神様が作ったとか?



松の隣に寺と鹿。鹿のいる風景が当たり前の島。




写真に写っている大半が木で出来ている!日本てすごい。



島に人力車。観光業がんばってます。



どんどん水がひいて鳥居近くまで歩いている人が・・・・・
この感じ、どこかに似てると思いきや、まさにモンサンミッシェルと宮島は姉妹都市らしい。潮の満ちひきという点でも島全体が修道院という点でも似てる。





離れたところから神社の方を見るともうすっかり水はなく人々が歩いてきている。
時間帯で光景が違うからおもしろい。



こんなとこでカヌーしてたら途中で水なくなって打ち上げられるんじゃ・・・・・



浜辺に鹿、初めての光景。海と鹿ってここでしか見られないかも・・・・・



かわいい夏発見♪子供の頃の夏休みといえばポンキッキとか見てたこと思い出す。



どこにでも鹿。



すいかが夏を感じさせてくれる。



広島といえばもみじまんじゅう。(作家さん夫婦に大量にもらった!)
これが生まれる前はもみじが有名だったのだろうか。





在庫処分セール。ヘルメットに付けて真田幸村ごっこができる。



ちらちら見えてた五重塔のふもとへ。暑くて人がいない・・・・・



海が見えてなんとも素敵な夏の風景。



京都の八坂の塔みたい。けど人がいない。暑くて誰も歩いてない。



町屋通りというところ。



昔ながらの街並み。島とか海の近くってこういう街並みが残っているから好き。
(観光客はあまり通らないのか誰もいない)





山があったので登ってみたら鹿しかいない・・・・・



邪魔すんなよと目で脅される。



素敵!




街のほうの景色はまぁ普通だったけど・・・・・ここで一休みして観光案内を見ようと一旦フェリー乗り場へ戻ったら最後、暑すぎてもう歩く気になれず、後ろ髪ひかれながらもフェリーで引き返してしまった。暑くない時にまた行こう。



そうそう、忘れちゃいけない揚げもみじ、初体験。本当、意外にもいける。
あんこ合うんだ・・・・・お土産に買った生もみじもやっぱり美味しかった。




とっても満喫した広島だった!
素敵な御縁にも恵まれたし、パワーももらった。全てに感謝、感激。
また行きたい!!!

妖怪楽園

お盆に行ったGeGeGe水木しげるの妖怪楽園です。@天保山
(恥ずかしながら天保山が日本一低い山の名前ということ知らなかった)




となりに妖怪食堂が設けられている。夏休みでマーケットプレースがめちゃくちゃ混んでいたのでありがたい。



おやじカレー。疲れ、とれなそう。
友人の子には辛くてあまり食べられなかった。



私鬼太郎のちゃんちゃんこオムライス。おやじとクオリティ違いすぎ。
ほかにも色々気になるメニューがあった。



さ、腹ごしらえの後は・・・・・見えないものを、見るぞ!最初に真っ暗な「気配の部屋」へ導かれる。子供たちびびりすぎて大人たち大丈夫大丈夫って慰めて結局あまりよく聞こえないという・・・・・人の気配だらけ!あ~夏休み!(お決まりの)



妖怪紹介。影に惹かれた。演出ナイス。



影だけ見たほうがよっぽど怖い・・・・・案外そんなもんなのかも、何事も。



ゆるキャラ的癒し系妖怪。赤ちゃんではなく、村長。



ちゃんと怖そうな妖怪もいる。



妖怪図鑑。



妖怪MAPで日本各地の妖怪を知ろう。
子供の頃はこういうの見て自分の地域の妖怪が怖くなさそうだったら安心してたものだ。




北海道のコロポックルはよく聞くぞ?!!!初めて見た!



座敷童。
いたら裕福になっていなくなったら不幸になるって、最初からいないほうがいい。




なんかテキトー!雑すぎて一番怖いかも。



疫病神、見たら逃げよう。



文化祭のような紙で作られた森。
部屋に入ると天井が低く、穴から顔を出して妖怪の森を眺めるというつくり。
幻想的で良い空間だった。



子供たちは頭を出すのが怖いらしく、毎回「あっちの穴先に見てきて!」って純粋すぎる・・・・・かわいいなぁ。



ここ、上下鏡張りで万華鏡みたいだった。どこ見ても妖怪!ただ、下のぞくとパンツが!!!



ちゃんと怖いやつらもいた。



面白いのは海外の妖怪たち。中学生の落書き実写化しちゃったみたいでどっかマヌケ。(ちなみに一枚目はカナダらしい)



最後ドッキリが・・・こどもたち泣きそうになり、でも楽しかったって♪



墓場の鬼太郎の由来は、生まれる前に母親が亡くなってしまい、墓場に眠る母親のお腹から鬼太郎が這いつくばって出てきたことかららしい。目玉の親父は実の父親が死んだ後も鬼太郎が心配で目玉として生き残ったらしい。



一反もめんDE撮影会。ベンチみたいになってる。



セルフ撮影スポットも用意されてる!



もろカメラ構えてる姿写ってしまうからファインダー覗けないし、スマホでも難しい。



暑い中海遊館の前ではマジックのパフォーマンスで大いに盛り上がっていた。
子供たち大喜び。純粋に感動してる子供たちに感動。自分もこんな時期があったのだろうか・・・・・
最後に出たところで出会ったくまのカフェ。かわいい、と思ったら・・・・・



奥にもいる!!!ted?シュールだった。



この後友人と別れ「終戦のエンペラー」観に行くも、疲れすぎて爆睡、見たのはラスト15分のみ・・・・・子供のパワーってすごい!お母さんって大変!世の全てのお母さんを尊敬・・・・・いつかのために体力つけとかなきゃ。

広島②~平和記念資料館編~

まだなんだかお盆のふわふわ感が抜けない。
24時間テレビとともに夏が終わる。充分楽しんだ、だけど、やっぱり寂しい。

原爆ドームも初めてだった(と思う、記憶ない)。




1945年8月6日、ここにいた人は全員死んだ。
建物が残っていることで当時を思い、弔うことができる。
これ以外の半径2km以内の人々はほとんど亡くなったという。
人々が今、普通に生活している場所でも、働いている場所でも、勉強してる場所でも、買い物してる場所でも、笑ってる場所でも亡くなった人がいる。建物が残っていないから、思い出さないですむだけ。





ドーム部分の真下。中はからっぽ。原爆ドームは原爆の爆発地点のほぼ真下だった為風圧を上から受けたので建物自体が飛ばされず残ったらしい。



一帯が焼け野が原になり人々は川へ避難したとか・・・想像できない。


この後ろに平和記念資料館がある。原爆ドームがちょうど見えるようにつくられている。



被爆して10年後に白血病で亡くなった少女の死をきっかけに原爆で亡くなった子供たちの為につくられた像。被爆後元気でも、10年後とか忘れたころに発症したり、被爆した人が元気でも産まれてきた子供たちが障害をもっていたりするところが怖い。当時生き残った被爆者たちは、いつ自分も発症するかもしれないと死ぬまで、いや死んでも(子供たちの事を思うと)安心できなかったと思う。



今でも日本中から千羽鶴が送られているらしい。これは大阪の学校からのものだった。子供たちが、ちゃんと想って、そしてその気持ちを忘れないでほしい。

像の下(向こう側)に見えるのが平和記念資料館。



ドームがもうこんなに小さい。



平和記念資料館。戦争と向き合う8月。



当時の写真。原爆投下の際、目視にて狙われた三角州とT字路。
なぜここだったのだろう。候補地はいくつかあり、東京や京都もあったけれど広島には外国人捕虜収容所が無い、また、空襲の被害を受けていない為原爆の効果がわかりやすいという理由から選ばれたらしい。たち悪すぎる。



ビフォー。



アフター。左下に原爆ドームが残っている。



1945年8月15日、終戦を告げる新聞。



想像してみるも、とても想像できない。
皮膚が溶けて垂れながら歩く人々の人形とか、亡くなった人々の身に着けていた遺品が展示されていて辛すぎる。戦争って人がたくさん死なないと終わることできなかったのかな。文明が発達しすぎてしまったのか。考えさせられる。




赤丸が爆発地点。光ったと思ったら死んでいた、みたいな一瞬。地面の温度は3千度とも言われている。とても生きれない。もしかすると、生き残った人々の方がよっぽど苦しんだのかもしれない。



もやもやした気持ちのまま資料館を後にするも、祈るしかできない・・・・・



世界が平和でありますように。
そのために、戦争の事を忘れてしまってはならない。
そして生きている事のありがたみを全ての人が気付けるように。