1月の終わりに、冬の深さに身を委ねて
1月も終盤に差し掛かり、カレンダーの最初の一枚が残り少なくなってきました。新しい年が始まった時の、あのピンと張り詰めた空気は少しずつ和らぎ、今はただ、冬の深さの中に静かに沈み込んでいるような心地がします。夕暮れ時、ふとした瞬間に空を見上げると、12月の頃よりもわずかに日が長くなっていることに気づきます。ほんの数分、光が留まる時間が延びただけなのに、それだけで春への伏線がもう始まっているのだと、小さく勇気づけられる思いです。凪(なぎ)のような日常の中でお正月特有の華やぎが去ったあとの1月は、どこか「凪」に似ています。 世の中のスピードが再び上がり始め、周囲が「今年の目標」や「新しい習慣」へと向かっていく中で、私はあえて、その流れに逆らわずにゆっくりと歩くことを選んでいます。何かを新しく始めることと同じくらい、今の自分に馴染んでいるものを丁寧に扱い続けることが、とても大切に思えるようになりました。 お気に入りの重いコートを羽織る瞬間の安心感。 冷え切った指先を温めてくれる、いつものハーブティー。 朝、窓を開けた時に肺の奥まで届く、凍てつくような潔い空気。特別なことは何も起きていないけれど、こうした断片的な心地よさを拾い集めるだけで、一日は十分に満たされていく気がします。「何もしない」というメンテナンス今月、意識していたのは「余白を埋めないこと」です。寒さで体が縮こまりやすいこの時期は、心まで凝り固まってしまわないよう、意識的に何もしない時間を作るようにしました。スマートフォンの通知をオフにして、部屋の明かりを少し落とす。ただぼんやりと、加湿器から立ち上る白い煙を眺めていると、頭の中に溜まっていた「やらなければならないこと」の澱が、ゆっくりと沈殿していくのがわかります。無理に前向きな言葉を探す必要も、自分を鼓舞する必要もありません。今はただ、冬眠する動物たちのように、春に向けてエネルギーを内側に蓄えておく時期。そう自分に許可を出すだけで、呼吸はうんと深くなります。季節を繋ぐひと呼吸「一月往ぬる(いちがついぬる)」という言葉通り、あっという間に過ぎ去ろうとしているこの一ヶ月。けれど、その日々の中に置いた自分の足跡は、確かに今の私を形作っています。慌ただしい年度末が来る前に。 本格的な春が、新しい変化を連れてくる前に。今は、この冷たくて静かな季節を、もう少しだけ慈しんでいたいと思います。今夜もまた、温かいスープで体の中から解きほぐし、深い眠りへと自分を送り出すつもりです。1月の終わり。 冷たい風の向こう側に、かすかな光の兆しを感じながら。にほんブログ村