軽くないよ
このところ、続けて自殺のニュースがありました。
個人的に、腹立つ事柄ワースト5の中に【自殺】があります。
言葉を選ばずに言えば、
「甘ったれるな!」
…と、言いたいくらい腹立ちます。
確かに、本人は死ねば何も分からなくなるし、この世から消えると同時に悩みも消えるから楽でしょうね。
全部周りのせい、みたいな半ばあてこすりの形で、自分は悲劇の主人公か何かみたいな気分に酔いしれながら
問題を途中で全部放り出して、【いち抜けた】ができるのだものね。
どこかで聞いたような綺麗事を自分の意見のようにして、
「自殺する人にはそれなりに苦しいことがあるから…」
と、自殺を肯定するようなことを言う人がいるけれど、私の目にそれは自殺ほう助にしか見えない。
母親が、一体どんな思いで産んだと思っているのだ!?
両親が、一体どんな思いで育てたと思っているのだ!?
中にはお産で死ぬ人だっているし、命と引き換えなのを承知で産む人だっているのに。
昼も夜もなく働いたり、下げたくもない頭下げたり、自分のことを後回しにして、少しでも良いものを与えようと一生懸命、様々な形で愛情を注いでくれたのに。
生きている間には挫折したり、予測できない不幸に見舞われたりするものだと思うのです。
一見、成功している人だって、普通では考えられないくらい酷い目に遭っていたりします。
誰にだってあることなんです。
私が昔、この世で一番大事だと思った人は、二十歳で事業に失敗して1000万の借金を作りました。幾年か前には火事で家を失いました。
また、私が一番大事な友人だと思っている人は、今、難病と闘ってます。
自殺の理由にできるくらい重い十字架を背負わされていますが、でも、生きています。
多分、知っているからだと思います。自分一人で生きている訳ではないということを。
自分が護られていること、また、自分に護るものがあることを十分承知しているからだと思います。
私の同い年のいとこは、3年前に自ら命を絶ちました。
夫と二人の子供を置き去りにしてこの世を去りました。
彼女の変わり果てた姿を一番最初に発見したのは、まだ小学2年生の娘だったそうです。
彼女が斎場の窯に入れられようとするのを、伯母は取りすがるようにして泣き崩れていました。
母親を失った悲しみと現実に触れる恐怖で、彼女の骨を拾うのを泣いて嫌がった彼女の娘の姿を、私はたぶん一生忘れることはないでしょう。
中でも、小さな箱に納まってしまったいとこを墓場へ送る伯母の背中は今も私の脳裏に焼き付いて消えません。
死ぬということは、特に自ら命を絶つということは、これだけ大きな傷を人の心に残すのです。
しかも、ずっと味方でいてくれて、無償の愛情を注いでくれる、一番大事な人たちの心に、一生消えない傷を与えることになるのです。
私は自分から命を断とうなどと考える人間が大嫌いです。
「甘ったれるな!」
何度でも言いましょう。
自分を愛してくれている人の心に、一生消えない深い傷を負わせる権利など誰にもない。
命って、そんなに軽くないんです。
なんで分からないのかなぁ…。
本当に、腹立ちます。
個人的に、腹立つ事柄ワースト5の中に【自殺】があります。
言葉を選ばずに言えば、
「甘ったれるな!」
…と、言いたいくらい腹立ちます。
確かに、本人は死ねば何も分からなくなるし、この世から消えると同時に悩みも消えるから楽でしょうね。
全部周りのせい、みたいな半ばあてこすりの形で、自分は悲劇の主人公か何かみたいな気分に酔いしれながら
問題を途中で全部放り出して、【いち抜けた】ができるのだものね。
どこかで聞いたような綺麗事を自分の意見のようにして、
「自殺する人にはそれなりに苦しいことがあるから…」
と、自殺を肯定するようなことを言う人がいるけれど、私の目にそれは自殺ほう助にしか見えない。
母親が、一体どんな思いで産んだと思っているのだ!?
両親が、一体どんな思いで育てたと思っているのだ!?
中にはお産で死ぬ人だっているし、命と引き換えなのを承知で産む人だっているのに。
昼も夜もなく働いたり、下げたくもない頭下げたり、自分のことを後回しにして、少しでも良いものを与えようと一生懸命、様々な形で愛情を注いでくれたのに。
生きている間には挫折したり、予測できない不幸に見舞われたりするものだと思うのです。
一見、成功している人だって、普通では考えられないくらい酷い目に遭っていたりします。
誰にだってあることなんです。
私が昔、この世で一番大事だと思った人は、二十歳で事業に失敗して1000万の借金を作りました。幾年か前には火事で家を失いました。
また、私が一番大事な友人だと思っている人は、今、難病と闘ってます。
自殺の理由にできるくらい重い十字架を背負わされていますが、でも、生きています。
多分、知っているからだと思います。自分一人で生きている訳ではないということを。
自分が護られていること、また、自分に護るものがあることを十分承知しているからだと思います。
私の同い年のいとこは、3年前に自ら命を絶ちました。
夫と二人の子供を置き去りにしてこの世を去りました。
彼女の変わり果てた姿を一番最初に発見したのは、まだ小学2年生の娘だったそうです。
彼女が斎場の窯に入れられようとするのを、伯母は取りすがるようにして泣き崩れていました。
母親を失った悲しみと現実に触れる恐怖で、彼女の骨を拾うのを泣いて嫌がった彼女の娘の姿を、私はたぶん一生忘れることはないでしょう。
中でも、小さな箱に納まってしまったいとこを墓場へ送る伯母の背中は今も私の脳裏に焼き付いて消えません。
死ぬということは、特に自ら命を絶つということは、これだけ大きな傷を人の心に残すのです。
しかも、ずっと味方でいてくれて、無償の愛情を注いでくれる、一番大事な人たちの心に、一生消えない傷を与えることになるのです。
私は自分から命を断とうなどと考える人間が大嫌いです。
「甘ったれるな!」
何度でも言いましょう。
自分を愛してくれている人の心に、一生消えない深い傷を負わせる権利など誰にもない。
命って、そんなに軽くないんです。
なんで分からないのかなぁ…。
本当に、腹立ちます。
第二の故郷
これが、私にとっての第二の故郷です。
滞在していたのは1年弱と、あまり長い間ではありませんが、
ここでの生活は本当に楽しいものでした。
渡英初日の朝は今でも覚えています。
見たことのない天井が視界にあって、起き上がると見慣れない部屋に自分がいて、しみじみと、ああ…来ちゃったんだなぁ、となんだか寂しく思ったものでした。
紙の上で習っただけの英語が、生活の至る所に溢れていて、見る物聞く物全てが、ちんぷんかんぷんで、初めの頃はちょっと途方にくれたりしました

それでもなんとかやっていけたのは、先生たちはもちろん、そこで出会った友人、ホストファミリー、関わった全ての人たちのお陰です。
完全に孤独な状態だったら、とてもできないことだったはずです。
人との関わりの中には、いいこともあれば悪いこともありました。でも、悪いことと思う中には必ず何かしらの気づきがあるんです。それは、自分の未熟なところだったり、直さなければならない悪い癖だったり、できれば目を逸らしておきたい部分と向き合うために用意された、実はありがたい機会だったんだなと思います。
小中高、専門学校、初めての会社勤めと、それまでの私は常に護られた状態で、いわゆる優等生的な、あまり深刻な挫折を知らずに、小さな世界で生きていました。
今思えば、自分の意志で決め、自力で何かをやった初めてがこれでした。
この経験は、私を少しだけ強くしたと思います。
知り合いのいない、言葉の通じない所へたった一人で行ってもなんとかやってこれた。だから、私はまだやれる。まだ頑張れると思うことができるんです。
私がこの地に求めているものは、あの頃の、少しだけ強くなれた自分に勇気をもらうことなんだと思います。過去の自分に、少しだけ背中を押してもらって、もう一度前を向くために。
それと、決して自分一人で全て成している訳ではないということを今一度肝に銘じるために。
あの頃の自分が今の私の背中を押すように、今の自分が未来の自分の背中を押すことができるように、頑張っていこう。


