昨日は、転職を決意したところまで書きました。
今日は転職先が決まってからの話です。
【同居と安定?】
転職については「決意した。」と書きましたが
そこまでに至る過程で何となく次の就職先をネットで探したりはしてました。
まず条件となるのが、当たり前ですが中途採用をしている所。
さらに再就職の確率を上げる意味で、前職が製造業だったので同じく製造業。
交代勤務が妻へのストレスとなってしまっていたので平常勤務なところ。
収入は多いにこしたことはありませんが、再就職では一番優先度を下げました。
なかなか自分では見つけることが出来ずにいたところ
妻の姉の旦那、義理の兄の父が実は高校の校長をなされた方だったのですが
再就職の相談の場をセッティングしてもらって、ハローワークの副所長さんとコネがあり
地元で有力な企業を紹介していただくことが出来ました。
なんとか滑り出し良好の中、再就職後の生活がスタートします。
交代勤務→平常勤務ということで、手取りは半分まではいきませんが減りました。
今までのようにアパートを借りて暮らせるとは到底思えず
私も含め、妻の実家にお世話になることになりました。いわゆるマスオさんです。
ようやく家族が揃って同居できることになり
妻の病状もだいぶ落ち着いていたように思います。
それでも時にはまたメールで呼び戻されるようなこともありましたが。。。
でも全体的な印象として妻の病状はいい方へ向かいながら安定していたと思います。
私も今までとは違って仕事が定時で終了する事が多く
これまで以上に家族と触れ合う時間が多くなりました。
妻の病気について考える時間も多くなりました。
今も変わることはありませんが、妻の場合「寂しい」という感情が
発作的な衝動のキッカケになっていると気づきます。
妻の生まれ育った環境に住むことで、自然と妻の生い立ちが見え始めます。
それまであまり聞くことの無かった妻の幼少時代。
「小さい頃、いつも寂しいと思ってなかった?」
そう聞くと
「いつもお母さんが帰ってくる車を、流れるヘッドライト中から探してた。」
「休みの日はいつもお父さんはパチンコ、お母さんは旅行でいない時が多かった。」など
やっぱり幼い頃に寂しい思いをしていたようだった。
「寂しいって伝えたことある?」
「ない。たぶん我慢しなきゃいけないもんだと思ってた。」
「期待をすれば裏切られる。」
「裏切られるのがわかるから、はじめから期待なんかしない。」
妻の話す言葉は私にとってはショッキングだったというか
そんなに寂しい幼少時代を過ごしていたのかと思ったら、胸が痛んだ。
と同時に、妻を育てた両親に腹がたった。共働きで大変な状況なのはわかる。
金があるか、ないか、そういう問題ではない。
モノよりも思い出が子供にとってどれだけの宝になるか。
子供は親を選ぶことが出来ない。
世の中に本当の両親は世界中いくら探したって、2人しかいない。
そんな環境が妻を大人にした。
自己肯定感がない。自信が持てない。生きる意欲が乏しい。
育つ環境はその人の人生にとても大きな影響を与える。
親にはその大部分を担う大きな責任がある。
全ての原因がそこにあるとは言わない。
発症の原因は私が妻へ与えたストレスだったとも思う。
ただ人間としての骨格は、大人になってから簡単に矯正できるものではない。
これが妻の両親と共に暮らして、初めてわかった妻の心の傷でした。
今でもこの心の傷や、心に刺さったトゲを取り除けるかはわかりません。
でも、この傷を癒すことができたら何か変わるような気がしてるんです。
次回は【目標の共有】について書きます。