No ride,No 【life】. @FukadakeBase -71ページ目

No ride,No 【life】. @FukadakeBase

基本的にはバイク好きのネタですが
一見、道楽者に見えていながら
妻の精神的疾患を支える難しさなんかも書いています。

いろんな角度から見える「命・人生」がテーマです。

なぜリッターSSなのか?


それは各メーカーの「走る」ということに対する


技術の集大成であると思っているから。


なぜ走るか?


結婚して家族を持つとどうしても自分だけの時間というものが


持ちにくくなるもんで、私の場合それは休日の早朝に設定している。


夜明け前から起き出して


日の出を見ながら走り出す。


朝の静けさは、まるで日常のあらゆる柵から


解放されたかのような心地よさをもたらす。


限られた時間の中で、より速く、より遠くまで。


人によってバイクの好みも違うと思うが


20代も後半にして再び熱を帯びた私のバイクへの思いは


紛れもなくバイクでスポーツすることに向かっていた。


リッターSSに乗れば誰でも速くなれるというものではない。


そこにはどこまでもストイックなプロセスが存在する。


尽きることのないライディングに対する向上心。


そういうものを大事にもって乗りたいから


下手くそでもいっちょまえに走れる日を夢見て


リッターSSを、YZF-R1を選択した。


憧れとそれを手にする難しさ、乗りこなすのはもっと難しい。


難しいから楽しい。


それが醍醐味ってもんだと信じてます。



No ride,No 【life】.

昨日は仕事終わってから岩手の実家に帰省して


親父と弟と飲みに出てしまって更新できませんでした。


さて、目標の共有によってものすごく充実しつつ


気力にあふれた期間を過ごせましたが


今回はその後妻の仕事の期間が終了してしまってからの話です。


【退職と悪化】


妻の就職が県の委託事業であったことは以前に書きましたが


実は3年間の期限付きの事業でした。


ですので、今年の3月いっぱいで期間が終了し


また無職に戻ってしまいました。


これまではまず嫌なときもあったでしょうが


職場へ行けば気の合う仲間もできていたので


それ自体がいくらかの心の支えになっていたんだと思います。


それが無くなってしまいました。


3年間という期限が付いていたことは初めから分かっていたことで


ある程度は予測できていたことではあります。


しかし、特に趣味を持たない妻が毎日を家で一人過ごすのは


やっぱり「寂しい」ものであり、その「寂しい」という感情が


また病状を悪化させる方向へと導いたのです。


それは突然のことでした。


妻からメールで


「誰もいないはずの家の中に何かいる。」


「ひそひそと相談しながら何か企んでいる。」


「男の人が私を呼ぶ。」


など、現実には信じがたい内容が綴られていました。


私は初め、何か霊的なものなのではないか?などと思いました。


仕事を中退して家に戻ると怯えている妻がいます。


でも私が戻ることで妻が怯える現象はなくなります。


聞こえていたものが妻だけのものなのかどうかすらわからない状況でした。


しばらくは様子をみていましたが、あまりに頻繁に起きるので


定期の精神科の受診へ付いていくことにしました。


状況を妻が説明し、足りないところは私が補足。


診察の結果、「統合失調症」と診断されました。


統合失調症ってなんだ?


私自身も知りませんでした。


ネット、パンフレット、いろんなもので調べました。


そこで分かったのは精神分裂症が病名によるイメージダウンの懸念から


病名を変更した病気であることが分かりました。


幻聴・幻覚、時分の悪口を言われているような感覚、じろじろ見られているような感覚。


そういったものが出てくる急性期にあたる状態だとわかりました。


幻覚・幻聴などは陽性症状と呼ばれます。


今までなかったものが出てくるという意味で陽性なんだそうです。


それとは別に陰性症状というものもあります。


逆に今まで出来ていたことが出来なくなることです。


しかし、薬を飲むことで幻聴・幻覚はなくなりました。


薬が効いてよくなっていくものと思っていました。


医者の治療は投薬による治療がメインです。


妻の場合、何種類か薬を一週間試して


副作用が出ないか、確認をしながら薬の選定をしました。


副作用のあるものは妻曰く、手足に虫が走り回るような感覚があるそうです。


幻覚・幻聴は聞こえなくなるのは効果としていいのですが


私の個人的見解は異常に高ぶった感覚が小さな物音までを感知して


心の闇と溶け合ったときに幻聴や幻覚になるんだと思っています。


薬は恐らく、この高ぶった感覚を鈍化させる効果を持っているんだと思っています。


いわゆるダウナーだと思うのです。


妻もこの薬を飲んでから、日に日にだるそうな感じになっているのがよく分かります。


これまで精神科で処方されていたのは逆にアッパーです。


どちらが妻に必要なのかはわかりませんが、少なくともダウナーで鈍化させるだけでは


根本的な治療とは言えないのではないか?そんな思いを強く持つようになりました。


この思いを強く持ってからの話を次回書きましょう。


次回は【来所相談】について書きます。

昨日は妻の両親との同居から見えた、妻の生い立ちと心の傷についてでした。


【目標の共有】


妻の心の傷には気付いたものの


私が妻に何かしてあげられることはあるのか?


色々と考えてはいましたが、側にいて支えになる事が一番だと思いました。


秋田に越してから、病状も落ち着き薬を飲まなくていい期間が何年かありました。


そんな時、次女を授かります。


正直な所、また子育てのストレスがかかるし


産ませるのは大丈夫だろうか?と不安もありました。


切迫早産で予定日より約1ヶ月早く生まれた次女でしたが


母子ともに健康で、ほっと胸をなでおろしました。


次女は6ヶ月頃から保育園に預けることにしました。


小さい子を預けるのには少し抵抗がありましたが


妻のストレスを考えると最良の策だったと思います。

※色んな人に育てられると子供ってたくましくなるもんですね。


保育園に預けたのを機に、妻も就職を考えます。


長女を出産してから仕事をしたことのない妻でしたが


県の委託事業で運良く受かり、負担の大きくない仕事に就くことができました。


仕事をすると自然と交友関係が出来たようで


たまには飲みに行ったり、普通に楽しそうに過ごしていました。


そんな状況だったのが後押ししたのか、結婚式を挙げようと決めました。


学生結婚であったため、式をあげてませんでしたが


一生に一回の思い出にやっぱり挙げておきたいと思いました。


普通の方々の結婚式とは違って、入籍してから7年経っての式です。


長女はもうすぐ6歳になろうとしている時だったので


リングガールをやってもらいました。


この結婚式に向けた準備の時期が妻と目標を共有して


一生懸命準備したり、イキイキとした時間だったのではないかと思います。


やっぱり夫婦でひとつくらい同じ目標をもって生活するといいのかもしれません。


この時期妻はドレスのために10㌔位のダイエットに成功しています。


病気の影もどこに行ったのか?と思うほど精力的でした。



と、これまでのことを書きながら、改めて振り返ると


その時に何が足りなかったか?何が良かったのか?とか


その時々では見えなかったものが見えてくるもんなんですね。


また何か共通の目標をもとうかななんて考えています。



次回は【退職と悪化】について書きます。