『帰国者レポート⑧』
3/30(月)
空港ロビーのベンチの上で朝を迎える。
8時45分。
飛行機到着からまもなく18時間。
PCR検査から16時間。
結果は一向に出る様子はない。
11時間のフライトでも全然眠れなかったので
疲労が最高潮に達していたが、
冷え込む空港ロビーの硬く冷たいベンチの上で、見知らぬ20数名と共に濃厚接触を疑いながらぐっすり眠れるはずもなく。
ほぼ丸2日、寝ていない。
喉も乾燥して変だし、
頭も痛いし寒いし身体も凝ってるし。
これは疲労なのかコロナ感染なのかもう分からない。
ダルマのようにダウンジャケットを羽織り、
うずくまりながらただただ時間が過ぎるのを待っていた。
肉体的にも精神的にももう限界を迎えていた。
検査結果が実家に連絡入る様子もなく。
ネットを見ていると24時間超えても
まだ結果待ちの人がいたり、
ネットには
『(ご自分の乗っていた便の)
次のフランクフルト便から陽性患者が出たため、(自分らの検査結果が)足留め中』
というツイートがあったりして、
衝撃が走る。
そんなん見てしまったらもう、
眠りたくても眠れない。
(※慌てて調べたらフランクフルト-羽田便は同日3便出ており、恐らくこの時点では早朝に到着した便から陽性が出たのでは?と思われる。私の単なる予想だが。ちなみに私は夕方着便。)
とにかくネットを見ても、全てが心臓に悪すぎて神経蝕まれる。
自分らの結果が出る兆しもなく、周りの人達が結果を告げられてる様子もないが、
ネットを見ていると
『成田、羽田の検疫で感染確認』
のニュースがトップでどんどん流れており、
人数がどんどん更新されている。
※ネットニュースより引用※
その記事を、現場の羽田のわけわからんロビーで雑魚寝しながら読むという異常事態。
どう考えても感染しないわけない状況に身を置いてる自分。
あれは今思い出してもおかしくなりそう。
精神的にキツすぎる。
ロビーのモニターもネットニュースもコロナばっかり。
スペインは労働停止となった。
ドイツはまた感染者数を更新された。
う”うううう…気が滅入るわぁ…
と思っていたら9時52分、速報が入る。
志村けんさん、コロナ陽性で死去。
思わず、
ええええええーーー!!!
っと声を上げそうになった。
この状況、コロナが他人事には思えなくて…。
これはさすがに、あまりにもショック。
あの昔から親しんだ志村けんが…😱😱😱
亡くなるわけないと思っていた人が、
いとも簡単に…😱😱😱😱
コロナって、陽性だったら、
こんなにも簡単にこうなってしまうの…???? 羽田空港のロビーの上で知ったこの訃報が、精神的に更なる追い討ちをかけた。
検疫官は朝から出たり入ったりを繰り返していた。
その度にドキドキした。
近付いてこられると、心臓が止まりそうだった。
陽性だった場合、あなた陽性ですよ、入院してください、とその場で告げられたりするんだろうか?
システムが分からなさすぎて、怖かった。
そんなことを思っていたら、
おにぎり2つと温かいお茶を差し入れしてくれた。
差し入れしてもらうたびに、
申し訳ない気持ちになる。
でも、起き上がってありがとうございます、とお礼を言う気力さえなかった。
ダウンジャケットのフードをかぶって全身毛布にくるまったまま、ありがとうございますと言うのが精一杯だった。
私達が外に出ないように24時間、
検疫官が私達を監視していた。
昨日何時間も検疫所にいた係員たちが
今日も見回っていて、
本当にこの方々の体力、体調も心配😓
やがて書類とバインダーを持って検疫官がやってきた。ついに結果が出たか?と思った。
が、違った。
前日にやみくもにこのロビーに押し込められたので、検疫官もだれがどうロビーにいるか把握してなかったらしい。
今更ながら、名前と乗ってきた便名をここに書いてくれ、と言われた。
それが昼過ぎぐらい。
そろそろ結果出ますかねぇ?と聞いたら、まだ全然無理だと思います、
と言われた。
14時半頃、
やっとベンチの上でウトウトしていたら、突然全員が集合かけられて、私の周りに集まってきた。
半分眠気まなこで途中まで寝ていたので、パッと目が覚めたら人だかりが出来ていてビックリした。
私の目の前で検疫官が何やら説明していた。
私は申し訳ない、起き上がれず、寝たままで、
顔も隠したまま、ダウンジャケットにくるまりながら話を聞いた。
まもなく検査から24時間経つが、
本日の結果発表もほぼ絶望的だ、とのこと。
ここで待っていてもますます体力消耗するので、
成田の東横インを抑えました、とのこと。これから希望者の方はバスで2時間かけて成田に行きます、行く方は今すぐ荷物をまとめて下さい、とのことだった。
寝起きで頭も痛く、フラフラして
かなり体力の限界だったので、
集団で2時間バス移動???
よしてくれー😭😭😭💦💦💦
絶対無理!!!と思った。
昨日の夜の成田の移動も断ったのに😓
みんな荷物をまとめて移動しようとしていたが、
身体が辛すぎて、いっそのことここに残ろうかなと思った。
だが、このスペースにこの後他の便の人達が来て待機する可能性がある、とのことだった。
その新しくやってきた人の中に万が一陽性患者がいたら??
(夜を共にした人の中に既にいる可能性もあるけど💦)
と思うと、なるべく新規の接触は避けたい。
濃厚接触は濃厚接触でも、同じ飛行機のメンバーで最小限に留めたい💦💦
それならまだ諦めが付く。。。
というわけで、飛行機到着から実に24時間後、ここにいる20数名と、結局私もバスで成田へ向かうことにしたのである。
↑24時間後、やっと日本国に入国💦💦
(預け荷物はバゲッジクレームに行けないので昨夜のうちにANAのグラホのスタッフさん達が全員分まとめて運んで下さった。)
昨夜はバスなんて空気悪すぎるし
狭いし、バスツアーでクラスター発生してる例もあるし、
と、身体が拒否をして諦めた。
なのに翌日は、それを選択せざるを得ない自分がいる。
どっちで感染するかなんて分からないし、
どっちも同じぐらい危険だし。
周りにも相談するけれど、
結局最終的に決断するのは自分なんだよな😓
もう自分の直感を信じるしかない。
あとは祈るのみ。
そんな心境で、羽田を後にした。
※24時間ぶりにようやく入国出来たけれども、
フランクフルト空港に比べて羽田は人も多いし、カフェも普通に営業中。
ちょっと怖いなと思った。
ヨーロッパから来ると、日本がわりと日常通りなのがすんごく怖かったです。
続く。
『帰国者レポート⑦』
3/29(日)
で、結局この日はどうしたかっていうと、
なんと空港のロビーでまさかの雑魚寝😓
ここで一夜を過ごす。
(でも結果出なーい😂😂)
しかもPCR検査を受けた自分も含め、
結果の分からない20人数名と同じ空間に😓😓
羽田空港に着いたのが15時15分。
PCR検査を受けたのが16時50分頃。
検疫通り過ぎたのが19時40分。
その後、入国審査前の地べたに座って待機。
結局、空港の会議室が空かず、
最終的に案内されたのはココ。
搭乗ゲートのロビー。
ここに到着したのも23時過ぎ。
(でも会議室より良かったと思ってる。広々してて、他人と距離保てるし。)
ホテル?そんなもん、キャンセルです。
状態抜きで
トムハンクス主演の『ターミナル』
なんだけど!!!!
トムハンクスもロビーで寝てたけど、
私もまさかこんな有事にこれやるとは😭😭
(若い頃はシンガポールやアムステルダム、ロンドンの空港などで寝泊りしたことあるが…今は世の中にはコロナなんですが😭😭😭嫌だよー💦)
そしてこの日は東京は雪の散らつく寒い日。
だけど自販機には『あったかーい』飲み物はゼロ。
機内降りてから、食事も飲み物もこの時間までゼロです。
雪が降るからと聞いて念のため、
冬のダウンコートを持っていたので
命拾いしたようなもの。
春用のコートだけだとコロナの前に凍死してたかもね。
それから、いつ食事にありつけるか分からないから、と、
念のためドイツの家からひじきおにぎりを冷凍して冷凍パック&保冷剤で持ってきていたのと、機内で出たパンやミネラルウォーターを飲み食いせずにカバンに忍ばせておいたおかげで、
なんとか命を繋ぐことが出来た。

食料と水分の確保、あと体温調節は本当に大切。
24時過ぎ、検疫官とANAのグランドホステスのスタッフからブランケットの提供があり、
深夜1時すぎてから、若い検疫官の方々から、一人ずつにコンビニの小さな袋に入ったお茶とサンドイッチ、おにぎりの提供があった。
サンドイッチはまだホヤホヤに柔らかく、
お茶は温かかった。
その温かさに涙が出た。
今慌てて買ってきていただいたのだろう。
遅くなってしまい申し訳ございません、と言いながら、一人一人に回って渡していた。
こちらこそ申し訳ありません、ですよ😓
検疫官も空港スタッフも本当に大変だなぁ。
あなたたちも休んで下さいね…。
だって昼からずっと何千人を相手に検疫してる人達ですよ?
私達は疲れてグッタリ寝てるけど、こんな夜中まで働いてくれるなんて。
本当に現場は想像以上に過酷。
それに、もうこれ以上渡航なんて本当はしない方がいいのに、文句も言わずに私達に尽くしてくれる。
それにも涙が出そうだった。
海外には、外国旅行中に国境封鎖されてまだ祖国に帰れない人達もいる。
でも日本人はどこに住んでてもこうして受け入れてくれるんだ、ハードルは高くても。
感謝しなくてはいけないよね。
そして絶対に無責任な行動でこれ以上感染を広げてはいけないよね、と心に誓った。
私たちを文句一つ言わず、
受け入れて下さる空港職員の皆さん、
本当にありがとうございます。
どうかこれ以上感染拡大しませんように!!
現場で頑張っている職員の皆さんに
どうかどうか被害が及びませんように!!!
…後日。
友人から、この後ろ姿、
あんたじゃない?と言われた。
全国放送で、しかも朝と夕方のワイドショーで2回も私のみすぼらしい姿が放映されたらしい。。。
…やめてくださいよ😂😂💢
ただでさえ長時間のフライト後って
スッピンで体を締め付けないラクな格好で
超超超超ーーーー無防備で誰にも会いたくないのに、
コロナから身を守るための最大の防護&雑魚寝ファッション&寒さしのぎに格好選ばす防寒してる姿が全国ネットって😂😂😂
しかもカバンぐちゃぐちゃに広げて荷物整理して寝床作ってるとこ&ブッサイクなお尻がバッチリ何度も流れててスタジオの羽鳥さんとかが深刻に見てる😭😭😭😭😭
このカバンも完璧に私だよ。。。
友達にもこのカバンでバレた😂
誰だよ写真提供したの…😭😭
井田家の息子には、
これ、オッサンだよね??と言われたらしいし😂😂✨💦💦
ドイツの友達からも、
ごめん、大変なのは分かるけど、ごめんけどみすぼらしすぎて爆笑だわぁーとか言われるし😂😂
もーほんとにやだ💦💦
昔からなぜかテレビカメラに映りやすい体質なんだけど、
何もこんな非常時まで映してくれなくていいでしょーーーー😂😂😂💦💦💦
まだもうちょっと続く💦💦
========追記========
今月末帰国されるという方からちょくちょくメッセージいただいてます。
ありがとうございます。
少しでもお役に立てられたら幸いです!!!
念のため下記情報も追記しておきます!
①先週ぐらいからセントレアまで結果待ちの人もチャーター機で飛べるらしい。
②国指定のホテルで結果待ち制度も出来ますが、ロビー待機も未だにあるようです。
③ロビーは充電スペースは1人1,2個ぐらいあって充実してます。
④羽田のWi-Fiは不自由なく使えます。ただし検査中や検疫の行列中はWi-Fi不安定でなかなか使えませんでした。夜は使えました。
⑤ロビーで結果待ちの方へ。
かなり夜は冷え込みました。特に椅子が硬くて冷たいです。提供されたブランケットを下に敷いて何とか寒さを凌げました。
⑥化粧室はかなり清潔で綺麗です。でもここでの濃厚接触の可能性を避けるため、念のため除菌ペーパーや除菌スプレーなどの持参をお勧めします。私はそのようにしてました。
⑦ゲートロビーで結果待ちの場合、入国審査通過できませんので、バゲッジクレームまで行けません。そのため皆さん、航空会社のスタッフがまとめて皆さんのお荷物を運んでくれました。(私は神経質なので他人に触られて接触感染するのが嫌なので今回は預け荷物無し。洗える布袋を自分で持って歩いてました。現在ホテルで全て洗濯済み)
⑦軽食の提供はありますが、夜も朝も時間はかなり遅いので自分で何か持っていることをお勧めします。記載した通り、ロビーの自販機にあったかーい飲料は無しです。
⑧他人の物を運んであげたり触ったりは避けた方がいいと思います。
他人との距離は開けてください。
お喋りも無しです😂😂
⑨マスク、喉飴、ゴム手袋や手袋、メガネ、消毒液、帽子などを使って肌を出さないようにしてください。
尚、解放されたら洗濯するようにしてください。
とりあえず以上!
必要な人に情報が届きますように。
『帰国者レポート⑥』
3/29(日)
1.羽田空港の検疫通過に4時間
(19時40分ようやく通過)
2.PCR検査の結果が出るまで24時間以上かかる可能性あり。
3.それまで空港の会議室でみんなまとめて待機しなくてはいけないこと
↑以上は前回までのレポートで書いた通り。
しかし、それから更に3時間が経過。
私はまだここ、入国審査(イミグレ)の前にいた。
そう、検疫通り抜けてから
更にこの場所で立ち往生だったのである。
どうやら結果待ちの会議室が
まだ早朝着いた便の人たちに占領されているとかで、
会議室が空くまで行き場がない状態であったらしい。
(しかもいつ空くか誰も分からない。)
なので、ずっとココ。
(写真①〜④)
入国審査の地べた😓
目の前にいるのに、
まさかの日本国に入国出来ないという非常事態にびっくり。
母国に入国拒否されるなんて私初めての経験なんですけど!!!
これじゃトムハンクスの映画『ターミナル』じゃん!!!
飲み食いも出来ず、ここの地べたに座ってあっという間に夜が更けた。
(地べたに座りたくなかったけど疲れの限界!!!😣😣)
周りには30人以上の人たちが疲れ果てうなだれていた。
これ、
このままここにいるのもキツイし、
会議室に連行されるのもキツイ。
しかもケイタイの充電切れそう。
結果待ちや家族に連絡取るのに必要なのに💦💦 せめて、充電する場所を教えてくれ、と頼むも、分からない、と言われる。
そして21時頃。
『もしご希望があれば、これからご希望者の皆さんでバスで成田空港の方まで行き、成田の方には国が指定したホテルがあるので、そこで結果が出るまで待機してもらうことも出来そうです。ただし部屋に空きがあるかは分かりませんし、成田の結果待ちの方とも合流して一緒に行きます。』
と、言われる。
もし、成田行きの希望があればリストに名前を書け!
とのことだった。
究極の選択である。
このまま大勢で羽田空港の会議室に押し込められるか、
陽性かどうか分からない皆とバスで成田まで移動するか。
(羽田〜成田は2時間ほど)
更に成田から乗って来ちゃうし…。
どちらも嫌すぎてどちらも選べない😱
どっち選択しても感染率めちゃんこ高そう!!
でも、出来ればお風呂に入って
ゆっくりベッドで眠りたい。
でもバスで今から2時間。
疲労困憊の身体には無理。
バスツアーでの感染率も高いので、
疲れきった私には危険すぎる。
何より成田に移動中に結果分かったらどうやって羽田のホテルに戻ったらいいのか謎だし。
だいたい成田に行って部屋が無い?とか言われたら露頭に迷うし😓
…ということで、悩みに悩んだ末、
家族にも相談し、
キツイけど羽田に残ろう、と思った。
早く結果が出ることを信じて。
(最初は成田行きのリストに名前を書いてたが。)
しかしながら、
この狭い空間で行き場を失った何十人。(パリ便、ニューヨーク便の人達の数十名も集結。)
小さい子供たちもいる。
極限状態に追い込まれたオジサン、オバサン、お姉さんたちが、
物凄い勢いで検疫官に当たり散らし、
怒鳴り散らしていて、
ただでさえストレスなのに、更に空気が最悪に…😓😓
仕事できないだの、全て後手後手だ、
早くどうにかしろだの、ふざけんなだの、声が聞こえないだの、無秩序だから列を作らせろだの、
行き場のないストレスを検疫官に大声でぶちまけていて、
人間の嫌な面をまざまざと見せつけられた感じ。
究極に追い詰められてどうしようもなくなると人の本性って出るよね。
そして、数名はブチギレながら、
我先にと成田へバスに乗って行ってしまった。
まぁ、ハッキリ言って、
醜い光景。だったわ。
怒りたいのも分かる。
小さいお子さんもいるなら尚更。
というか、これで怒りが湧いてこない方が異常だとは思うんだけど…。
だって立場や状況が違えば、私もあの人達みたいに怒鳴り散らしてたかもしれないし。
身代わりに怒鳴ってくれて私は冷静になってしまっただけかもしれない。
何が正しいかなんて分かんないけど。
でも、
検疫官達は国の指示に従って、ワケも分からぬ不透明な中、物凄くやってくれていた。
そこに怒りをぶつけるのは違うと思った。
彼らのせいじゃないのに、
彼らは
怒鳴り散らす人達に言い訳も一切せず
ひたすらに頭を下げ続けながら、
陰ではケイタイ片手に、必死にチームの誰かに呼びかけてる様子、
指示が違う!とやり合っている様子、
はやくどうにかしてくれと懇願してくれていた。そんな姿を目にしたら怒れない。
この日到着の全員分の検疫が終わり、
検疫所がクローズしても、
係員は誰一人帰らず、
行き場を失った私達のために、23時までこの場所に一緒にいてくれたのだ。
検疫官の8割以上は私と同世代か
私より年下の若い年代の方も多かった。
(もちろん年配の方もいた)
彼ら彼女らなんて、自分の心配してる暇なんて一切ないな。
守りたい家族や大切な人もいるだろうに。
私なら自分第一で真っ先に逃げる。
でも、彼らは一切投げ出さないのよ。
ずっと共にいる覚悟みたいなのが見えて、
なんかもう泣けてくる。
誰が1番感染の危険が高いかって
最前線で体を張っている
空港職員の皆さんや、
医療従事者の人たちだと思う。
そんな人たちを目の前にしたら、
そこに文句を言ったり、置かれた状態に文句を言い続ける人間になってはいけないと思った。
だって、あの長蛇の列(レポート⑤まで)を昼過ぎからさばいてた数名の検疫官が、23時過ぎてもまだ私達の側に立ってくれていたんだもん。
1日ずっとすごい数の人たちを相手にしてるので声が枯れて出ない、といってる若い女性の検疫官もいた。
感染の危険度は係員の皆さんも一緒、
いや、むしろもっと高いぐらいだよねぇ。。。 彼らの命と健康を守るためにも、
しばらく空港封鎖してほしいと思った。
最前線で働く人達は、自分の身の危険も省みず必死だった。
そんな姿をみたら、生温い文句なんて言ってる場合じゃないなと思った。
もう少し続く。
『帰国者レポート⑤』
3/29(日)
羽田空港到着時の続き。
PCR検査の後、
今度は検疫通過のために
この列の左側に並べ、と言われる。
ド緊張で殆ど眠れなかった11時間のフライトの後にこれはキツイ😭
平時でもこんな列に並びたくないのに、
クラスター発生だなんだと叫ばれている昨今。まさにこれは地獄絵図である。
それでもようやく40分ほど経過し、
やっと順番が回ってきた。
しかし、まず検疫の前に臨時の長机が設置されており、
そこに4,5人の係員が待ち構えていて、
ここで予め各々の書類チェックと問診を受けなければならない。
係員の問診では、
頭もお腹も痛いと
気になることを一応全部言ったが、
華麗にスルーされた。
まぁ…こんなに人数いるから、仕方ないよね💦
が、しかし。
ここで初めて
衝撃的事実を言い渡される。
書類に、
どこで待機するかを記載するのだが
(自宅またはホテル。)
私はホテル、と書いていた。
家族が名古屋から羽田まで自家用車で迎えに来る予定だが、
厚労省に直接問い合わせた際、
PCR検査結果が出るのに少なくとも7時間はかかると聞いたので、
恐らく深夜になるだろう、と。
終わる時間が読めないので、
この日は羽田にホテルを取った。
翌日か翌々日に、晴れて家族にホテルまで迎えにきてもらうことになっていた。
…が!! しかし。
『あの…申し訳ありません…。
ご自宅に自家用車かレンタカーで行かれる方はご自宅で検査結果を聞けるのですが、ホテルに滞在する方は検査結果が分かるまで空港を離れることが出来ません。
結果が出るまで、空港内の会議室に待機していただきます。』
『はい…?
公共交通機関使わなければホテルでもOKって厚労省から聞いたのですが…?』
『ハイ、それが…それは検査結果が出てからの話で、それまでは空港の所定の場所で待機となります…。』
えーーーー!!!!!😱😱
聞いてた話と違ーーーーう!!!!
外務省のサイトには、
『検疫長の所定する場所で結果が出るまで待機(自宅、ホテルなど)』
と記載されていたので、
わざわざ事前に空港や厚労省に電話で確認したのにー😱😱
じゃあ、この長蛇の列が終わっても会議室?(密室?💦)で
みんなで結果待ちするんですか??💦
と聞くと、
『まぁ…そういうことになりますね。』
とのこと。
出たーーーーーーー😭😭😭
もうクラスターから逃れられないよこれ…。
どれぐらいの人数で、
何時間ぐらいかかるんですか??
最低7時間ほどかかるって聞いたんですけど…😱😱
と聞くと、
『それが…かなりの人数なので
時間はさっぱり読めないのです。
最低でも24時間か、それ以上になると思います…』
えーーーーーーーー😱😱😱
うっそだろーーー!!!💦💦💦
この時点で17時半だったのだが、
今夜ご予約されているホテルは諦めて下さい、とのことだった。
キャンセルするよう指示された。
えーーー😭😭😭
キャンセルしちゃって万が一深夜に結果出たらどうすんのよー😭😭😱💦
私会議室でみんなで朝迎えたくないから
一刻も早くホテル行くわよー😭😭
と思ったが、
今夜はキャンセルを、の一点張り。
隣で問診を受けてる人達も、
次々とホテルキャンセルしろ、
と言われていた。
私はドイツ仕様の電話なので
この時点で電話使えず。
ホテルにキャンセル連絡も出来ない。
家族にLINEで連絡し、
深夜ギリギリまでキャンセルせず粘るか、
はたまた係員の指示通りキャンセルか、
それとも万が一の場合、
早朝になってもいいから
(嫌だけど💦)
ホテルにアーリーチェックインしたいので、そのままにしてくれと
ホテルに事情を説明すべきか、
LINEで家族会議が始まった。
他のホテル組の人たちも、困惑しながら家族に電話をして、
ホテルをキャンセルしなきゃいけない、と口々に言っていた。
完全に現場は混乱していた。
というか、結果ってどうやったら分かるんですか?
(車の免許みたいに電光掲示板のか??)
と聞くと、この書類に記載されているご自宅に電話で陰性か陽性かをご連絡します、とのこと。
では私は空港に待機させられながら、
実家に電話がかかってくるのを待って、
親から検査結果を聞くしかないのね😱
深夜までかかるかもしれないし、
家族も巻き込んでの大騒ぎである。
これから会議室で何時間も
帰国者と待機かー😭😭
キツすぎるわーー!!
係員の24時間は大袈裟として、
なんとか7時間ぐらい、
せめて深夜には終わってくれー!😭
と私の魂の叫びが聞こえる。
そして更に衝撃的なことに。
書類をトントン、とまとめられ、
よし、いよいよ終わりが見えてきたかと思いきや 『では!今度は先程の列の、右側の方の1番後ろにお並び下さい。』
と、
書類全てを突き返されたのである😱
(※1枚目と同じ写真だが右側に並び直し。)
えーー!!😭😭😭😭
また並ぶのーーー??😭😭
検査結果報告の連絡先を書いた書類も未だ提出出来ず自分の手の中にある。
そうこうして、私がこの検疫カウンターを通過でしたのは、
飛行機到着から4時間後のことであった。
まだまだ続く。
『帰国者レポート④』
3/29(日)
ドイツから羽田空港に到着。
ここからが本当の地獄の始まり。
予定より1時間早く到着したが、
検疫官の指示があるまで機内待機を強いられる。
刻一刻とルールが変わるため、
キャビンアテンダントも
頻繁に内線で指示を聞いていて、
緊迫した雰囲気が機内に漂う。
待つこと1時間。
やっと機内を降りてヨシの指示が下った。
早めにPCR検査を受けて陰性であれば、
国内線に乗って名古屋に帰れるかもしれない、
とこの時はまだ淡い期待を抱いていた。
機内の全員で並んで検査場に行きます、
と言われ、
結局は勝手な行動が出来ず、
乗客みんなと足並み揃えての移動。
検疫所は既に行列。
しかし、PCR検査は更にその行列を横切って、
エスカレーターで下ったところで
実施されていた。
ここも既に行列。
11時間のフライトでほぼ眠れず、
ようやく着いたと思ったら
1時間機内で待たされ、
さて、いよいよ!と思ったら
この人混み。
もうこれだけで気が遠くなって失神しそう。
帰国者レポート①にも載せた通り、
フランクフルト空港は
ほぼクローズで無人化しており、
ドイツでは、コロナの影響により、
公共の場で3人以上集まるの禁止。
家に他人を招くだけで罰金、
人との距離は1.5m〜2mを開けなくてはいけないと言われ、
スーパーのレジ前もテープで間隔が区切られ、
店員が見張っているというのに😱😱 日本に着いた瞬間、これである。
ザッと見た感じ、千人以上は集結している???? 更に、
列を詰めて下さい!!と指示が飛ぶ。
意地でも詰めるか!!
と、
私なりにソーシャルディスタンスを保ったつもり。
けれども、毎日のように、
空港での帰国者の感染がニュースになる昨今。
この全員が陰性であれと願えども…
これ、かなりヤバイ状況じゃ??😱
と、サーっと血の気が引く。
こんなに危険な場所、
ドイツでも見たことない。
私、
何のためにドイツで3週間自宅待機してたんだろう…。
何のために帰国したんだろ…。
こんなところでリスクを犯してまで、
日本に帰ってきた理由は一体何?
不安と緊張でお腹も痛くなり、
頭も痛くなってくる。
心なしか身体も冷え切っているような。
こんなところで倒れてはならぬ、
気を抜いたら感染しまう、
頑張らねば!!
と自分で自分を奮い立たせる。
待つこと40分ほど。
ついに検査の順番が回ってきた。
ドイツの新聞でも、
よくPCR検査のニュースを目にしており、
鼻の中をコショコショしてる映像を見ていたので、
耳鼻科で花粉のシーズンによくやられる、
くすぐったくてクシャミ連発するあのテのやつね、
なんて思いながら、
事前に、
花粉症なので、
クシャミ連発したらすみませーん😂😂
なんてノンキに抜かしていた…。
が!!!
これがトンデモなく舐め腐っていた。
5秒我慢して下さいよーと言われ、
はーい!なんてやってたら、
自分の想像を遥かに超えるぶっとい棒が、
私の鼻の奥の奥の、
未だかつて触ったことのない粘膜を
貫通してブッ刺さって、まさに脳天チョップ😱😱😱😱 前頭葉から出血して鼻血が出るんじゃないかと思うほどの衝撃!!!!
永遠に息もできないんじゃないかと
感じられる5秒間、
鼻水も涙もぜーんぶ出てきた。
(人生初の鼻血だと思った。)
ハイ、では終わりましたので
エスカレーターで上に上がって
検疫してきて下さいねーなんて言われたときには、
クラクラして目眩が起きていた。
エスカレーター上がりながら失神寸前。
鼻も再生しなさそう…。
これ、大人でも涙も出るのに
子供完璧に泣くやつだわ😭と思った。
でも子供の泣き声は聞こえなかったので、もしかして小さい子は検査なし?? 私、注射の方がマシだもんなぁ。
これ再検査はしたくないなぁ。
検疫の行列がまたまた地獄。
まずは40分ぐらい待たされた。
繰り返すけど、こんな大多数の人間に
ここ何週間も接触してないのよ😭😭
これって完璧濃厚接触よね💦😭😭
あんなに3密避けろとか
濃厚接触するから人混みダメとか言うくせに、
空港はいいのかよー😭😭💦💦
オイオイ!!! それともなんだ、
帰国者はやっぱり罪が重く、
人権は尊重されず、
感染されようが自業自得で、
私たちの健康なんてどうでも良くて、
それよりも水際で止めて、
日本国内にウィルスを持ち込まないのが最優先なんだろうか。
ただただヨーロッパに住んでいて、
母国で安心したいという
本能的なものであったはずなのに、
それは本当に罪深いことなんだろうか。
母国に帰省する、
それはほんの1,2ヶ月前まで
当たり前のように出来ていたことなのに、
こんなにハードルが高く、
危険で、後ろめたさでいっぱいになる行為をしているんだろうか。
悲しさと悔しさと
恐怖と不安が何時間も堂々巡り。
前の人も後ろの人も横の人も陽性患者かもしれないという恐怖。
自分が実はそうなのかもしれなくて、
ここにいる大勢の人たちを恐怖に陥れてしまうかもしれない、という不安。
気の遠くなるような長い行列で順番待ちをしながら、見えない終わりを待ち続けた。
この時点で、名古屋行き国内線は間に合わず、
もう諦めた。
検査結果が分かるのも、
この調子では深夜になるかな、
予定通り今夜は羽田のホテルへ歩いていこう、
なんて考えていた。
⑤へ続く。
本日はKarfreitag(聖金曜日)。
バッハの「マタイ受難曲」を聴く日!!
日本では馴染みがないけれど、
イースター(復活祭)前の金曜日のことで、
イエスキリストが十字架にかけられた日、
とされています。
我らが救い主の受難と苦しみに想いを馳せ、
その苦しみを我々人類が共有する日とされています。
(その3日後にイエスは復活します。)
ドイツでは、この聖金曜日に
バッハの「マタイ受難曲」が各地で演奏されます。
逆にいうと、イースター後に絶対演奏されない作品です。
演奏家はもちろん馴染み深いですが、
ごくごく一般の老若男女が教会などで
その演奏を気軽に聴きにいきます。
(オランダ人も春の風物詩として「もうマタイ聴いた?」なんて会話が「もう今年のイチゴ食べた?」に並ぶ春の挨拶なんだとか!!)
私もドイツに住むようになってから、
イースター前のこの習慣に親しむように
なりました。
毎年この時期、
ドイツのそこら中で演奏される
このマタイ受難曲が楽しみでした。
私も歌いにいきました。
これを聴くと、ああ、まもなくイースターか。
もう春だなぁ、なんて思うんですよね。
実は、2月のカーニバルからこの聖金曜日までが
イエスの受難を思うシーズンとして、
「受難節」とか「受難週」って呼ばれてるんです。
この期間中、クリスチャンの方は、
断食や禁欲、自粛モードに入るんだとか。
2月の半ばからこの時期は、派手な祭や
遊びなども控えめになる、ちょっと暗いシーズンなんですよね。
それにしても偶然にも
今年はこの受難節を迎えてから、
リアルに世界が苦境を迎えて、
必然的に自粛モードになってしまっている。
そのため、今年は
マタイの生演奏を教会で聴くことが出来ないという、
まさかの展開に改めてビックリしているんですけど、
せっかくなのでと朝からずっと聴いていました。
この現代社会の苦しみや悲しみが、
見事にバッハの音楽の中に投影されていて驚きました。
イエスがこれでもかと苦しめられてるの。
この世界の不条理が、酷いほど描かれてますけど、
この世のものとは思えぬ、
バッハの音の響きに救われる。
(特にしょっちゅう登場するコラールは、
もう昇天モノですね✨いつ聴いても。)
それでもこれを聴きながら、
強く信じようと思いました。
どんなに真っ暗闇に思えても、
必ず光は再び射すということを、
もう既に示してくれてるじゃないか。
忍耐と深い悲しみと絶望のあとにも、
必ず光は射す。道は照らされる。
いつもこのシーズン、
この演奏を聴きながら、
そんなことをぼんやりと感じてたじゃないか。
今こそ現実世界に、それを投影させて、
自分の心を強く持つとき。
踏ん張れ。
頑張れ。
世界。
そして、
芸術はどんなに暗黒な世界においても、
こうして光を照らしてくれることを実感。
不要不急??
芸術は、何も身動き取れなくなった今こそ
魂のために、絶対不可欠なものだわ。
誰が何と言おうとも。
頑張れ、
負けるな、
芸術家たち!!!!
この世界はあなた達を絶対に必要としている。
皆さんも今日今この瞬間、
マタイ受難曲、BGM代わりに流してみて下さいね!
(日曜日に復活するから、それからは聴いたらダメよ❤️)
これ、日本語対訳付!便利!!
⬇︎3年前のマタイ受難曲の記事!!
『帰国者レポート③』
いよいよboarding time。
この時期だから機内もガラガラだろうと思ったけれどやはり読みが甘かった…!!!
ビジネスクラス以上はガラ空きだったけれど、
エコノミーは7〜8割座席が埋まっていて結構な賑わい。
私の周りも、人が多かった。
(幸い私の隣と隣の隣は空いていたが、殆ど満席!!)
嗚呼、ドイツであれだけ散々他人との距離を
1.5m〜2m取れって言われてるのにぃ…(涙)
どこが1番危険って、ここじゃん!!(怒)💢💢
分かってたけどさぁ…😞😞
万が一の場合、めちゃくちゃ濃厚接触じゃん。
未就学児のお子さんも多く、
ファミリーがとても多かった。
小学生、幼稚園のお子さんたちは
静かにマスクをして座っている。
幼稚園入園前の子供たちは、無邪気に
はしゃいでいた。
生まれて1ヶ月満たないんじゃないの?という赤ちゃんを見かけたときには、
さすがに三度見した。
留学帰りだろうと思われる学生さんもいる。
でもみんな、旅行だなんだと浮かれてる人なんていない。ピリッとした空気すら感じた。
色んな事情がそれぞれあるんだよね…。
しかしながら、万が一の場合、
ここで11時間もの間!!!
濃厚接触してしまう可能性が非常に高い。
自分が陽性だと判明されたら、
その罪は非常に重い。
こんなに緊張感の伴う、
生きた心地のしないフライトは初めてだった。
より安心できる場所を求めて、
この選択をしたはずなのに。
こんなんじゃドイツの家に待機していたかった。
(それが出来る状況になかったから今こうなってるわけだけども。)
果たしてこの選択で合っていたのだろうか。
日本で帰りを待つ家族は、私にこんな想いをさせてまで戻ってきてほしかったのだろうか?
簡単に考えすぎじゃないか?
と、後悔と苛立ちに繰り返し襲われた。
一方で、
ANAのキャビンアテンダントの皆さんは、
しっかりとマスクにゴム手袋を嵌めて、
乗客を出迎えてくれていた。
すごいなぁ…
仕事とは言え、このご時世、命がけ。
なのに凛として、私たちを出迎えてくれる。
覚悟が違う。
私は乗客として乗っているだけでこんなに不安で怖いのに。
乗ってしまって、
帰国してしまって、ごめんなさい、
という気分になる。
後悔と恨み節に苛まれながらも、
この人たちの為にも、
小さいお子さんたちのためにも、
この周りの皆さんのためにも、
絶対に感染してはならない、
絶対に感染したくない、
と覚悟も芽生え始める。
私もメガネ、ダブルマスク、ゴム手袋姿で
恐る恐る座席に着くやいなや、
持参した消毒液、
除菌ペーパーを取り出して、
身の回りを一斉に消毒し始める。
手すり、備え付けのテーブル、モニター、座席、ヘッドホン、目に入る全てを消毒する。
そんな人周りにいないから、
かなり神経質で奇特な人に見えるよなぁと思ったけれど、
私のそばにもゴム手袋とゴーグル姿で念入りに消毒している若い駐在の男性がいたのでホッとした。(笑)
とにかく絶対に感染してはならない!
ウィルスを日本に持ち込んではならない。
それにしても機内は
何故かめちゃくちゃ空気が澄んでおり、
安心できた。
CAを見て何故かとてつもない安心感。
そして心なしか空気も浄化されてる気がして、機内も適温でまたこれ安心。
『3分に1回空気を入れ替えておりますのでご安心ください』のアナウンスにまたまた安心。
いつもは外国のキャリアばっかり乗っていて、
日系はもう何年もご無沙汰だったけれど、
この非常事態。
日系航空会社は心から安心する。
(その2週間前に帰国した友人も同じこと言ってた。)
しかしこの世界がウィルスに汚染されているなんてウソみたい。
日常と何ら変わらないのに。
しかし、緊張のあまり
11時間のフライト中、1時間程度しか眠れず。
何かに接触するのさえ怖くて、
体勢も安心して崩せないのだ。
いつもは2,3本観ている映画も、1本目の途中でやめてしまった。
それでは10時間ほど何をしていたかというと、思い出せない。
何もしていない。
眠れない、眠りたいのに眠れない、と
緊張で固まっていたのだと思う。
そうこうしているうちに、心なしか体調が悪くなってきたような…😱😱😱
気のせいかわからないけれど、微妙である。
頭痛いような重いような、いつもの時差ボケのような、胃も痛いし、なんか体温調節もうまくいかないし…!!!!
こ、怖い!!!!!
機内で配られた検疫の書類も
何枚も何枚も。
普段税関申告ですら面倒臭いなと
思っていたが、この書類の多さに、
やはりタダごとではないなと痛感させられる。
これからの2週間の滞在場所の記載、
またそこまでの交通手段(公共交通機関は禁止。)
過去14日間の行動、体調チェック、
連絡先の記載を書かされる。
ここにいる皆も私もこれから2週間、隔離されるのかぁ。
どうかニュース沙汰には、なりませんように。
この時点では、CAも直々に
私の座席に来て下さり、
『国内線でセントレアに行かれますよね?』
と聞かれる。
はい、でも、国内線強制キャンセルなんじゃ??と聞き返すと(レポート②より。)
私達も到着後、検疫官の指示で進めなくてはいけないので、どうなるか分からないんです、との返答が。
『どうやら羽田の検疫所が混んでいるようで、2,3時間待ちのようで。
国内線に間に合わないかもしれません。
もし宜しければ、お早めに飛行機降りていただけますか?』
とのことだった。
え!ってことは、
もしかしたら、うまくいけば、
検疫早くクリアして、結果を聞いて、
名古屋まで飛べるかもしれないってこと??
そしたら、家族も羽田まで遥々来なくて済むし!!
ラッキーだよねぇ!!!
頑張って早く降りよう!!! なんて思っていた。
これから地獄が待ち受けているなんて知る由もなく。
羽田に着くと、
検疫官の指示があるまで機内待機だと言われた。
到着してから1時間以上、機内で待機要請。うーん。嫌な予兆。
それでも、と、最後の希望の光を胸に、手荷物とジャケットを抱えて、一目散に機内を飛び降りた。
④へ続く
『帰国者レポート②』
3/28(土)
フランクフルト空港を出発した時のおはなし。
いつも利用している
ルフトハンザの名古屋行き直行便は、
コロナウィルスの影響により全て欠航。
日本の航空会社で羽田か成田に
飛ぶしかなくなった。
また、前日の27日から外国籍の人は
入国拒否&帰国者は全員PCR検査の強制が義務付けられた。
毎日毎日、ルールや情報が更新され、
政府も現場も乗客も、最も混乱していた時期だったように思う。
空港内はご覧の通り、
免税店も飲食店、売店も、
両替所やキヨスクすらもほぼクローズ。
セキュリティチェックも、
乗客ゼロ。
数人の係員のみが、気怠そうに
そこで待機していた。
薄暗くて、なんだか不穏な雰囲気だった。
いつも何気なくしている検査でさえ、
緊張が走る。
何故かここで靴を脱げ!と言われ、
青いビニール袋を渡される。
これを履いてX線通過しろ、とのこと。
靴は別個でX線に通された。
ん??テロ対策なら分かるけど…
これってコロナと関係あるのかしら??
なんだか薄っぺらくて抗菌でもなさそうだし、
心許ないんですけど…。
そうこうするうちに、
緊張しすぎたせいか、
搭乗予定時刻の2時間前にゲートに到着。
時間を読み間違えた…。
空港がもっと混乱していると思ったのよ…。
その逆でした。
ちなみにいつもスーツケース2つで帰国する私。
今回は接触感染のリスクを避けるため、
お預け手荷物は無し。
洗える布バックを機内に持ち込むのみにして、
荷物も最小限に留めた。
(今回はお土産も無しです。)
オンラインチェックインも済ませていたので、
誰よりも早く到着し、拍子抜け。
うーん。しかし、このご時世。
人がいないとは言え、
2時間も無駄に空港に滞在したくない…。
気は一向に休まらない。
とは言え、
お店が閉まってるので、
ゲート内で、ミネラルウォーターすら、
買う場所がない。
でも、感染予防に
ノドの乾燥だけは何としても避けたい。
何としてもどこかで水分は確保しなくては、命取りになる。
そのうち、
この無人の空港に
少しずつ日本人たちが集まり出した。
小さな子供たちの高らかな声があちこちで聞こえてくる。
こんなに子連れファミリーが多いとは!!驚きだ。
帰国命令を出された駐在員たちだろう。
大変だなぁ。
ヨチヨチ歩きの子も、
クビがすわっていない赤ちゃんまでいるじゃないか。
お節介ながら、感染を心配してしまう。
こんなに大勢小さい子がいるなんて。
しかし、さすが日本人。
マスクの習慣の殆ど無いドイツといえども、
この空間はほぼ100%マスク姿。
っていうか、この空港、
日本人のこの私たちしかいないんじゃないのぉーーー??
というぐらい、他に誰もいなかった。
うーん。この人たちとこれから11時間、
同じ機内で運命を共にするのかぁ。
緊張で身体がカチコチに固まっているのが分かる。
どうか全員健康で、何事も起こりませんように!!
そこへ、ミネラルウォーターを片手にやってくるご夫婦がいたので、
どこで手に入るか聞いてみた。
入国審査のもっと先の先の方で
売ってましたよ、とのこと。
そんなわけで、
ミネラルウォーターを求めて、
実に15分近く。
うーん、遠い!!
たかがミネラルウォーターすら
なかなか手に入らないってさ…。
ほんとに世界は
見えない敵を相手に、
一体全体どうなっちゃったんだろう。
そんなことを考えながら、
ささっと用だけ済まして引き返す。
ゲートに再び戻る道中、
ハッ!と気付く。
しまった!!!
これから羽田到着後、
どんなことが待ち受けているか分からない。
いつ食糧にありつけるかも分からない。
軽食も買っておけば良かった…。
しかし、時すでに遅しで、
7,8分は歩いてしまった。
引き返すのも億劫なので、
断念してゲートに戻ってきた。
万が一の場合に供えて、
ひじきご飯のおにぎりを握ってきて
良かった。
ちなみに売店のそばのゲートでは、
唯一他のアジア系の乗客たち達が搭乗待ちしていた。
そこは、みんな漏れなく、
マスクにメガネ(ゴーグル)、
レインコートみたいな防護服を装着して
フル装備で列を作っていた。
さすがに日本人客はマスクのみで、
1人も防護服はいなかった。(苦笑)
お国柄が出るなぁ…。
空港で見かけたのは本当に、
日本人と、防護服軍団、以上です。
ドイツ人、EU圏内の人たちはいなかったんじゃないかな。
搭乗の直前、
名出しでアナウンスで呼び出された。
搭乗カウンターまで来てください、
とのこと。
何事かと思い、行ってみると
『あなたは羽田に着いたあと、
名古屋まで国内線のチケット予約してますね?
これには乗れませんので強制的にキャンセルとなります。
羽田から名古屋までは、
飛行機も乗れないし、
バスも電車も利用禁止ですが、
あなたは何で帰るの?』
とのこと。
家族が羽田まで自家用車で迎えに来ます、
と伝えると
それならOK、と言われた。
自宅へは、
自家用車またはレンタカーでの移動のみ許可、
それ以外は全て不可です。
また、到着後検査があり、陰性でも自宅かホテルで2週間の隔離になります、
と説明された。
ドイツから緊急一時帰国しております。
やっと書く気力が沸いてきたので
レポートしたいと思います。
〜経緯〜
3/25 急遽一時帰国を決意
フライト確保
3/26 ヨーロッパからの入国拒否
及びが帰国者の検疫強化が決議される(27日0時から開始)
3/28 フランクフルト発 ANA224便
3/29 羽田空港着
(※帰国者の感染20名発覚した日。)
PCR検査及び検疫の実施
3/30 検査結果出ず空港に拘束
3/31 ようやく検査結果が出る
そこから2週間東京ホテルにて隔離
(現在進行形)
※以上、詳細を順次記録していきたいと思います。
帰国することが正しいことなのか、
留まることが正しいことなのか、
当日まで答えが出ず。
渡航することを当日直前まで
相当悩みました。
今でも正しかったのか、
その答えは出ておりません。
現在も多少の不安を抱えながら、毎日を過ごしています。
どちらが正しい判断であったのか、
それはコロナ収束後に判明することなのかなぁ…と思っています。
帰国者の風当たりが強いことは、
ニュースを読んで知っていました。
万が一のことがあった場合、
私もニュース沙汰だよなぁ…と😓
これまでドイツの自宅で3週間自主隔離してましたが、
それでもイチかバチかの渡航。
それ自体、
褒められた行為ではないので、
とても葛藤がありました。
自分が無症状の無菌保持者で
11時間のフライト中、
陰性だとしても、機内や空港で濃厚接触するリスク、
色んなことを考えて、悩みました。
ドイツで自宅待機が1番安心安全なのも
分かっていました。
それでも、色んな状況を考慮した結果だと、
自分の今いる環境が、
自宅待機をし続けられる状況ではなく。
感覚的に、危機管理が
自分にとって不十分と感じられ。
万が一の場合を想定して
万全に備えたい自分と、
それができない環境に、
残念ながら違和感を感じることが多く。
免疫力が決してあると思えず、
風邪はしょっちゅう他人からもらうし、
マイコプラズマ、百日咳、インフルと
漏れなく流行に昔からのってしまう自分は、
真っ先にその犠牲になるに違いない、と
身の危険を感じてしまいました。
自分の今後の環境、
ドイツの医療状態、
アジア人であるということ、
もし、万が一のことが起こったときに、
異国の地で命の危険に晒されること、
最後まで迷いに迷った挙げ句、
ドイツにこのまま留まり、
万が一のことがあった場合のリスクの方が大きいなと思ったので、
やむを得ずの泣く泣く決断に至りました。
(自己中、周りのことを考えていない、色んな意見は承知の上です。)
万が一の社会的制裁のリスクも背負って渡航したつもりです。
それでもやっぱり、決して正しい行為だったと言うつもりはありません。
絶対に罹患してはならない、他人に移してはならない、
という覚悟と不安が入り混じる、
こんな変な気持ちは生まれて初めてでした。
この時期に旅行に行くな、
この時期に帰国するな、
色んな世論が飛び交っています。
その通りだと思います。
でも、私が実際に渡航した感想。
旅行者らしい人達はこの時期は殆どいなかった。
ツアー客なんてゼロです。
殆どが、企業命令で緊急帰国を命じられた駐在員やその家族たち。
小さいお子さん達も多かった。
ビザの問題で帰国せざるを得ない留学生。
彼らも留まった方がいいかなと考えた、と葛藤があったとのことです。
多くの人がマスクにメガネ、ゴーグル、
ゴム手袋、除菌ペーパーを片手に搭乗していました。
みんな、不安な気持ちは一緒だったと思いますし、
今もどこかで同じ気持ちでいるんだろうな、と思っています。


















































































































