麗音 -13ページ目

 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。

昨日からの雨は降りやまず、窓から外を眺めていました。


ふと、娘のゴム長靴を想い出しました。たいそう気に入り買い求めたベージュ色の長靴は、確か二度ほどしか出番がなかったように記憶しています。

今は何処かでねむっています。


娘が旅立ち、1年5カ月が過ぎました。


毎日、娘の事が頭から離れず、最近やっと悪夢から少しずつ目覚め、現実に引き戻されていく自分に気付きます。


買い物に出かけても、私の隣に娘は居ない・・・。今、歩いているのは私ではないと…。本当の私は何処に

行ったのだろう・・・と歩いて行くうちに、そうだ、娘はもう居ないのだと気付き、 無性に涙が出てくる。


五月晴れの暖かな日、庭で草むしりをしていると、ふと、2階のベランダから、「お母さんに電話よ、早く来て」

と、娘が私を呼ぶのではないかと、慌てて草むしりの手を休め、玄関へとまわる。ドアを開けてしばらくし、

娘がもう居ないことに気付きます。ひとしきり泣いた後、やがて怒りへと変わっていきます。

娘を返して・・・と。


もう、娘と共に過ごしたあの頃の私に戻ることは決してありません。


先日、息子からプレゼントが届きました。  

 

母の日にと、エプロンが贈られてきました。

早速、身に付けてみましたが、少々大きく、肩から落ちそうでしたが、有難うと伝えたのも束の間、

今度は紫陽花の鉢植えが届きました。

息子曰く、

  「お姉ちゃんが生きていれば、きっとお母さんにプレゼントを贈っただろうから、代わりにお姉ちゃんの好きな

   紫陽花を贈ったんだよ。」と、

息子の優しさに胸が厚くなりました。


天国の娘と私、いつも、いつも、心は繋がっているものと信じてやみません。


 麗音






                            母

桜の木の周辺はほのかにピンク色に染まっているようです。

去年の私は、散りゆく桜に娘への想いを重ねていたように思います。


最愛の娘が私共のもとを旅立って一年が過ぎ、たとえようもない寂しさが波のように押し寄せます。

家中の何処にでもある娘の生活の跡、一歩外へ出たとて、ふとした光景からも娘との想い出が甦ります。


先日も、娘とよく一緒に歩いた通りはミモザが咲き乱れていました。 あまりの綺麗さに、娘が勝手に

”ミモザ通り” と名付けた通りを歩いてみました。 でも、私の横に居るはずの娘は居ないのです。


切なく、口惜しく、未だに生きていてくれたらと涙します。 助けてあげられなくてごめんなさい。

許してと、胸塞がるばかりです。


三十代の若さで、輝く未来へ羽ばたこうとした矢先、未来への可能性を絶たれ、旅立たせてしまい、

どんなに考えても可哀そうで、何故この娘なのと、諦めきれない、残念、無念の思いは尽きません。


先日、私が入会しております “子を亡くした人の分かち合いの会” でお世話になっております方

からお手紙とともに、詩が同封されておりました。


“神様から授かりし子”


しばし、我が子をあなた方に預けようと神は言われた。

この子の生きる間、愛してくれるように。

この子が世を去るときは嘆いてくれるように。

それは、6、7年、あるいは22,23年かもしれぬ、

どうか、私がこの子を呼び戻すまで、私の代わりに、面倒を見てほしい。

この子はあなた方を喜ばせるように、魅力をもっていくだろう。

万一この子がほんのわずかだけ、あなた方のもとにとどまるとしても、

悲しみをなぐさめるものとして、愛らしい想い出が残るだろう。

私はこの子がこの世に留まると約束することはできない、

地上のすべてのものは私のもとに帰らなければならないゆえに。

地上で学ぶべき教訓は多い。

私はこの子に学んでほしいと思う。

私は、この広い世界をくまなく見まわし、真の教える者を探し求めてきた。

そして数多い人々の中からあなた方二人を選んだのだ。

さて、あなた方は、この子に愛情を注いでくれるだろうか、骨折ることを苦ともせずに、

そして、私がこの子を呼び戻して、

再び天に連れていく時私を憎まずにいてくれるだろうか。

私は二人がこう答えてくれたと思った。

”天にまします我らが神よ、あなたのご意思は果たされました”

あなたの授けてくださった子がもってきてくれた喜びにもかかわらず、

哀しみは大きいものです。

私たちは、この子をやさしく庇護します。

許される限りこの子を愛しましょう。

いつまでもこの子が共に暮らしたことで得た喜びのために。

たとえ、天使が私たちが考えていたより

はるかに早く、この子を呼び戻すことがあっても

私たちは、勇気をもって、来るべき悲しみに耐え、

理解するように努めましょう。


溢れる涙を拭きながら、何度も、何度も読み返しました。

麗は、神様から授かりし子だったのでしょうか。


麗ちゃん、私はあなたからたくさんのことを学びました。

麗ちゃん、お母さんの子供で有難う。 今一度会いたい。 夢でもいいから会わせて欲しいと願います。



                         母


今日2月6日は姉の37歳の誕生日です。
今日は朝から風が強く寒い一日でしたが、やはり姉に関係する日は晴れ晴れました。
午前中に母とお墓に行き墓前で誕生日をお祝いしてきました。

もちろん姉の大好きなお酒を添えてビール


私は姉へささやかではありますが誕生日プレゼントを贈りました。
今頃何をしてるんだろう?
どんな表情をしてるんだろう?
バイオリンを弾いてるのかな?
今は何に興味があるんだろう?
どんなお洋服を着てるんだろう?
友達たくさん作ったかな?


考えたらキリがありませんが、間違いない!と思ったのが姉が幼いころから愛していたバイオリンでした。
きっと姉は天使の衣をまとい、多くの人たちに美しいバイオリンの音色を聴かせているんだろうなぁと思い、この天使のバイオリンがいる天使のオーケストラの置物とバイオリンのオルゴールを贈りました。


喜んでくれているだろうか?

心の中ではいつも姉を思っておりますが、
今の私にはこういう事でしか姉への感謝を表現できません。。。
姉の反応が見たい、姉の笑顔が見たい、笑い声が聞きたいという思いもありますが、今日は家族で目一杯、姉の誕生日をお祝いしたいと思います。


「お姉ちゃん!誕生日おめでとうプレゼント!!また1歳年が増えちゃったねo(*^▽^*)o~♪」


元三階の住民 弟より


 麗音-誕生日プレゼント


私はかつてこんなにも自分と向き合ったことはあっただろうか。


最愛の娘を失い、心の底から込み上げてくる寂しさを誰にも理解してもらおうとは思わない。

同じ体験をした方とて、哀しみの度合いは違うのだから。


最愛の娘、麗よ

私はあなたに注いだ愛は、この世で計り知れないほど大きなものでした。

私のすべてと言っても過言ではありません。

それ故、あなたを失った今、哀しみは深いのです。

修復することも、埋め合わせることもできない喪失感です。

こんなにも早く、もっと人生を楽しむことなくこの世を去ったあなたに、

母として、無力感に苛まれるのです。


娘を失った苦悩は、生涯続きます。

何かの本に、「元、卒業生」などいないのと同じように、「元、遺族」と言う人もいないと書いてあったことを記憶しています。

苦悩はいつまでも続いています。


これは、私共に与えられた試練、この試練に未だに立ち向かう勇気がまだ私には備わっていないのです。


私は毎日、娘のことが頭から離れません。


我が子のお墓の前に立つほど辛いものはないのです。




                       母


 麗音


最愛の娘亡き後、やっと一年が経ちました。


あの笑顔も、少し高いころころとした声も、あの姿にも接することができなくなって1年、

娘が居なくなった生活に戸惑いながら、やっとの思いで過ごしてきました。



しかし、皆様からお贈り頂きましたたくさんのお花に囲まれている娘、そこにはどこを探しても

娘の姿を見ることはできません。たくさんのお花も涙で曇ります。

ようやく、娘の死が現実味を帯びてきました。


私は娘によって生かされていたことをつくずくと実感いたしました。

この間、体調や心の変化に戸惑い、生きることの辛さをいやというほど噛みしめてきました。

涙など枯れることはないのですが、この世で流す涙は、あの世では大海となると聞きました。

娘の為に、涙を流すことを少しずつでもひかえていく努力をしなくては・・・・・。



変えることのできない現実を見つめ、ならば、自分自身を変えるしかないのですね。

いつになったら、娘に微笑みを返すことができるのだろうか。

街を楽しそうに歩く母娘に目を背けます。



カウンセラーより

「心にぽっかりと大きな穴があいたままの自分を大事に思ってみませんか・・・。」

「大事な人を亡くした後の感情の動きに決まりはないのです・・・。」と・・・



小さな変化をつくり出すことができるだろうか・・・。

今後は自分らしい時の重ね方を見つけていきたいと思います。



たくさんの方々のお心に娘、麗のことをいつまでも忘れることなく留めてくださいましたことに

有り難く、厚く、厚くお礼申し上げます。 有難うございました。


               母