最近、娘が私のもとを去り、手の届かない天国へと旅立ってしまったと言う事実を、ようやく解りかけてきました。
娘はもう、逃げも、隠れもしない、この世には居ないのです。
未だに、認めたくもなく、信じたくもない。
毎日、ご仏壇に手を合わせ、娘に語り掛けているにも関わらず・・・・。
何処か遠くへ旅立ち、いつか私のもとに 「お母さん、ただいま」 と帰ってくるに違いないと、そんな気がしてならないのです。
こんなに長い間、娘に会っていない、声も聞いていない、話もしていないのだから、やっぱりあの娘は、天に召されたのだろう。
朝、決まって、あの娘の居ない寂しさで目が覚める。いったいいつまで、あの娘の居ない生活が続くのであろうか・・・・。
葬儀の折、何故、淡々とこなしていたのか、今もってわからない。わからない。
我が娘ではなく、第三者のような気がしていたに違いない。
我が家族の中の出来事ではなく、他人事のように思い、ただ、ただ、葬儀を演じていたに過ぎないに違いない。
私の頭の中には、娘がこんなに早く、しかも私よりも早くこの世を去るとは、そんなばかなことがあるはずがないと言う、強い強い信念があったからであろうか。
8月29日、娘が所属していたアンサンブル、マロニエの第22回コンサートが催されました。
娘亡き後、4回目のコンサートでした。
やはり、まだ、娘の居ないステージを見つめることはできませんでした。
時が経つごとに、哀しみが深くなります。
娘と共に楽しく過ごしたあの頃の私にはもう戻れない。
無常ならざるもの
生まれたものは死に、会ったものは別れ、持ったものは失い、作ったものは
こわれます
時は矢のように去っていきます
すべてが無常です
この世において、無常ならざるものはあるのでしょうか
娘の死から、私はいったい何を悟るのであろうか・・・・。
母



