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 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。


 麗音


最近、娘が私のもとを去り、手の届かない天国へと旅立ってしまったと言う事実を、ようやく解りかけてきました。

娘はもう、逃げも、隠れもしない、この世には居ないのです。


未だに、認めたくもなく、信じたくもない。


毎日、ご仏壇に手を合わせ、娘に語り掛けているにも関わらず・・・・。

何処か遠くへ旅立ち、いつか私のもとに 「お母さん、ただいま」 と帰ってくるに違いないと、そんな気がしてならないのです。


こんなに長い間、娘に会っていない、声も聞いていない、話もしていないのだから、やっぱりあの娘は、天に召されたのだろう。


朝、決まって、あの娘の居ない寂しさで目が覚める。いったいいつまで、あの娘の居ない生活が続くのであろうか・・・・。


葬儀の折、何故、淡々とこなしていたのか、今もってわからない。わからない。

我が娘ではなく、第三者のような気がしていたに違いない。

我が家族の中の出来事ではなく、他人事のように思い、ただ、ただ、葬儀を演じていたに過ぎないに違いない。


私の頭の中には、娘がこんなに早く、しかも私よりも早くこの世を去るとは、そんなばかなことがあるはずがないと言う、強い強い信念があったからであろうか。



8月29日、娘が所属していたアンサンブル、マロニエの第22回コンサートが催されました。

娘亡き後、4回目のコンサートでした。


やはり、まだ、娘の居ないステージを見つめることはできませんでした。


時が経つごとに、哀しみが深くなります。


娘と共に楽しく過ごしたあの頃の私にはもう戻れない。


 無常ならざるもの


 生まれたものは死に、会ったものは別れ、持ったものは失い、作ったものは

 こわれます

 時は矢のように去っていきます

     すべてが無常です

  この世において、無常ならざるものはあるのでしょうか


娘の死から、私はいったい何を悟るのであろうか・・・・。



                          母                   





 麗音


先日、娘が大学時代に所属していたオーケストラの先輩であり、社会人となりましてからも、短期間ではありましたが会社でご一緒させていただき、娘が大変頼りに致しておりましたお方から、音楽に因んだ珍しいネーミングのお菓子をお届け頂きました。


お菓子の名前

【音楽のまち 川崎ミューザ】 【天使のタクト】 【シンフォニーパイ】 娘が目にしたらどんなに喜んだことでしょう・・・・・。 有難うございました。


涙ながらにお手紙を読んで聞かせ、、お菓子を供えさせて頂きました。

娘から聞きましたその当時の色々な話を想い出し、元気で居てくれたらと口惜しく、胸塞がる想いでした。


川崎、シンフォニーホール 「ミューザ」といえば、忘れられない想い出があります。

娘がやっとの思いでチケットを2枚入手しました、ベルリンフィルハーモニー、サイモン・ラトル指揮のコンサートに、娘が私に申し訳なさそうに主人と二人で出掛けて行きましたことです。  


 ・ハイドン交響曲 第86番ニ長調

 ・ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛と死

 ・ブラームス 交響曲第2番ニ長調


以前から大変楽しみにしていたコンサートでした。

大変感動し、興奮冷めやらぬ様子で帰宅した娘の姿が、つい昨日のように思い出されます。


我が家からは娘の弾くバイオリンの音がすっかり消えてしまい、バイオリンだけが娘の写真に寄り添っているだけです。


ケースを開けると、小学校生の頃、発表会での恩師とご一緒の写真、大学のオーケストラ定期演奏会デビューの時、たくさんの楽団員の方々からお寄せいただいた寄せ書き、発表会当日、大切な弓を折ってしまい、慌てふためき先生の貴重な弓をお借りし、修理して頂いた大切な弓、肩当て、替えの弦、メトロノーム、弱音器、ラーセン松脂、鉛筆、消しゴム、カラフルなクリップ、爪切りなどなど・・・。

とりわけ、持ち手に付けられている “ガチャピン”と“キューピーの光塩人形”が何とも私の涙を誘います。


今でも娘宛てに送られて来ます大学定期演奏会や、エキストラで出演していた楽団、恩師率いるアンサンブルの案内状を目にしますと、娘が元気で居てくれたらと、涙が止まりません。


娘がこよなく愛した音楽、そしてご指導いただきました諸先生、諸先輩の方々に心から有り難くお礼申し上げます。


                       母



 麗音-cyyouchinn  麗音-hasu


13日、昔ながらの風習に従って玄関先で迎え火を焚き、提灯に明かりを灯し、

娘を迎えました。

つい最近まで家族の一員であった娘を精霊として迎え入れ、供養するとは何とも

哀しく、切ない。


娘に会って、この手で抱きしめたい。声が聞きたい。話がしたい。娘が弾くバイオリンの音が恋しい。

見えざるものへの追慕の気持ち、我が娘への想いは狂おしいほどに私を哀しませます。


珍しく手に入った蓮の花を娘の写真に供えました。我が家の蓮は葉ばかり立派で、まだ蕾をつけていない。


先日、主人と共に旅した奈良、法華寺、薬師寺で見た見事な蓮の花、薬師寺では、薬師如来像のお隣にいらっしゃる日光菩薩像の横顔が、どことなく娘に似ていると主人と意見が一致し, 食い入るように見つめ、しばらくその場を離れることはできませんでした。


明日はお盆明け、もう娘は帰ってしまう。

こんなに早く逝ってしまった娘、もっと、もっと生きたかったであろう娘、残された私は娘に会えるまで、深い悲しみは消えることはありません。


              母

じめじめした蒸し暑い日が続いておりますが、皆さんお変わりないでしょうか?

世間はすっかりワールドカップサッカーブルー一色ですね。

私達家族は私が幼い頃からサッカーをやっていたせいもあり、サッカー好き家族です。

特に姉はサッカーそれも代表戦が好きでした。


姉とのTVの前でのサッカー観戦は今でも忘れません。

TVの目の前を陣取り応援する姿。

「よーし!!いけーーーー!!!」、「キャー危なーーい」、「ちょっと!何やってんの~!?」

と絶叫したかと思えば

「よーし。落ち着けー!落ち着けー!」、「まーちゃん、○○はもう交代したほうが良いよね?」

等と監督の様なアドバイス。。。

姉を良くご存じな方は、すぐ思い出して頂ける姿かと思います。


姉は特にGKの楢崎が大好きでした。

姉曰く、顔がかっこいいの!って私に語っていたのを思い出します。


昨日のオランダ戦は実家で家族と観戦していました。

いつもなら、聞こえてくる、聞こえてこなくてはならないあの大きな声、

日本のチャンス、危ないシーンに絶叫がない代表戦・・・


残念ながら日本は健闘虚しく負けてしまいました。

けど、声が聞こえなくとも間違いなく隣に・・・TVの目の前を陣とって

一緒に観戦していたと思います。


きっと天国で姉も応援しているワールドカップ日本代表戦です。

次のデンマーク戦も姉と一緒に応援したいと思います。









娘の大好きな紫陽花が雨に濡れ、尚一層鮮やかさを増しています。


玄関にはラベンダーセージが咲き始めました。娘にも見せてあげたくて、早速一枝

切り取り、ほのかな香りと共に花瓶に挿し、娘の写真に添えました。

思わず、「麗ちゃん!」 と呼びかけてみたものの、返事などあるはずもない。

何とも悲しく、涙が溢れ出る。


今までは、娘と共によくお花の美しい庭園に出掛けたものでした。娘の大好きな軽井沢や神代植物園のバラ、箱根の紫陽花など。「私、このバラが好き」 と、カメラに

収めていた姿を想い出します。しかし、今は、見つめているだけで切なく、胸塞がる

物言わぬ写真にお花を添えている私が居る。こんなに切なく、哀しいことはない。

ふと、私の手に小さな蜘蛛が絡まってきた。蜘蛛さえも愛おしく思う。


昔、母から、朝、目の前にすーっと蜘蛛が現れると、珍しいお客様が訪れると、夜の

蜘蛛は不吉だとも聞いたことがあり、どうも蜘蛛は苦手でした。


娘がなくなってから、よく蜘蛛が現れます。

先日も掃除機をかけながら、 むしょうに涙が溢れ、涙が一滴床に落ち、その横には蜘蛛がじっとしていた。シャクナゲの大輪が美しく咲いていたとき、「麗ちゃん、きれいでしょう!」と言いながら、娘の写真に添えました。何気なくお花に目をやると、花瓶の前にじっと身動きせぬ蜘蛛がいました。私が泣いている時や、娘の事を想っているときには、必ず蜘蛛がいる。不思議である。そのことを息子のお嫁さんに話してみると、「蜘蛛は神様のおつかいだと聞きましたよ。」と、なんとも不思議に思います。


先だって、義母の一言が私の胸を強く痛めました。

「麗ちゃんは親孝行もせずに逝ってしまって・・・」と、 親孝行もせずにとはとんでもない! 私は35年間娘と共に歩んで、娘からどれだけ多くの事を気付かされ、学んだことかしれません。もちろん、楽しいことばかりではありませんでした。

神様から授かった娘を育てさせて頂き、有り難く、心から感謝の念でいっぱいです。ただ一つ、欲を言えば、娘の花嫁姿が見たかっただけです。


何も、死にたくて死んだわけではありません。生きたくとも生きられなっかった娘の無念さを思うと、やり切れない思いです。最愛の娘を亡くした親にしか解らぬ苦しみです。


娘は哀しみだけを遺していったとは思いたくはないのです。哀しみは一生消え去ることはないですが、この試練を乗り越えるべき学びがあるはずです。その答えを一生かけて探し続けていこうと思います。


娘は私達家族にとって、今も、大きな、大きな存在として生き続けているのですから。


娘には、バラより、紫陽花がよく似合うと思います。



               母