2年前の12月16日、最愛の娘は永遠に私共のもとを去りました。
今でも、当時の様子は鮮明に私の脳裏から消え去ることはありません。時が経つに連れて、心の傷は深まるばかりで癒えることなどありません。当時は、悪夢でも見ているような気がし、現実として受け入れることはできませんでした。
娘はこの世に居ないという現実は消え去るわけでもなく、もとに戻ることもなく、悲嘆を背負って生きてゆかねばならない。明日など来なければよいと何度思ったことか、でも、又朝がやって来る。喪失の哀しみとはこんなにも私のすべてを奪っていくとは思いもよらぬことでした。
娘の存在が私の生きる喜びでもあり、最愛の娘の死は、どのような言葉に導かれようと、娘に会えるまで自分自身とどのように向き合い、折り合っていけばよいのだろうか。悲嘆を治す薬などないのですから。
家中何処へ行っても、娘の生活の跡に囲まれているからだろうか、ならば、すべてダンボールに封印しようとも思うが、この家での楽しかった想い出までも閉ざしてしまうようで、それさえもできない自分が居る。全く、進歩のない、愚かな母である。
朝からたくさんのお花に囲まれた娘の写真、いつもは伏せて見ることのできない写真と今日だけは向き合い、たくさんの想い出が涙と共に去来しました。
午後からお墓参りに行き、真新しいお塔婆が物悲しい音を立て、揺れておりました。
どなたでしょうか、ここでもたくさんのお花を手向けて下さいまして有難うございました。
2年の歳月が経っても、たくさんの方々が娘を忘れずにお心に留めて下さいましたことに、私共家族は感謝の気持ちでいっぱいになり胸が厚くなりました。心からお礼申し上げます。
母



