娘への想い |  麗音

 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。

庭のミズキも赤い実を付け、葉も色づき始め、あちこちで秋を感じるようになりました。


娘が世を去り、早2年を迎えようとしています。


私にとっては、あっという間の2年です。毎日、娘の事が脳裏を離れず、日を追って、

寂しさが増してきます。日常その時々、何気なく交わした会話でさえも想い出されます。


駅前には、もうクリスマス・イルミネーションの設営が行われています。かつて、娘と二人で眺め、「何だか、センスないわねー・・・・・」 と語り合ったあのイルミネーション、2008年はとうとう見ることはできず、旅立ってしまいました。


今年も、あの時と同じように、又、輝くのであろうあのイルミネーション・・・・・。哀しく、切なく、私には見ることはできない。去年と同じように。


悲嘆からどのように再生の道を見出したらよいのか、未だにもがいている私。

そんな折、J大学にて、「愛する人をなくすということ」 と題して、「悲嘆」について学ぶ(グリーフケアー)公開講座に通い始めました。


 ・グリーフは誰かを愛したことに対して払う代償 (J..アーチャー)

 ・今ある悲しみはかつて幸せだったことの証 (C.S.ルイス)

 ・グリーフを避けるための唯一の方法、それは生涯、誰も愛さずに生きること

  (R.A.ニーメヤー)  


かつて、娘が大学時代に、J大学のクラブ、管弦楽団に所属し、4年間足しげく通った大学である。今、私は娘が歩いた同じ道を歩いている。最愛の娘を亡くし、悲嘆を学ぶ為に・・・・・。


12回の講義で、私はそこから得た学びを、次へと生かせることができるであろうか。


 

  我ひとり 娘来た道 たどりつつ 心寂しく 想いで探す



                                母