桜の木の周辺はほのかにピンク色に染まっているようです。
去年の私は、散りゆく桜に娘への想いを重ねていたように思います。
最愛の娘が私共のもとを旅立って一年が過ぎ、たとえようもない寂しさが波のように押し寄せます。
家中の何処にでもある娘の生活の跡、一歩外へ出たとて、ふとした光景からも娘との想い出が甦ります。
先日も、娘とよく一緒に歩いた通りはミモザが咲き乱れていました。 あまりの綺麗さに、娘が勝手に
”ミモザ通り” と名付けた通りを歩いてみました。 でも、私の横に居るはずの娘は居ないのです。
切なく、口惜しく、未だに生きていてくれたらと涙します。 助けてあげられなくてごめんなさい。
許してと、胸塞がるばかりです。
三十代の若さで、輝く未来へ羽ばたこうとした矢先、未来への可能性を絶たれ、旅立たせてしまい、
どんなに考えても可哀そうで、何故この娘なのと、諦めきれない、残念、無念の思いは尽きません。
先日、私が入会しております “子を亡くした人の分かち合いの会” でお世話になっております方
からお手紙とともに、詩が同封されておりました。
“神様から授かりし子”
しばし、我が子をあなた方に預けようと神は言われた。
この子の生きる間、愛してくれるように。
この子が世を去るときは嘆いてくれるように。
それは、6、7年、あるいは22,23年かもしれぬ、
どうか、私がこの子を呼び戻すまで、私の代わりに、面倒を見てほしい。
この子はあなた方を喜ばせるように、魅力をもっていくだろう。
万一この子がほんのわずかだけ、あなた方のもとにとどまるとしても、
悲しみをなぐさめるものとして、愛らしい想い出が残るだろう。
私はこの子がこの世に留まると約束することはできない、
地上のすべてのものは私のもとに帰らなければならないゆえに。
地上で学ぶべき教訓は多い。
私はこの子に学んでほしいと思う。
私は、この広い世界をくまなく見まわし、真の教える者を探し求めてきた。
そして数多い人々の中からあなた方二人を選んだのだ。
さて、あなた方は、この子に愛情を注いでくれるだろうか、骨折ることを苦ともせずに、
そして、私がこの子を呼び戻して、
再び天に連れていく時私を憎まずにいてくれるだろうか。
私は二人がこう答えてくれたと思った。
”天にまします我らが神よ、あなたのご意思は果たされました”
あなたの授けてくださった子がもってきてくれた喜びにもかかわらず、
哀しみは大きいものです。
私たちは、この子をやさしく庇護します。
許される限りこの子を愛しましょう。
いつまでもこの子が共に暮らしたことで得た喜びのために。
たとえ、天使が私たちが考えていたより
はるかに早く、この子を呼び戻すことがあっても
私たちは、勇気をもって、来るべき悲しみに耐え、
理解するように努めましょう。
溢れる涙を拭きながら、何度も、何度も読み返しました。
麗は、神様から授かりし子だったのでしょうか。
麗ちゃん、私はあなたからたくさんのことを学びました。
麗ちゃん、お母さんの子供で有難う。 今一度会いたい。 夢でもいいから会わせて欲しいと願います。
母