若かりしOL時代。エレベータで「開」のボタンを押しながら
「どうぞ」
とにこやかに後ろの人を先に通す人。礼儀正しくかっこよさそうです。真似しなくては。

 で、私が同じように「開」のボタンを押しながら
「どうぞ」
とにこやかに言っても先に降りてもらえません。
「どうぞどうぞ」
と譲られ、結局私が先に出てしまいます。どうしてよ。年上の男性だと降りてくれることもありますが、女性は必ず
「お先にどうぞ」
と言って、私が開ボタンを押していても降りようとしません。私が言われた時は
「ありがとうございます」
と会釈して降りるのに、私が言ってもなぜ降りてくれないのでしょうか。だんだんエレベータに乗る時神経質になります。

 もしかしたらエレベータで
「お先にどうぞ」
と言われてすぐ出るのはマナー違反だったのでしょうか。
 そこで、
「お先にどうぞ」
と言われても、私も
「どうぞお先に」
と譲ってみることにしました。しかし延々と譲り合いが繰り返されるだけで、またも私が根負けして降りてしまします。悔しさと憎しみで充満してきます。

 ついにある日、同じやり取りの末
「どうして降りてくれないんですか」
と震えながら声を荒げてしまいました。相手はびっくりして降りてくれましたが、またやっちまった。スマートで気のつく人でも何でもないじゃんか。自己嫌悪です。
 みんななぜあんなに自然に気のつく人を演じられるのでしょう。私がエレベータガールになったつもりでも外から見ると挙動不審だったのでしょうか。

 今はエレベータのマナーが出来上がっていて譲り合いの光景も見かけません。私が開ボタンを押している間
「ありがとうございます」
と言いながら降りてくれる人を見るとほっとします。どうか、私を拒否しないで下さい。

 

 

 4月5日の記事。エレベータマナーはここ最近のものなのでしょうか。レイチさんが初登場。

「今回のエントリや先日の『ストレス解消』の話には、定型発達者がアスペルガー症候群を理解するうえで、非常に重要なヒント、キーワードが散りばめられてるように思います。定型発達者がどうやって『普通』という感覚や物事の『あいまいさ』を理解してるのか、その方法論をなんとか教えてあげられれば、chargeupさんが抱いてる疑問のいくつかは解けたりするのかもしれませんね」

さすが、最初から鋭いです。

 おかげさまでだいぶ裏読みの仕方を覚えたのですが、言葉通りに受け取っていい場合と、二重三重の裏が想定できることがあるので、考えていると自分が人の言葉の裏を勘ぐってばかりいるいやしい人間のようです。ここを乗り越えてこそ、きっとあの謎の素粒子に近づけます。みんなそうしているのですから。

 またYahooの過去記事にたどりつけないので、アメブロのトラックバックステーション に今週も参加。(ネタがない時便利ね)今回のお題は、「何歳まで生きたい?」

 私の家族は私は100歳まで生きると言い張るのですが、それまでには年金が破綻して路頭に迷っていそうです。親や兄弟はともかく、弟の子どもや孫は私の面倒などみたくないでしょう。

 

 生きていても世間に迷惑をかけるばかりだし、幸せになりたいなどと小さな希望を抱けば

「甘えている」

と怒られてしまうこのご時世、あまり長生きしない方がよさそうです。世の中から邪魔にされながらも、50歳くらいなら飢え死にせずに生きていけるでしょうか。でもその年齢になったら長生きしたくなっているかも知れません。真面目な話、老後はめちゃ不安です。

 先日トラバ受けた記事のタイトル「相貌認知」を検索したら、ウィリアムズ症候群というめずらしい発達障碍の名称に出会いました。

・知能は全般的に低いが言語能力が非常に高いので、そうは見えない
・空間認知の能力が低い
・聴覚認知の能力が高い
・相貌認知の能力が高い
・社交的

 自閉症の逆、という書き方をするサイトもありました。自閉症は視覚優位で、聴覚認知や音声コミュニケーションが苦手です。ウィリアムズ症候群は聴覚優位で会話も得意、視覚認知は苦手ですが相貌認知は得意。
 日本では2万人に1人だそうです。アスペルガー症候群も知られていませんが、300人に1人くらいですから、ウィリアムズ症候群は比較にならないくらいまれです。
 「脳」関係の書籍が流行っているようですが、こういった一部脳機能の障碍によって起こる困難な現象は、脳のメカニズムの不思議さを考えさせられます。

 しまった、相貌認知について調べたかったのに、すっかり忘れています。相貌認知は人の顔を見分ける能力(でいいと思うのですが)だから視覚の分野に入りそうですが、視覚優位の自閉症よりも聴覚優位のウィリアムズ症候群が高いというのも不思議な感じがします。

 

 

 7月25日の記事。突如とんでいるのは、「そっくり人間 」にトラバをいただいて、それとの関連で書いた記事だからです。あまり関連していませんが。

 ウィリアムズ症候群、きっと私より賢そうで魅力的な人たちなのでしょう。関連書籍としてオレンジさんが紹介して下さった「子どもはことばをからだで覚える」(中公新書)を昨日やっと買いました。これについてもまた記事にしてみたいと思っています。

 自閉症のうち知的障害のないタイプを高機能自閉症、そのうち幼児期の言葉の遅れのないタイプをアスペルガー症候群という、と主治医には教わりました。つまり

 アスペルガー症候群⊃高機能自閉症⊃自閉症

となります。

 しかし専門書や論文によっては、自閉症を狭く定義し、アスペルガー症候群を自閉症と共通部分の多い、同じ自閉圏に属する障碍のひとつとする分類方法をとっています。(解釈ではなく分類方法の違いです)
 ポイントはAS特有の運動能力の低さです。以前書いたように、自閉症だから運動能力が低いわけではなく、知能の高さや言葉の遅れがないことだけでは説明がつかない、という考え方です。
 そこで、自閉症の定義に一定の言葉の遅れがあることを加え、アスペルガー症候群は別に考えましょうということですね。
 ふーん、高機能自閉症ちゃんとはお友達だと思っていたのに。せっかく自分の中にこの障害に対する自我や所属意識が芽生えてきたのに、アスペルガーは別、と言われると寂しいものがあります。

 高機能自閉症と自閉症の区別はIQ70のラインですが、70と69にいかほどの差があるでしょうか。アスペルガー症候群と高機能自閉症の差が幼児期の言葉の遅れだけなら、成長して診断が変わるということはあり得ないはずです。非常に知能が高い(どこからをそう呼ぶのかわかりませんが)層や、成長後相当の言語操作能力を獲得している場合、アスペルガー症候群に分類されることがあるようです。(私は医者ではないので断定はできません)
 実際のアスペルガー症候群と高機能自閉症の人に会った最初の印象はかなり違って見えると私は感じていますが、一般化できることとは限りません。
 アスペルガー症候群に一見コミュニケーションの問題がないように見えるのは、自閉の度合いが軽いからではなく、自閉を補ってあまりあるスピードで言葉を記憶しているからかも知れません。言葉の獲得の早さが知能からきているのか、あるいは別な理由があるのか。私は自分の内部のことしかわかりません。

 現在は、最初に提示したような、自閉症とひとつながりであるとする分類が主流です。

 

 

 4月3日の記事。分類好きなので、どちらの考え方にも興味はあります。その融合説(高機能自閉症の特殊タイプと、その流れとは別の人と両方いる)もあります。

 まだ読んでいる文庫本のシリーズ「自閉症だったわたしへ3」に、自分たちはコミュニケーション障害がある、と説明する下りがあります。
 コミュニケーション障害とは、素敵な言葉です。アスペルガー症候群よりきれいです。アスペルガーは人名ですが、ドッペルゲンガーの親戚みたいです。「症候群」もあまり深刻でない印象を与えるのは、「結婚しないかも知れない症候群」(懐かしい)などの影響でしょう。だから医者が適当につけた診断名みたいに取られるのです。(しつこいってば)

 問題をコミュニケーションだけに限定すると誤解を招きそうです。「コミュニケーションが苦手なのはみんな同じだ」という人がぞろぞろ出てきそうで、このネーミングが一番いいとは思いません。
 しかし「人名+症候群」は理解を拒むかのようなネーミングです。統合失調症が疾患名を変える時の候補にもこの形がありました。誤解は招きませんね。ただの記号で、全然意味がわかりませんから。
 アスペルガー症候群に比べると高機能自閉症はわかりやすい名前ですが、アスペルガー症候群を別に分類するのには理由がありそうです。
 アスペルガー症候群と高機能自閉症については、次の記事で。

 

 

 4月2日の記事。コミュニケーション障害、個人的にはお気に入りです。