昨日の「子供って汚い」で、小学校の先生は子供を純粋で汚れないと思いすぎていると書きました。
 いじめ自体は中学の方がひどかったのですが、中学の先生は小学校の先生に比べ、生徒を服装や学業成績で判断する傾向にありました。
 
 一般的にはこれはよくないことのように言われますが、私には幸いでした。いじめの加害者になるような中学生は、だいたい服装や髪型が校則違反で、成績もよくありませんでした。服装の乱れは心の乱れなどと申しますが、私は服装を乱すにはあまりにもセンスが乱れすぎでした。
 
 成績さえよければ先生は大事にしてくれる、というのはわかりやすい論理でした。

成績のよい生徒はレベルの高い高校に合格する→担任の株が上がる(査定に影響する)

と親戚が話題にしておりました。いじめっ子が私の自宅に
「警察の者ですが」
とイタ電をかけ、それを親でなく親戚のおばさんが取ってえらい騒ぎになったからです。
 
 そう考えると小学校のいじめの方が知能犯です。私の経験の範囲内での話ですが、中学で成績がよくて先生の受けもよくて陰で弱いものいじめをする、なんていう人はいませんでした。漫画のキャラにはいましたが。
 
 こういうことはリアルで言っても差別的に受け取られるのでそうなんだろうと思いますが、少なくとも私には救いでした。それがなかったら不登校になっていたかも知れません。
 見えない何かがうごめいて、いつの間にか陥れられる小学校や社会人時代よりも、成績がよければ信じてもらえるというのは、はるかにわかりやすい世界観だったのです。

 

 

 2月24日の記事。中学生というのは、発達段階を考えると不思議な年代です。小学生並(いろんな意味で)からほぼ大人、という子まで様々です。

 子供というのは道徳よりも思いやりよりも先に、嘘をつくことと人になすりつけることを覚えますね。小学校の先生は子供を本来的に純粋で優しい、汚れない生き物だと思っています。そういう人が小学校教師という職業を選ぶのでしょうか。
 中学、高校の先生は暴力や恐喝の存在を知っているようですが、小学校の先生にかかるとほとんど子供同士の悪ふざけの範ちゅうに入る気がします。
 
 小学5、6年生になると、同級生によく恐喝されました。毎日理由をつけて金を持ってこいと言われましたが、私はどんなにぶたれても1度も持って行きませんでした。
「明日こそ持って来なさいよ。約束だよ。持って来なかったら取りに行かせるからね」
それでも持って行かなかったら、昼休みに家に取りに行かされました。
 家に帰って母にそう言うと、母は私と一緒に小学校に行って、担任に話しました。担任は恐喝した同級生たちを呼んで事情を聞きました。
「冗談で、ふざけて言っただけなのに、本気にするなんて思いませんでした」
彼らは一様に戸惑った顔でそう言いました。
「もし、本当にお金を持って来たらどうするつもりだったの」
先生は聞きました。
「受け取らないつもりでした」
即答した言葉に先生は神妙にうなずきました。
「chargeupさんはすぐ本気にする人だから、冗談でもそんなこと言わないようにしようね」
毎日しつこく、どつかれながら脅されたのに、持って来たら受け取ったに決まっているのに、そんなことをいくら言っても
「悪ふざけを本気にしただけ」「お友達をそんな風に決めつけてはだめ」
としか受け取ってもらえません。
 
 殴られた、ぶたれたと言っても
「chargeupさんだって私をぶったよ」
で終わりです。囲まれて集団で殴られたらそれは抵抗します。しかし私には抵抗することすら許されません。
「人にぶたれたからと言って人をぶってもいい訳ではないのよ」
と優しく諭されます。小学校の先生というのははなぜあんな嘘を簡単に信用するのでしょう。その後
「先生に言いつけるなんて、卑怯者」
「約束破った(金を持ってくるという一方的な約束のこと)くせに」
「○○ちゃんの気持ちにもなってみなさいよ」
とボコボコにされたのは言うまでもありません。ただお金を要求されることはなくなりました。
 
 小学校の卒業文集の表紙の裏に担任が一人ずつにメッセージを書いたのですが、私のもらった言葉。
「思いやりを持てる人になって欲しい。誰にでも、明るく、優しく、親切に接する、それができれば、いじめる人なんていなくなるんじゃないかな」
私に思いやりがないってこと? 
恐喝した子たち、毎日私をぶった子たちの方が思いやりがないに決まっているじゃない。
何かしてあげることが思いやりなの? 
まず人をぶたないとか強迫しないとか人の物を取らないとか、そういうことではないの? 
どうして? どうして? 私がどんな悪いことをしたの?
 
 自分の見ている世界と他人から見た世界が違う風景であることを知ったのは、20年以上後のことでした。

 

 

 1月21日の記事。小学校というのは治外法権です。大人の社会だったらいきなり人を殴るようなことは許されないのに、

「おはよう」

と共にバシ、ボカが当たり前の世界で、それを微笑ましいみたいに思われています。

 思いやりというのも、殴らないとかそういうことではなく、何かしてあげて

「私って思いやりがあるでしょう」

と示すことを意味するようです。少なくとも子供社会では。みんな小さいうちからいろんなこと考えているものです。

 人は5~6歳から空気読み始めるそうですが、価値観が多様化するほど空気読む能力が必要とされるとかで、コメント欄で話題になった記事 がありました。

 新作です。初めての方向けに、私の主たる造語の初登場記事にリンク張ります。「説教族」の初登場記事は本当は「説教する人の言語体系」のコメント欄なのですが、概念の初登場ということです。コメント欄もごらん下さい。

 

説教族      説教したがる人々

善語・悪語    説教する人の言語体系

自己PR語    パーティドレスを買うべきか

指令脳・動作脳 片付けられる女

 アスペルガー症候群は、知的障害と言葉の遅れのないタイプの自閉症です。

 外見上は普通ですが、人の表情や仕草、言葉のニュアンスから感情を読み取ることができません。婉曲表現や言葉の裏も理解できず、全てストレートに受け取ります。特に感情を表す言葉は、自分の感情や経験から理解しているため、健常者の感覚とは微妙なズレがあります。
 状況に合う言葉を選択できない、発話のタイミングが悪いなど、コミュニケーションに障害があります。普通の人が簡単にできることでも、どんなに努力してもできないことがいくつかあります。詳細は本文をお読み下さい。

 私自身も自分が診断されるまでこの障害の存在を知りませんでした。診断を受けたその日に、自分の気持ちを整理するためにブログを開設しました。今は、多くの方にこの障害のことを知っていただきたくてブログを続けています。どうか少しでも読んでいって下さい。

 コメントはとてもうれしいですが、下記のことを意味するコメントは控えて下さい。
「誰でも辛いことや苦しいことはたくさんある。あなただけではない」
今上記の言葉にとてもナーバスになっています。申し訳ございませんがご協力よろしくお願いします。

 なお、リンクはフリーです。特に連絡も必要ありません。

 

 

 2005年3月31日の記事。これはYahooでの注意書きのようなもので、写していなかったのですが、新しく来た人がわかりにくいなと思ったので写すことにします。1年前のですがないよりまし、くらいですか。

「誰でも辛いことは・・・」

なんてコメントもう誰もしないし。この後いろいろ変化がありまして、コメントにはさらにナーバスになっております。

 以前「すべらか 」で紹介した「1日10分の反復でIQアップ!!活脳読み書きドリル」(日之出出版)はまだ続けています。毎日やっても終わるまで3ヶ月かかります。頭よくなるでしょうか。初詣で祈ったことは
「頭よくなりますように」
でした。いろんな意味で。

 このドリルには計算ドリルもあってそちらもやっていますが、こんな問題がありました。
「ひろしさんとおばあさんの年齢を足すと87歳で、2人の年齢差は39歳です。ひろしさんは何歳ですか」
これは祖母という意味のおばあさんでしょうか。だとしたら年齢近すぎませんか。ひろしママはヤンママ? 様々な妄想をかきたてます。このおばあさんは(計算すると)63歳なんですが、今時この年齢の女性が孫でもない人におばあさんと言われたらすごく怒ると思います。

 漢字ドリルに戻りますが、漢字を部分に分けたものを示して、それでひとつの漢字を作りなさいという問題がありました。
 さて。ぬぬぬ、全然わかりません。私は部分から全体を推測できないのです。(参照:パズルのピース
 ツ 甲 弓 一
これでできるひとつの漢字。わかりますか。相手はジグソーパズルではありません。漢字です。突破口はあるはずです。こういう時は、いろんな漢字を思い出してその中から偶然見つけるのです。
 ツ→愛 甲→鴨 弓→弘 一→形
想像力が貧困です。ひろしとおばあさんはショートストーリー3つ分くらいの妄想をしましたのに。

 部分から全体を推測できないことをカバーするために、いろんな「全体」を脳内に抱えておいて、その中から近いものを探す、という手法は昔から使っていました。学校の勉強なら何とかなります(↑なってないぞ)が、会社の仕事のような正解のない場では使えません。
 過去の経験に強引に当てはめるとミスしまくり現象の元です。カセットテープに重ねどりしても前の音が消えずに新しい音と重なってそのまま聞こえてくるようなものです。その都度新しいテープを使わないといけません。

 30分くらい考えましたがわかりませんでした。答は「弾」でした。

 

 

 1月18日の記事。作者様からコメントがついてびっくりです。(いつものように)下らないコメントを交わしているのに。それを励みに、まだドリルは続けています。