深い悲しみや苦しみを経験すると、自分だけが不幸のど真ん中にいるような感覚に陥る。
隣の芝が青く見えてしまう。なぜ私だけこんな目に?なんて思ったり。
こんな時に、人のSNSを見るのは危険!とにかくみんなが幸せに見えてしまったりするのだ。
本当は芝が青いままの人生を歩んでいる人なんてほとんどいなくって、きっと皆それぞれ色んなものを抱えて生きている。それはわかっているんだけど。
それでも本当に深い悲しみや苦しみの渦中にいるとき、幸せそうな人と自分の今を比べ、ますますネガティブな方向に思考が突っ走ってしまう。
そこから救いあげてくれるのは、同じような経験をした人の「存在そのもの」だと最近強くおもう。
励ましや慰めがうれしくないわけでも有り難くないわけでもない。
けれど、残念ながら「私もあなたと同じ場所にいるよ」とか「いたよ」っていう存在そのものにはかなわないのだ。救われ度合いが凄まじくちがう。
私もいつか誰かの「同じ場所にいた存在そのもの」になりたい。
その時のために、私って存在を自分自身が大切にしてあげたいとおもう。


