統一教会が日本人に自虐史観を植えつけるために使用した「柳寛順」の映画 | ちゃぬの裏韓国日記

ちゃぬの裏韓国日記

カルト統一教会と世界支配層との関係をあばく
(統一教会=世界平和統一家庭連合)

私は1980年代、新生トレーニングのとき、この「柳寛順」の映画を見せられました。
元信者の皆さんも見られた方は多いのではないでしょうか。

(信者と思われる方がUPしていました)

そしてこの映画を見た感想は、「日本は韓国になんて悪いことをしたのだろう、罪のない16歳の少女の手足を切断して殺すなんて・・・」でした。
実は柳寛順の手足は切断などされていなかったのですが。
まんまと統一教会の反日工作に引っかかりました(^^;




柳寛順の四肢切断(六切り)のウソ話を文教祖は何度も何度も日本人に説教で語っていました。
(参照:柳寛順の四肢は切断されていなかったが今まで文教祖は日本人が手足を切り落としたと何度も信者に語った
文教祖の話が嘘だった証拠に、最近、韓国の教科書から柳寛順の記述が削除され出した

霊界と地上を自由に行き来できると豪語していた文教祖ですが、実は韓国の反日歴史学者の話をそのまま伝えただけというお粗末さ。
意図的に日本人を反日・自虐洗脳し、韓国に対して贖罪意識を植え付けようとしていた文教祖にとっては柳寛順は格好の材料だったわけです。

『日本の伝統的エバ国精神は、堕落しない十六歳期に本人の伝統を失ってしまいました。柳寛順精神を独立運動を主張するために対象点として立てたのは、本国の韓国の実際のエバ復活体と同じです。体を六つに切断されても完全に示していった伝統精神を、日本に接ぎ木するのです。』
(6500双特別集会のみ言葉 1992年5月8日)

『柳寛順を知っていますか? 彼女は、十六歳の身の上で体を六つに切断されながら、万歳を叫ぶことをためらわなかったのです。その柳寛順のように、独立記念館に先生の名前が入るのです。』
(「七・八節」(天地父母天宙安息圏宣布)のみ言葉 1997年8月9日 韓国)

『柳寛順が日本の警察たちに六切りにされて殺されたのに・・・』
(三時代大転換四位基台の入籍統一祝福式のみ言葉 2000年9月26日 韓国・清平修練所)

『柳寛順が日本の警官たちによって六つにちぎられて死んだのに・・・』
(三時代大転換四位基台の入籍統一祝福式のみ言葉 2000年9月26日)

『日本人、これは(柳寛順を)六つに裂いて殺した怨讐の中の怨讐です』
(「文鮮明先生御言選集」317巻より)

『十六才になる(柳寛順の)処女の体を六等分して切断して殺し・・・』
(「文鮮明先生御言選集」321巻より)

『怨讐たち(※日本人)は切り身にして、柳寛順のように首を切って体を六切りにして殺すんです!』
(「文鮮明先生御言選集」330巻より)

『16歳になる柳寛順が日本政府によって六切りになって死にました。(日本は)本物の悪魔でしょう?』
(「文鮮明先生御言選集」355巻より)

『何?柳寛順を六つに切断して殺した以上に、切断して殺しても恨(ハン)が解けないはずなのに・・・』
(「文鮮明先生御言選集」468巻より)

『一太刀で首を十二に切断して、柳寛順を六切りに殺しただろう?』
(「文鮮明先生御言選集」459巻より)

『柳寛順を頭から六切りに切断したように・・・』
(「文鮮明先生御言選集」447巻より)


しかし韓国でも文教祖のいっていた「柳寛順は四肢切断(六切り)された」という内容を修正する記事が出てきました。

『・・・天安(チョンアン)大にある柳寛順研究所の客員研究員でもある任さんは「柳寛順に関連した内容が、1945年8月15日の解放以後、植民地時代に日本が行った蛮行を糾弾するという意味合いから、誇張され過ぎてしまった感がある」と主張する。
・・・ 「梨花学堂時代、柳寛順の級友だったポガック(99、僧侶)さんの証言によると、死亡して20日余り過ぎた後、柳寛順の死体を受け取ったそうです。その時、死体は腐っていましたが、四肢は切断されてはいなかったという話です」。
任さんは「柳寛順への盲目的な思い込みから、こうしたいい加減な事実が広まり、子供向けの伝記にまで掲載された」とし、「今は、冷静になって史実を確認すべきだ」と話した。』

((中央日報日本語版)「柳寛順への日本の蛮行、誇張多い」)
(全文)http://japanese.joins.com/article/426/24426.html

『柳寛順の死装束を着せた欧米人教師ミス・ワルターの証言では
「1959年私が韓国を訪問した時、
迎えにきた人々にインタビューを求められた。
その時私は彼女の遺体は切断されていなかったことをはっきり証言した。
私はきれいに保管された彼女の体に服を着せたのだ」』

http://star.ap.teacup.com/shokuniku/2632.html

上記の柳寛順の映画の中でも欧米人の宣教師が柳寛順の遺体を引き取りに来ている場面が出てきます。
この映画の中でも
日本人警察官は「病死しました」と答えています。
柳寛順の学友も「病死」と証言して一致しています。
遺体に死装束を着せた宣教師も「遺体はきれいだった」と証言しています。
しかしその内容を歪曲捏造するために、韓国語の映画に意図的にわざわざ下記のような日本語の字幕場面を挿入したと思われます。
(統一教会が反日洗脳目的でテロップを入れたと推測)

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「こうして学校側に引渡された柳寛順の遺体は、見るも無残で、何と、頭、体身、四肢の六つに切断され、もちろん鼻、耳、髪、爪がひき抜かれていた。
全身、傷のない所は一箇所もなかったという。」
「・・・連日続けられた拷問と栄養失調で、1920年10月12日、彼女はついに息絶えてしまったのである。」

(成律子 著「朝鮮史の女たち」より)
***********










韓国の反日理由を、崔碩栄 著『韓国人が書いた韓国が「反日国家」である本当の理由』を引用したブログ記事がわかりやすく説明してくださっていました。
http://star.ap.teacup.com/shokuniku/2632.html


(以下引用)
このブログでもたびたび触れているように
慰安婦問題での世界中のいいふらし、
「東海」表記の外国での強制、
ハルビン駅での安重根記念館の設置と、
日本をおとしめるために狂奔する
韓国の姿は、
私から見ると、
やはやビョーキとしか思えないが、
その根本にある「病理」を解説したのが、
この本。

題名に「韓国人が書いた」と付いているように、
日本人ではなく、
韓国内部の人間が書いた、という点がポイントだ。

著者の崔碩栄(チェ・ソギョン)氏は
1972年ソウル生まれ。
韓国の大学で日本学を専攻し、
1999年渡日し、大学に。
2009年韓国へ帰国し、
著作活動を開始。
現在、フリーライターとして活躍している。

ネイティブではないのに、
すごい日本語能力を持ち、
分析力もあり、
相当優秀な人材だと思われる。

この本の著述意図は、
「はじめに」で明確に語られている。

日本に10年間滞在し、
長年韓国で培われた「常識」が
一夜で「非常識」になるような経験をする。
その違いを多くの資料と情報で確かめたところ、
「当たり前」だと思っていたことの中に、
数多くの間違いと矛盾が見つかった。
韓国の教科書、新聞、TV、政府の発表から
次々に出て来る間違いと矛盾に当惑する。
それを韓国人の友人に話すと、
その話を信じてくれなかった。
著者は彼らの認識を変えることが不可能に近いことだと気づく。
そして、こう書く。

韓国人はなぜこのような認識を持つようになったのか、
という単純な好奇心から私の作業が始まった。
資料を調べたり、
韓国社会を客観的に観察したりするうち気付いたのは、
韓国社会で生まれ、育った人は
自然に「反日型人間」になるように仕組まれた社会構造、
つまり、「反日システム」が形成されているということである。
限られた情報だけを提供する人々、
そして、それを利用する人々が構築、運営する
「反日システム」の中では、
日本は「悪い国」にほかならない。
もしかしたら、「反日システム」が教え込むように
日本は実際「悪い国」かもしれない。
しかし、そう判断するのは
自分の目で日本を見て、
自分で経験してからでも
遅くないのではないだろうか。
他人が、テレビが、
先生が教える情報には
伝達者の「意図」が含まれる可能性が高いからだ。
私はそう考え、
「反日システム」について、
さまざまな角度から検証を進めていった。
すると、その中から、
なぜ、韓国人は日本に対して
これほどまで過剰に反応するのか、
「反日」を国是として
掲げているような言動を取るのか。
その理由が見えてきた。
それをまとめたのが本書である。


こうして、7つの章から構成する。

第1章 韓国の高校生が見ている世界
第2章 反日教育の実態
第3章 韓国歴代政権の「反日」と反日主義の構築
第4章 反日で得する人々
第5章 韓国が認めたくない日本の姿
第6章 韓国が反日国家でなくなるために
第7章 日本社会への提言


特に、第2章 反日教育の実態 がすさまじい。

マスコミによる不正確な情報発信が危険であることはいうまでもないが、
それよりも恐ろしいことがある。
それは「教育」によって
幼い頃から頭の中に刻み込まれる知識である。
大人になってから目にするニュースは
自分で選択することもできるが、
子供の頃から学校で聞かされるないようは
一方的な入力であり、
自己修正することも、
懐疑的に考えることも難しいからだ。


そして、二人の抗日運動をした人物の偉人伝に触れる。
そのうち、柳寛順について触れよう。
柳寛順は、1919年3月1日に起きた
万歳運動の先頭に立った10代の女子生徒で、
「韓国のジャンヌ・ダルク」と呼ばれている。
捕らわれ、刑務所の中で死亡した。
その際、柳寛順は拷問され、
遺体が6つの分断されていたのだという。
しかし、拷問を受けたことも
遺体が切断されたとの証拠は存在しない。
いつの間にか「都市伝説」のように伝承されたのである。

これについては、
遺体を引き取り、死装束を着せた欧米人教師ミス・ワルターの証言がある。
「1959年私が韓国を訪問した時、
迎えにきた人々にインタビューを求められた。
その時私は彼女の遺体は切断されていなかったことをはっきり証言した。
私はきれいに保管された彼女の体に服を着せたのだ」


これに対して、当時の新聞は、こう書く。
「これに対する倭奴たちの復讐は、
少女の肉体を
6つに切断し、
石油缶に入れたことだった」
「学校に戻って
遺体の入った箱を開けてみて
皆仰天した。
遺体は複数に切られていて
全身は傷だらけだった」


そして、数々の柳寛順伝が、このように描写する。
「看守たちは寛順姉さんを拷問室に連れて行った。
棒で殴り、足で蹴り、
気絶すると水をかけ再び殴り始める。
数日後、お姉さんは
血だらけになって監房に戻ってきた」
「看守長は柳寛順を廊下に連れ出し、
鞭を振り下ろしました。
肉が飛び散り、骨が見えた。
気絶すると監房に投げ込みました。
それでも足りなかったのか
取調室に連れていき拷問を加えました」
「日本人看守たちは柳寛順を連れ出し、
足で蹴りながら暴言を浴びせました。
逆さ吊りにして水をかけ、
膀胱が破裂するまで殴り、飢えさせました。
また、地下の独房に監禁しました。
槍で刺された傷はだんだんひどくなりました。
そして、拷問で破裂した膀胱のせいで
体が腐っていったのです」


「講釈師、見て来たような嘘を言い」というが、
この筆者たちは、
どこでこの惨状を見ていたのであろうか。
見てもいないものを
勝手に創作して、
子供たちに伝えるのは、いけないことではないのか。
しかも、直接の証言では
「きれいに保管された体」と言っているのに。

子供に「歴史」を教えるのはいいが
嘘を教えてはいけない。
そして、嫌悪、嫉妬、憎しみ、差別の感情を教えてはいけない。
子供のとき頭に入った感情は
大人になっても影響を及ぼすからだ。


筆者は、反日の理由として、
日韓併合と朝鮮統治があるが、
現在韓国社会に広がっている反日感情は
単純に「過去」だけでは説明しきれない部分が多い、
と指摘する。
過去が原因であれば、
今より終戦直後の方がもっと強かったはずだ、と。
そして、後になればなるほど
反日感情が強くなっている事実を指摘する。

日本と韓国の多様な資料に接した結果、
気付いたことがある。
それは、
①現在見られる韓国の反日感情は
 「過去」に起因するものではない、
②韓国社会には社会的「システム」として
 反日感情を生産、維持する装置がある、
③その「システム」の中に生まれ、育った人々は
 自分が限られた情報と報道しか見ていないことを認知できない
ということである。


そして、歴代大統領が
自分の政権維持の手段として
「反日」を使ったことを指摘する。
しかし、大統領の中には、
そのようなことはもうやめよう、
と表明した人もいる。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は
「在任期間中(日本に対して)過去の歴史問題について言及しない」
と宣言した。
また、李明博(イ・ミョンバク)大統領は、
「(式典演説の度に)日本への謝罪を求めることはやめる」
と表明した。
しかし、自らの支持率が下がると、
「反日カード」を切ったのである。

このように、
政府が真っ先に立って、
「反日」を口にすることが
益々反日の気運を高めていった。

そして、「反日」をビジネスに利用する人々の存在。
たとえば「独島」(竹島)をイベントに仕立て上げる人々。
日本統治期に徴用されたことへの賠償を取ってみせる、
と言って会員を募り、会費を取る様々な団体。
そして、反日で人気取りをしようとする政治家たち。
また、反日のニュースで売り上げを伸ばす新聞を始めとするマスコミ。
様々な学者、研究家、活動家・・・。
このように反日でなければ困る人々が韓国社会には蔓延しているのである。

(以下略)



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