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加藤修滋のブログ

フランス芸術文化勲章受賞の加藤修滋による過去の活動ニュースや思った事あれこれ

一般的にJASRAC会員となるにはハードルが高い。

 

 

1番困難だった事は、大手レコード会社から一般発売される事。

 

 

それを可能にして下さったのは、シャンソン大使来日時の通訳者、佐川さん。

佐川さんの知人であった歌手、杵島純子さんに私の作品を推薦。

 

 

童謡を集めて制作されたCDに「フィナーレ」「祈りを捧げて」の2曲を収録。

伴奏は、オーケストラでも活躍されるクラリネット奏者の杉山伸氏、ピアニスト島筒英夫氏。

 

 

このCDのお陰で、JASRAC入会が実現。

彼女が居なかったら、その後の「法定訳詞」も誕生しませんでした。

 

杵島さん、そして佐川さんは大恩人!

 

 

▼YouTube「杵島純子」

https://youtu.be/VxHE0MsZ6-c?si=mUG1W8SzkxjU72be

 

 

▼YouTube「宮入公子/祈り捧げて」

https://youtu.be/dZpLmbo1RGo?si=Vtj0TFgXeHrwLo_f

 

 

 

シャンソン界では歌唱だけでなく芸風(?)で異彩を放った仲代圭吾さん。

言わずと知れた兄の仲代達矢氏がナレーションを担当したCD(東芝EMI)が出てきた。

 

 

「歌うように話せたら」と言うこのCDアルバムには横内章次氏(菅原洋一さんのバンマスも担当しておられた)作詞作曲と言う話題作も収録されている。

 

 

このCDを聴いていると、mss小劇場やエルムに出演された時の映像が甦る。

最後に出演していただいたのは、10年前。

行代美都さんとの温かいステージは、本当に素晴らしかった。

 

 

全盛時代に発表されたLPはすべて名盤です。

 

 

▼YouTube「仲代圭吾/歌うように話せたら」

https://youtu.be/yp5gR7IB8Tw?si=SDnC18zCwGI7GA7W

 

 

日本でも何曲かヒット曲を持つ“イヴ・デュテイユ“の曲「夜の通行人に捧ぐ」。

 

 

私の日本語詞にこだわりの部分があります。

それは、通りの地名であるデュフォール・ヴォジラール、オブセル・バドワールをそのまま使用する事。作者にとって”大切な思い出”の場所だからです。

 

 

そして、この曲を収録した芹沢祥子さんのCDには、LYNDA LEMAY(リンダ・ルメイ)の「シャルルを讃えて」も収録されています。

 

 

この曲は、リンダ・ルメイをバックアップしたシャルル・アズナブールを讃えた曲。

私の訳詞が法定訳詞として認められましたが、芹沢さんの歌声をリンダ・ルメイが気に入った事も功を奏しました。

 

 

何故なら、原作者に認められてSACEMやJASRACに法定訳詞として登録されるかどうかは、創唱者の歌唱によって左右されると言っても過言ではないからです。

 

 

加えて、リンダ・ルメイがアズナヴールの所属するRAOUL BRETONだった事もラッキーでした。

 

 

フランスでは“クレアシオン(創唱)“をした歌手はリスペクトされる事も申し添えます。

日本で知られないアーティストや、楽曲を紹介する「シャンソン・ルネッサンス運動」の旗手でもある芹沢祥子さんの歌声によって「シレーヌ」も法定訳詞となった事に拍手!

 

 

余談ですが、このCDはシャルル・アズナブールの命日(10月1日)にリリースされました。

 

 

▼YouTube「シレーヌ」

https://youtu.be/nR5nKvOT5xY?si=Uh69lrH0-9NZ_sPW

 

 

 

ブログに書いた通り、年末に緊急搬送されてから

未だに調子が悪く、胸のドキドキが頭に響いている。

ICUに居た時を思い出すような感じ・・・。

 

 

紅白歌合戦、ゆく年くる年、今夜も生でさだまさし、箱根駅伝・・・

例年はテレビを見ながらゆっくりと過ごした新年も、今年は寝正月。

しっかり寝た分だけ体は元気。

 

 

と言う訳で、皆さんからいただく年賀状にお返しも出来ず

ゴメンナサイ。

しっかり目を通しているので、皆さんのご活躍を知って嬉しいかぎり。

 

 

高市首相が発した「馬車馬のように・・・」とはいかないが

馬年と言う事で、一歩づつ前に進もうと思う次第。

毎年、シャンソン大使やゲスト歌手を招いて開催している「名古屋巴里祭」。

 

 

その公演パンフレットに、スーパー・モデルClaudia Schifferを起用した「CHAUMET」の広告が掲載され話題となった事有。

1970年、ドイツのラインベルク出身。デュッセルドルフでスカウトされ、雑誌ELLEの表紙を飾り、瞬く間にトップスター。

 

 

“CHANELの顔“となり、REVLONのイメージガールを務めナオミ・キャンベル、シンディ・クロフォード等と一世を風靡した。

 

 

押しも押されぬモデル界の第一人者が私たちのプログラムに載った事は栄光だが、彼女の誕生日が私と一日違いと言う事も嬉しい事実。

 

かつて名古屋には他都市に誇るべき表彰制度があった。

梶井健一氏を中心に、名古屋の財界・文化人が選考委員となった賞。

 

 

その受賞者達は名古屋の芸術を支える人となり、名古屋市は残念ながら後追いをして賞を与えていた。

都市文化奨励賞のバックには東海テレビの鈴木充氏が居た事が大きかった。

 

 

創設10周年記念誌のトップページには私達の「軽音楽の集いmss」が掲載され、佐々木伃利子がリーダーの「日本室内学アカデミー」、文化庁芸術祭参加の竹内菊等、錚々たる顔ぶれ。

 

 

名古屋は全てにおいて「官」より「民」が先行していると思うといささか残念。

 

 

エルムの近くにある「メルパルク名古屋」。

宿泊と宴会場を備え、名古屋を代表する施設のひとつ。

 

 

一時期、シャンソン・ディナーショーに力を入れた事がある。

料理も美味で、「メルパルクなら行きます」と言う常連も。

 

 

このチラシは、岡山加代子、浜﨑久美子、橋本奈央子が出演した際のもの。

 

 

余談だが、娘夫婦が結婚式を挙げたのもメルパルク。

私にとっては今でも大切なホテル。

 

 

 

何度か出品した「国際切手展」で私の作品は異色でした。

 

 

高価な「見返り美人」の様な物ではなく“社会科“的なテーマの物。

 

 

特に「SAVE THE MONUMENTS OF NUBIA」はユネスコの呼び掛けで作ったとして中学生の私にメディア取材までありました。

 

 

フレームの下に「加藤修滋氏ご出品」と書かれていて急に大人の仲間入りした様な晴れがましい感じでした!

 

この所、毎日断捨離をしています。

 

 

思いがけないものが幾つか見つかります。

 

 

母子共に、切手収集が趣味(フィラテリスト)だったのですが、特にお宝を発見!

 

 

遺品整理では有りませんが、有りし日の母を思い出しつつ・・・

 

 

 

「明けましておめでとうございます」を“アケオメ”と短縮して行ったり、書いたりして久しいです。

 

 

が、、、

 

 

今年”初”のブログなれば正式に書こうと思う次第。

「新年、明けましておめでとうございます。本年もよろしく」

 

 

思えば、年末に笑えない呼吸困難で救急搬送されました。

藤田病院の緊急治療の良きを得て、奇跡的にその日のうちに帰宅出来たので、こうして新年を迎える事が出来たと言う訳です。

 

 

家族をはじめ周りに迷惑をかけながら、生かしてもらったこの命を大切に1年過ごして行こうと思います。

 

 

皆さまも健康で、充実した1年となります様に願っています。