加藤修滋のブログ

加藤修滋のブログ

日仏シャンソン協会活動記録及びシャンソン界のニュース等

YUJIの元へ金井夕子さんから頂いたメールに嬉しい事が書いてありました。

お送りした資料にて「やさしさ」「スカーフ」「モネの庭」を歌って下さるとの事。

 

 

日本ではほとんど歌われなくなっているシャンソン。

金井さんが歌われる事によって広まるといいな・・・。

 

 

「エルム」へも是非、再来演を期待しています!

 

2015年11月、病床(重症筋無力症)で私が創った「哀しみのバタクラン」は、加藤ハツ館長の遺言がテーマとなっています。

 

 

「歌い手には、平和を願う歌を歌う義務がある。何故なら平和でなければ文化は育たないから」とのコンセプトで「平和希求ライブ」も行いました。

近年は娯楽としての音楽が注目を集め、平和希求ライブを行う人がごくわずか・・・私の意思を継ぐ者がいなくなってしまって残念です。

 

 

哲学的表現をするならば「政治は対立物を統一する。音楽は対立物を調和させる」。

これは政治は”外科手術の手法”で患部を切り取るが、音楽は”漢方薬の手法”で、ある物をそのまま内在させたまま時を経て治癒させるとも言い換えられます。

 

 

私が創った「パリ同時多発テロ犠牲者追悼歌」は、著名なシャンソン歌手アンヌ・シルベストルの孫バティスト・シュヴローがあの「バタクラン劇場」で亡くなった事へのレクイエムでもあります。

 

 

▼哀しみのバタクラン

https://youtu.be/qafs1KeLoRE?si=tpy1fj2QGrPp1FiN

 

かつて観光ホテル・キャッスル・国際と「ホテル3羽ガラス」と評された中で、「名古屋国際ホテル」だけは注目された理由が異なる。

 

 

それは総料理長(後に総支配人)廣島衛氏の「食文化」に対する着眼点による。

 

 

「食は心も満たすもの」をスローガンに「四季の料理とシャンソンの会」を”春夏秋冬”に開催し、その会で私達に歌唱の機会を下さいました。

 

 

その思想は「帝国ホテル」のグランシェフ「村上信夫」氏の一歩先を行っていました。

シャンソン大使「ジャクリーヌ・ダノ」一行もその考え方を気に入っていました。

 

 

「食は文化」思想は、廣島氏の後継者「和佐田 美久」氏に引き継がれました。

まばたきの少ない女子アナが歌手のステージ歌唱に役立つ事は過去に述べて来た。

 

 

例えは違えど、参考になるのが「オートクチュール」。

ファッションの世界の用語で「高級注文服」。

 

 

即ち、客の注文に応じて仕立てる業を持ち

かつ高級な「文化」に値する物。

 

 

「シャンソン」と言う”ハイセンス”な音楽を”ハイレベル”に聴かせるには「林美紗希」(テレ朝)、「堤礼実」(フジTV)同様の「まばたきをしない」技もふくめて様々な技量が必要。

 

 

心に留めておいてもらえると嬉しいです。

しばらく中断していたエルム・スタッフブログ内にある「訳詞図書館」の作業に着手。

https://ameblo.jp/cafeconcertelm/theme-10118971848.html

 

 

昼夜を問わず(少々おおげさ)頑張った結果、「法定訳詞」「日本語訳詞」合計28曲完成。

ここで豆知識・・・。

 

 

前者は、SACEM、JASRACに正式登録された曲。

後者は、別称「未登録詞」とも言い、手続き完了していないもの。

 

 

テレビでもその辺の区別を分かっているのはNHKのみ。

時代は変わっても「人に人権、音楽に著作権」の思想は守って欲しいですね。

アルゼンチンでは幾つもの逸話が残っているが、最も想い出深いのは世界で唯一のバンドネオン職人「アルマーニ」さんが催してくれたアサード・パーティー。

 

 

「マルビーナス紛争で亡くなったアルゼンチン兵士の霊に捧げたレクイエムを作曲した加藤修滋氏を産み育てたセニョーラ・カトウに自分の最も大切な物を贈って讃えたい」と言って”ローマ法皇ヨハネ・パウロⅡ世”から恩賜された家宝の”立体写真”を加藤ハツ館長に差し出しました。

 

 

マリアーニ氏と抱き合って泣く様子を同行取材した牧野雄一郎朝日新聞記者が5日間に渡って大きく報じました。

 

 

母の遺品から「中原淳一の生誕100周年を祝う記念切手」を発見。

 

 

フィラテリストでもある母は、これを何セットも買って友人達に差し上げていた様子。

結果、手元にはこの1枚が残っているのみ。

 

 

愛知県刈谷市美術館で開催された中原淳一展では、宮入公子さんがロビー・コンサートを行い母は喜んでいた事を思い出します。

http://kariyaculturalcenter.blog106.fc2.com/blog-entry-125.html

 

 

母亡き今となっては、この切手をどなたかにお渡しする方が良いかもしれないと思っています。

 

 

古い時代の「河合楽器」役員の間では「加藤修滋」の名を知らない人は居ないと言う・・・。

おそらくKAWAIピアノに対する私のこだわりからでしょう。

 

 

私が購入し、mss小劇場に常設した「KAWAI透明グランドピアノ」は世界で30台目の物でした(YOSHIKIはずい分後になってから)。

「透明グランド・ピアノ」を我々のアルゼンチン公演の折「SADAIC」(音楽著作権団体)に寄付しようとしたが運送料が余りにも高額の為、断念・・・。

 

 

そして1階のエルムには当時、日本に1台しかなかったマホガニーの「Shigeru Kawai」モデル!

エルムの3階にも最初は「K.KAWAI」グランド・ピアノ。

昔、自宅には中古のKAWAIアップライト・ピアノ。

 

 

余談ながら、「KAWAI栄店」地下1階のピアノ・サロン「レッド・ピアノ」で毎日ピアノを弾かせてもらい、「御礼よ」と言ってママが下さる1杯のドリンクが懐かしい思い出です。

 

 

ちなみに今、エルム2階のmss小劇場は「クリスタル・スタジオ」としてリニューアル。

「スギテツ」の杉浦哲郎さんプロデュースの「吹上音楽会」を中心に

シャンソンに限らず、様々なチャレンジの場となっています。

 

 

 

 

 

教室生徒の中でも別格の存在の丹羽昭子さんは、

シャンソンを歌い始めた頃から驚くほどに急成長。

 

 

今回の発表会でも「帰り来ぬ青春」を私の詞で歌われました。

 

 

動画を見ていてふと思った事があります。

私が日本語詞をつけたイヴ・デュテイユの「夜の通行人に捧ぐ」という作品がありますが、彼女の歌声でこの日本語歌唱を聴いてみたくなりました。

 

 

実は、イヴ・デュテイユに同曲が収録された芹沢祥子さんのCD「夜の通行人に捧ぐ」を贈ったところ、私の日本語訳詞を大変評価してくれて、創唱した芹沢祥子さんへのメッセージを寄せてくれたことがあります。私にとって大切な思い出のひとつとなっているこの作品の歌の世界を、丹羽さんならではの色に染めていただきたいと思います。

 

 

毎年恒例の「名古屋巴里祭」。

 

 

今年もシャンソン大使が”パリ風”と評した「千種文化小劇場」に於いて7月18・19日と2日間に渡って開催されます。

 

 

初日は、NHK紅白歌合戦にも出演した「ダイアモンド☆ユカイ」、2日目は”銀巴里”の女王「瀬間千恵」がゲストと言う豪華メンバー。

 

 

瀬間千恵さんはmss小劇場時代から、私が魅了された存在。

すべてが超一流、過去の名古屋巴里祭では私が伴奏する事も有り、その経験は私の財産となっています。

 

 

ダイアモンド☆ユカイさんは、倒れる直前にお会いし私がその人柄、情熱に心を引かれた存在。

こう言う方に「シャンソンを歌って頂きたい」とオファーする前に私が大動脈解離で集中治療室へ。今回、私の希望を叶える形で出演を引き受けて頂きました。

 

 

エルムの歌手達も、ベテランから期待の若手まで!

そして青山さん、岡山さん、林さんによる「シャンソンの妖精」が出演!何年ぶりだろう?

 

 

願わくば私が伴奏したかったですが、北川さん&片桐さん、そしてティト・モンテさん&牛丸さんという私が信頼するミュージシャンが伴奏します。

 

 

ぜひ心踊るページェントにお出かけ下さい!