前回の続きです。
私が何故コロナワクチンをしなかったかというと、、
反対派でも慎重派でもありません。むしろワクチンが始まったころ早めに、政府が無料で提供してくれるもんならやっとこうくらいの気持ちで、1回目ワクチンのネット予約を済ませました。
しかしその予約した当日、高熱が出たのです。発熱したため、ワクチンの会場に行くことができませんでした。
ワクチンしようというときにコロナにかかってしまった、、症状は重くなるだろうか、、と正直怖かった。
当時PCR検査キットはまだ薬局などで購入出来なかったし、仕方なく高いお金を払って速達でPCR検キットを送ってもらい、唾液を送ってメールで結果を待ちました。
結果、陰性だったのです。不思議に思ったのは、私はめったに風邪をひくタイプではないということです。
ここで、人の選択は二手に分かれると思います。
風邪くらいたまにはひくだろう。体調が良くなったらワクチン予約をし直せばよい。と思う人と、
おかしいな、これはワクチンするな、と「何か」から言われているようだ。
私は後者でした。
私は派遣社員で、当時コロナで経営悪化する企業から派遣切りに遭いました。が、そのおかげで職場の人達にワクチンを打たないことについて話す機会は無かったし、気まずい思いなどをしなくて済みました。
そんな感じで、身の回りで起きることにシンクロニシティはあるか?と感じながら行動するとよいかもしれません。勿論自分がワクワクする方向へ向かいながら。
この世界ですら、自分の知り得ないことで満ちている。私が認知できる世界というものはほんの一部の思い込みの世界。自分の知っている世界に生きる、それは全く悪いことではないと思う。自信を持たなければ生きる気力を失なってしまうから。
今意識のあるこのヴァイブレーションの粗い世界は、更に私の知り得ない大きな世界に包括されている。それを受け入れることが、シンクロニシティを感じ取る第一歩なのではないか。
そう考えると、シンクロニシティの声を聴くという事は、目に視えない天が自分に様々なサインという形で送っていることに気付くかどうかだと思う。それを能動的に聴き行動してみることで双方コミュニケーションが成立し、人はワクワクするのだろう。