進行性の乳がんと診断されて入院し、点滴で抗がん剤投与を始めたのが3月の終わりだった。それ以来毎週通院し点滴をし、一月以上が経った。
物凄く心配していた副作用だが、やはり頭はほぼつるっ禿になった。私は「ライトワーカー」になったのか?!
と冗談を言えるほどには様々な不調に対し適応していると言えばいえる。ただ、手足の感覚が麻痺しているのに気付かなくて、先日手を滑らせて包丁で中指を深く切ってしまった。そしていつも点滴でお世話になっている病院の救急外科で4針縫ってもらった。おかげで抜糸したらきれいな状態になりそうだ。縫う際3か所指に麻酔を打ったがかなり痛く、麻酔が指へググっと入ってくる感覚も痛かった。そうして、病院嫌いで針の痛みに対して恐怖心の強かった私も、徐々に鍛えられてきている。但し、私は痛め止めを前もって飲む。日常生活をするのに支障があることを認めながら、ゆっくり前を向いて進む。
一月前の自分と、病気になった状況を受け入れた自分には大きな違いがある。今まで自分の健康を当たり前に扱い、意識的にも無意識的にも酷使してきた。しかし今は、この地球にいる今を体験できる貴重な乗り物としての自分の体をメンテナンスしようと願うようになった。具体的には病気が治っても、年を取ればとるほど身体を動かしてメンテナンスしたい。この惑星にいる間の命は借り物である。自分の意思で動かせない心臓の鼓動や副交感神経の複雑な機能で生かされている。しかし体は自分に与えられた素晴らしい贈り物でもある。そう考えると、全ての人、動物、植物、バクテリア、菌類への尊敬の念が生まれてきた。何故ならみんな、こんな風に色々な制限のある世界でそれぞれの個を表現するために地球へ降りてきた「勇者」としか言いようがない。
自分に起きたがん告知が、15年以上前からソースに「冬になる」と言われ続けてきたメッセージに含まれていたとは。そうであっても受け入れ難い気持ちがある。もしこうなっていなければ自分は今何をしていただろうと考え苦しくなりかける。しかし以前は目的を達成する幸せにフォーカスしていたのが、今はこのように内側から今あるものに対しての感謝がある。
「冬になる」ことは、生まれる前からソースや小さいころに自動書記で出会った守護天使と言える存在と話し合って決めた自分の人生イベントに組み込んだ、と認めざるを得ない。そんな契約?をしたなど勿論覚えていない自分にとっては青天の霹靂であった。なるべく楽に生き、楽に死にたいな、などと妄想していたのに。そんな自分に魂の成長を促す活を入れるためでもあるのか。
魂の成長を促され、限りある現象世界の素晴らしさにもフォーカスしながら地球の周波数の急な上昇を感じる。5月に入り更にアセンションへの感覚は鋭くなりそうだ。