生まれたときから人生が決定づけられてしまう事実について | ASDの中年男性の人生の生き方。ときどき投資。

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シェアハウスで社会不適合者たちと暮らしています。発達障害(ASD)だから社会に適応できません。どうやら唯一トレードが好きだから、ひたすらトレードしてるかなぁ。

最近は大自然の中で農作業が主です。生きることは難しい。

私は発達障害者であり、しかも毒親家系ですからアダルトチルドレンです。これが『複雑性PTSD』というものになり、人生に悪影響を及ぼしてしまいます。まともに社会生活を営めなくなったり、人間関係をメチャクチャにしてしまったり、依存症になりやすかったり・・・と枚挙に暇がありません。

 

幼少期から両親は決して仲が良いとは言えず、家族で食卓を囲みご飯を食べることが凄く苦痛な時間でした。夫婦で険悪になる空気になると、いつも兄がピエロ役になってお道化ていたことを思い出します。一時は兄がそれに耐えきれず「もう喧嘩やめてよ~っっ!!」と号泣してしまった記憶もあります。

 

父親は根っからのマジメな仕事一筋人間で毎朝早く起きて出勤し、毎晩遅く帰宅する生活をしていました。つまり子どもの頃の私が起きているときに父親とは顔を合わせることはあまりありませんでした。これが幸いながら恐怖から逃れられる時間でした。だから父親が不在なことが何よりの心の休息時間であったことを思い出します。

 

「このままお父さんと会いたくないな…帰ってこなくていいのにな」と切に願っていました。

 

『親の心子知らず』とは言いますが、『子の心親知らず』です。

 

とにかく不安・恐怖感情がデフォルトの人生だった未成年時代でしたから、まぁ人間関係も上手くいきません。特に恋愛関係は全くダメでした。


私の母親は性に対して嫌悪感を露わにする人で、それが子どもの目に触れるような場面になるとヒステリックに発狂したものでした。中学生の頃の私は「セックスは犯罪行為。それが好きな人とであっても。好きな人とは絶対にセックスはしたくない。」と本気で思っていました。しかし周りの人は…言わずもがなで乖離が生じていきます。多数の弊害が生じてしまいます。私は一度も女性と交際した経験がありません(私はヘテロセクシャルですが…)。


そんな両親を通して男女関係というものを見てきてしまったため、それは私の恋愛観にも深いところで影響を及ぼしたのでした。特に90年代の頃(中高生のとき)は辛かった…世の中は小室哲哉ブーム。ヒット曲は何でもかんでもラブソングで、ラブソングを聴くたびに苦痛で居場所がなくどこに逃げ込めばいいのか…逃げ込める場所すらない。

 

物心ついたときから「自分の家庭を築くこと」に強い憧れを抱いており、しかも「一度で良いから女性と交際してみたかった」という想いは今でも消えません。このまま強烈な心残りのままで死んでいくんだろうなぁとも思います。

 

そして一度ヒドイことをしてしまった女性への罪悪感に苛まれていく。あの時の自分は「俺は異常だ」と自覚しつつも、その異常さが暴走してしまい止めたくても止められない・・・ブレーキを踏んでも効かない。それは20年以上も前の話ですが、ほぼ毎日自責の念に駆られながら生きています。「謝って済む問題じゃないけど、キチンと謝りたい。とうてい許してもらえるなんて思えないけど謝りたい。それで自分が楽になるとも思えないけど謝りたい。」

 

これは実現は不可能。落胆しつつも諦めるしかない。

 

まぁこれ以上を深堀して書くと、キリがないのでここらへんで辞めます。

 

 

 

山奥のシェアハウスに集う人間には、毒親育ちの人が割といます(わざわざ山奥に住むくらいだから何かしら事情がある)

 

移住して4か月が経ち、お互いのことを深く話せる間柄になった住人も、当初は自らの毒親エピソードをネタにオモシロ可笑しく話して盛り上げていたりしていました。ただ心の根っこでは決して笑える話ではなく、笑いに転化しないと人生をやってられないのでした。

 

その人は両親がお互いに不倫していて、しかも父親や母親と呼べる人が複数人おり、どの人から生まれてきたのか特定ができないとか(遺伝子検査をしていない)。「おそらくアイツの種から産まれている」という話はしていました。昔は母親の不倫を隠ぺいするように加担させられたことや、腹違いの母親から深夜襲撃されそうになったから武装して夜通し眠れなかったとか・・・

 

その場で盛り上げているときには私も笑って話を聞いてますが、実は内心凄く悲しくなります。

 

やっぱりその人も『家庭』という存在にはネックになるらしく、いざ自分が結婚するようなところまでいくと心の予防線を張ってしまい、破談になってしまったとか(自ら破談なるようにしてしまう)。家庭を築くことが恐ろしいという気持ちは共感できる。

 

アダルトチルドレンの人の中には『クレヨンしんちゃん』や『ちびまる子ちゃん』のような温かい家庭の様子を見ると、自分の家族像との差にショックを受けてしまい生きていく気力を削がれて絶望してしまうというケースもあるみたいです。とても共感できる。

 

 

 

今は親のことを『毒親』と形容したり、親子間でも法的措置で対応することができて喜ばしい時代だと思います。昭和時代の支配的な「親の言うことを黙って聞け」なんて価値観で育ったら、子ども自身の人生を台無しにしてしまう。

 

親も子も血縁関係があろうが、所詮は他人ですから。そこはキチンと分別しなくては『個人として尊重される』はずもない。そこは日本国憲法第13条の『すべての国民は個人として尊重される』の違憲ではないのか。

 

私は今両親が健在ですが、そろそろ後期高齢者になるし、もし片方が亡くなったらそれなりに世話はしますが、合理的に施設に入居させるとかして私自身は私自身の人生を選択して生きることを心掛けたい。そして両親ともに亡くなったら、生まれ育った実家を売却するとか行動するのでしょうか。

 

もちろんその中でも『良き思い出』というものはあり、そのときの感謝の気持ちはありますが、そこは情にほだされて自分の記憶により自分の人生を不意にすることもしたくありません。自分で自立して生きることは自分の課題ですから。どうせ我が家系は断絶する運命ですし笑

 

ほぼ従兄弟も子がいなくて、子を授かった従兄弟自身もうつ病で無職になっていたりと毒親家系は世代間連鎖するのがお決まりパターンなので、祖父母の影響とかでみんなヤられてしまっています。精神疾患家系ですしね。(父方の祖父はいつも怒鳴っていた。もちろん父親もそういう家庭環境で育ったのでアダルトチルドレン。そして私自身も親になれば毒親になるのでしょう。)

 

そういうのって生物学的に考えれば『適者生存』のように『強者は繫栄し、弱者は淘汰される』という自然の摂理なんじゃないかな?と思ってしまいます。やっぱり人間という生物には『人間』として生きる道があり、そこから外れてしまったならば滅びゆくようにしないと人類の進歩の足枷になってしまうよなぁとも思いますし。


毒親育ちの人は脳の成長が阻害されてしまい、後天的にも脳機能障害になるという医学的な事実も分かっていますから、その時点で人生はほぼ決まってしまうようなものです。そのような人は発達障害のような症状が現れてしまうことも判明しています(実は自分のASDも先天性の脳機能障害ではなく、複雑性PTSDから発症した後天性の脳機能障害なんじゃないかと内心思っています。)

 

そしてオッサンになった今、それに抗う気力もない(過去にはさんざん抵抗しました。克服できる可能性のあるものには手を尽くしました)。このまま朽ち果てて死にゆきたい。早く老化して穏やかに死にたい。私の人生はそういうのを経験した人生であったというのも「それもまた良し」という諦めの境地なんですよね。

 

昔は親を憎んでいましたが、今では「誰のせいでもないよね。親も犠牲者だったんだ。加害者こそ被害者であり、被害者こそ加害者だわな。」という心境に落ち着きました。これで我が家系の負の連鎖(『カルマ』というもの?)は終焉を迎えたい。

 

「もし生まれ変わりというものがあるなら、来世はお互いに親子関係を結ぶのを止めて、まったくの他人として生きよう。あなたたちは違う人間のもとで生まれ変わり、そして私も違う人間のもとで生まれ変わり、人間として愛の享受を授かり自分の素材を大切にして生きる人生を経験しよう」と思い、余生を生きていきます。