イメージ 1

 前半は、胃が痛くなるような圧迫感で読み続け、後半になって、ようやく安心して読めるようになった。読後感としては、「いかにもアメリカだなぁ」という感じであり、「アメリカのようなベンチャー企業や社会企業家を育むダイナミックな風土のない日本では、起こりえない物語だなぁ・・・」と醒めて思いつつも、心打たれる物語である。2009年4月初版。

 

【夢の物語】
 本書は、連邦政府に見放され、落ちる所まで落ちたアメリカの公教育が、21歳の、大きなビジョンはあるが実社会での経験のまったくない女の子の編み出した救済策によって、希望の光を取り戻しつつあるという、夢の物語だ。(p.282)
 レーガン政権が打ち出した“小さな政府”という政策によって、予算不足から疲弊していったアメリカの公教育。これによって教育格差は、とてつもなく大きなものになっていたらしい。
 21歳の女の子(著者:ウェンディ・コップ)の教育に関する夢は、“個人的な成功を目指す夢”のようなものではなかった。“アメリカを救済する夢”というより“人類を救済する夢”に近いだろう。
 後に、NPO(非営利団体)法人となる、ティーチ・フォー・アメリカ(TFA)という組織の成長過程を綴った物語である。

 

【“ミー・ジェネレーション”による理想主義的な活動】
 TFAを立ち上げた頃、新聞や雑誌の記者が来ては、「“ミー・ジェネレーション”による理想主義的な活動」について取材をしていったことが書かれている。
 著者のコップさんは1967年生まれ。現在50歳近いことになるけれど、この世代をアメリカでは、自己チュー世代というらしい。
 さて、自己チュー世代は、何ゆえに理想主義的な活動をおっぱじめたのだろうか?
 私が耳にした懸念でもっとも多かったのは、大学生は低所得地域の公立校などで教えたがらないだろう、というものだった。
 しかし、この点こそ、私がもっとも自信を持っていたところだった。私の仲間たちは、この重要な動きの一部になりたいと思い、そのためには何でもするだろう。そう信じていた。(p.41)
 低所得地域の公立校ということは、「生徒の学力は極めて低く、先生の給料は安い」ことを意味する。それでも自信があったということは、「過酷で給料の安い仕事でも、優秀な人材は集まる」と確信していたことになる。実際のところ、そうなったのであるけれど、プリンストン大学出の才媛であるコップさん自身は以下のように語っている。
 四年生になると、まわりの誰もが就職活動を始めた。「どんな職業を選んでどんな人生を送りたいか、夜を徹してクラスメートたちと話し合ったものよ」とコップは語る。「成績が良ければ、投資銀行やコンサルティング会社に就職するか、ロースクールに進学して弁護士をめざすというのが、お決まりの王道ということになっている。でも、だれひとりとして、投資銀行家や弁護士になるのが夢だ、なんて心から思っている人はいなかったわ。つきつめると、みんな、社会をよりよく変えること、大きなインパクトを生み出すような仕事をしたいと思っているの。でも、公立校の先生とか看護師などは、エリート大学の学生にとっては、最初から就職の選択肢には入っていない・・・」 (p.277)
 コップさんは、“社会をよりよく変えるという情熱”と、エリート大学生にとって最初から選択肢に入っていなかった“過酷でお給料の安い仕事”を結びつけたのであるけれど、“エリート学生だからこその本気”、と言えるだろう。
 横帯にも、ウィキペディア にも、「2010年には全米文系学生・就職先人気ランキングで、GoogleやAppleを抑えてTFAが1位となった」と書かれているから、本気は本当だったのである。
 日本の優秀な大学を出た学生たちは、未だに、楽で、安定していて、給料が高いという、前世紀のボンクラ意識を引きづっている若者が多いような気がする。

 

【風とは何ですか】
(1) 風とは何ですか。描写せずに、ただ風とは何なのか言ってください。・・・中略・・・。
 いま振り返って、リクルーターたちがすべての応募者に毎回毎回この質問をしている様子を想像すると、思わず笑ってしまう。だが、この質問は求めていた結果を生んだ。チィ-チ・フォー・アメリカは知性の面でこだわりを持っていることを示せたのだ。(p.56-57)
 全米の優秀な大学生応募者を篩分けするのに、この質問である。
 この質問をした面接以外にも、エッセイと5分間の模擬授業も課したと書かれている。

 

【この国の未来に・・・】
 驚くのは、私の周りにいた人々が、同じように純粋な自信を持っていたことだ。リチャードはコープ・メンバーをリクルートする旅のあいだに、次の手紙を書いて送ってきた。・・・中略・・・。
 ジョージタウン大学ではほんとうにすばらしい人たちに会ったよ。他のどの学校でもだ。そういう人たちに会って、彼らが変化を起こそうとしているのを見るのがどんなにうれしいことか、言葉では伝えられない。彼らはこの国の未来に、前向きに貢献しようとしているんだ。(p.66-67)
 変化を起こす。
 アメリカの若者たちの理想主義を語る上で、この言葉を抜きにすることはできない。
    《参照》   『スタンフォードの未来を創造する授業』 清川忠康 (総合法令) 《前編》
              【「世界を変える」】

 社会が悪く変化したら、良い方向へ変化させるために生きることこそが、“生きる意味(リブセンス)”なのだろう。
 チャンちゃんが、この本を読んだのは、下記リンク著作で言及されていたから。
    《参照》   『リブセンス』 上阪徹 (日経BP) 《後編》
              【若者の、働く動機】
 
【変化を起こすための数の確保】
 私たちは、今日成長しつつある子供たちを助けるだけでなく、変化を起こそうという思いを持った、民間のリーダーを大勢育成している。このリーダーたちが今後成し遂げるであろうことは、私が新たな活動を形成して達成できることよりも、はるかに大きい。(p.185)
 コップさんは、“社会を変える”ために、TFA参加者の数を増やすことが重要であると考え、この点に関しては容易に妥協しなかった様子が、所々に記述されている。

 

【宇宙の法則が止まって、そのための道がつくられる】
 こんな話を聞いたことがある。あるアイディアが実現しようとするときは、宇宙の法則が止まって、そのための道がつくられるのだという。ティーチ・フォー・アメリカの最初の一年は、そのような状況にあったのだと、いまははっきり感じられる。
 こうしてティーチ・フォー・アメリカは、どんなに理想主義的なビジョンも実現できるのだという証となった。(p.76)
 コップさんは、天祐があったと謙虚に語っているのだけれど、天から見たら、理想主義を決してあきらめなかった若者たちに対してこそ、大喝采しているはずである。

 

《後編》 へ