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 今年2015年、4年に1回のワールドカップが行われることをテレビで見ていたので、古書店でこの本が目に留まった。東日本大震災があった2011年の夏、日本中に元気を与えてくれた「なでしこジャパン」のワールドカップ優勝は記憶に新しいけれど、この本は、当然その後に書かれたものだろうと思って読み始めたら、違っていた。ワールドカップの予選であるアジア大会に優勝した直後に書かれたものだった。2011年1月初版。
 

 

【守備重視という戦術】
 日本では、守備を重視した発言をすると、機械的に「守備的なサッカー」というイメージに変換されてしまうことが少なくない。・・・中略・・・。
 しかし守備をきちんと整えることは、攻撃を放棄することではない。僕がなでしこジャパンに導入した考えは、まったくその逆だった。(p.26)
 女子ワールドカップのデータを解析した結果、なでしこジャパンの攻撃がシュートまでたどり着く確率は、ボールを奪ったエリア、つまり攻撃を開始したエリアがどこだったかによって大きな差があった。
 GKあるいはDFから自陣で攻撃を開始した場合のシュート到達率が20%以下であるのに対し、敵陣で奪った場合は50%以上に跳ね上がっていたのだ。ボールを奪うという守備が攻撃の起点になることは、データでも実証されていた。 (p.27)
 男子サッカーのデータが比較して記述されていないから分からないけれど、同様な傾向はあることだろう。しかし、多分この数値は、女子の場合の方が大きな差になっている気がする。であるなら、中盤での守備重視は攻撃的守備ということになる。
 僕はそのようなサッカーこそ、なでしこジャパンが世界を戦い抜くのにふさわしいスタイルだと確信していた。
 そこで生きてくるのが、澤のボランチ起用というわけだ。(p.30)
 澤穂希選手は、もともとFWの選手だったけれど、ボールを奪い取るという「嗅覚」があることを見抜いてのボランチ起用だった。
 サッカー用語が分からない人のために書いておけば、FW:フォワード:前線(攻撃)、MF:ミッドフィールダー:中盤(攻守)、DF:ディフェンダー:終盤(守備)と分類される。ボランチは、MFの中心。
 僕はその臭覚の鋭さの理由について、澤に直接聞いたことがある。すると澤は「攻撃したから」と答えた。
 「攻撃したいから、相手のボールを奪いたい。・・・中略・・・。攻撃するためにはまずボールを取らなくちゃ、とは常に思っている」と。
 それを聞いて、僕は思わず鳥肌を立ててしまった。澤の感覚が、僕のサッカー観にまったく合致していたからだ。(p.31)
 であるなら、澤のボランチ起用は、適材適所の見本みたいなものだろう。
 これを読んで、ローマに在籍していた当時の中田英寿の一人ゴールを思い出してしまった。
    《参照》   『 NAKATA MODE 』 高橋英子・宇都宮基子 (小学館)
              【観察するイタリア人】

 なでしこジャパンの基本的な戦術としては、この他にも、日本と諸外国の選手の体格差・体力差を考えて、両サイドを使わせずに中央に追い込む戦術を用いていたことも説明されている。

 

 

【「私にはできる」と、自分を信じる心】
 僕は選手が女性だからといって、「私には無理」という弱気を認めるつもりはない。
 だが、「無理と言うな。俺の言うことを聞け」と選手に命令するかのような態度では、監督失格だ。言って聞かせればできるというのであれば誰だって名監督になってしまうし、そもそもサッカーは誰かから命令されてやるものではない。
 ゾーンディフェンスの理屈は分かった。メリットも理解できた。でも自分たちには無理かもしれない。そう戸惑うなでしこたちに、僕は必ずできると何度も強調した。(p.36-37)
 女性って左脳タイプではないから理屈が分かったからといって、男性ほどに自発的に起動する様にはならない。だからその分、「必ずできる」という「自分を信じる心」の育成・喚起は重要になってくる。
 なでしこジャパンの戦いぶりを見て、「ひたむきさに感動した」との感想を抱いてくれる人がたくさんいる。諦めない姿勢、最後まで全力を尽くす戦いざまを感じて、そう言ってもらっているのだと思う。
 では、彼女たちの「ひたむきさ」はどこから生まれてくるのか。(p.48)

 なでしこジャパンのひたむきさの源は、「私にはできる」と、自分を信じる心なのだ。(p.49)

 

 

【デットマール・クラマー氏の格言】
 北京オリンピックで、ベスト4をかけた対中国戦。
 4分間のロスタイムが終り、歴史を塗り替えるホイッスルが鳴った。なでしこジャパンが、目標としていたベスト4入りを達成した瞬間だった。
 だが、選手たちは、手放しで喜びにひたるばかりではなかった。澤と池田が、途中出場したFWの荒川と丸山のもとに駆け寄り、守備時のポジショニングの修正点を話し合っていたのだ。

 試合終了のホイッスルは、次への準備の始まりの合図。
 日本サッカーの父と呼ばれる
デットマール・クラマー氏 の格言を、澤と池田が知っていたかどうかは、僕には分からない。ただ、知っていようがいまいが、そんなことはどうでもいい。一番重要なのは・・・中略・・・。(p.70-71)
 なでしこジャパンの、“上”をめざした意欲の現れは立派だけれど、ここでは日本サッカーの父と呼ばれるデットマール・クラマー氏の名前を初めて知ったから書き出してもおいた。

 

 

【チャイニーズ・タイペイ女性監督の周台英さん】
 チャイニーズ・タイペイ女性監督の 周台英さん は、現役時代には鈴与清水FCでストライカーとして活躍しており、日本女子サッカーリーグの初代得点王として歴史に名を残す人物だと聞いた。(p.92)
 日本女子サッカーの黎明期に、そんなに活躍していた台湾人女性がいたなんて・・・台湾の皆さんも知らないだろう。
 台湾女子サッカーはまだそんなに強くはないけれど、そのうちに、“なでしこジャパン”と拮抗する“梅花タイワン”のようなチームが育つかもしれない。

 

 

【スコットランドからの喝采】
 キプロスに遠征中、スコットランドの監督に声を掛けられ練習試合をすることになった。
 試合が終わると、スコットランドの監督が僕のところにやってきた。
「いやあ、日本人は素晴らしいよ」。彼は感心したようだ。・・・中略・・・。
彼が喝采を送ったのは、なでしこたちの、試合前の振る舞いだった。(p.107)

 脱いだ上着を、スコットランドの選手たちはピッチ脇に乱雑に脱ぎ捨て、スタッフに拾わせていた。一方、なでしこたちは上着を軽くたたんで並べて置いた。全員が自然にそうしたのだ。
「さすがですよ。礼儀正しさ。きめの細かい心配り。道具への愛情も感じます」彼は笑顔でウインクしながら続ける。
「きっと、日本人が世界で信頼される理由は、こういうところにあるんですね」
 この彼の言葉が、僕にはとても嬉しかった。国際スポーツの現場では、このように一国の代表チームが、その国民のイメージの代表として受け取られることも少なくない。サッカーがただ上手い、ただ強いというだけで認められるのではなく、こうして日本の女性らしい美徳を評価してもらえたことは、なでしこジャパンの誇りだと、僕は思っている。(p.108)
 世界の観光地の名所に自分の名前を落書きしてくるようなアホな日本人も例外的にいるけれど、世界中で最も好まれる観光客ランキングの一位は日本である。日本人なら、ホテルを利用してもきちんと部屋を片づけて出てくるだろう。
 日本サッカー協会が掲げる「なでしこヴィジョン」は、ひたむき、芯が強い、明るい、礼儀正しい、の4つだという。
 僕の指導者としての考え方も、このなでしこヴィジョンに通じるところがある。選手たちには、いわゆるスポーツ馬鹿になってほしくない。(p.109)
 そう、なんといっても 「なでしこジャパン」 なんだから、「名にし負わば・・・」でやってほしい。
 佐々木監督は、「文武両道を目指せ」とまで言っているわけではないけれど、そこまでできる元スポーツ選手達がたくさん輩出するようになったら、本当にスポーツ界全体が高く評価されることだろう。
    《参照》   『文武両道、日本になし』 マーティ・キナート (早川書房)