①ではサッカーの日本代表の試合を楽しむためには、普段からのJリーグを中心とした日常の生観戦を楽しむ必要がある、と述べたが続ける。

最初に見識を深めるのに生観戦といったがそれだけでは50%しか到達していない。残りの半分はどうやって埋めるか?である。

いくつかの手法があるが、1.ブログなどで見た試合を発信すること。2.理想的なスコアを模索すること。最後に3.サッカー以外のスポーツも見ること、の3つである。

1は筆者も今やっていることだが、見た試合というのはアウトプットしないとインプットの質も高まらない。

「アウトプットこそ最高のインプットだ」と言ったブロガーがいたが、その意見は正しい。

その上で次に、理想的なスコアを考えるということである。スポーツの試合だと特に球技は点数を競い合うモノが多い。

他の競技と兼業で観戦することで、自分たちの世界のトップクラスの環境が、他とどう違うかが分かる。

筆者はバスケットの日本代表にも興味があるが、今のバスケットの代表は弱いけど、チームに感情移入できて試合が楽しい。

それはなぜか?といえば、今の代表がBリーグという国内リーグから選抜されたチームで、日常的に生観戦できるから選手の成長を目の当たりにできるからだ。

今のサッカーの代表は海外組が当たり前になっているが、自分たちの状況に何の疑問も持たなかったことが、実はそれが普通ではないと客観的に分析できる。これは兼業ファンの利点だ。

筆者のブログタイトルにある「蹴球(サッカー)」「野球」「籠球(バスケット)」は、基本的に点数は青天井に増やせるという意味で共通する。

そうした競技を複数で観戦することにより、自分が守備重視か?攻撃重視か?という特性や部分的な細かな守備と攻撃のバランスなども分かるから、兼業観戦というのは大変だけどおススメである。

こうした上で、テレビなどの代表観戦も加味しながら、筆者は今のサッカー日本代表にどういう選手を入れればよりよくなるか?考えて観戦している。

正直サッカー観戦でも見識眼でも至らないところは多々あるし、兼業ファンは苦しいけど、それを遥かに超える楽しさも共存する。

このブログを読んでくれた人が少しでも、こうしたメソッドに興味を持ってくれれば、記事を書く側としてこれ程嬉しいことはない。







のっけから筆者のブログに似つかわしくないほど大仰なタイトルだが、せっかくのW杯が近くなった今だからこそ、このテーマを考えてみたい。

冒頭のタイトルにある日本代表論についてだが、社会問題を政治に対して政治家や官僚に丸投げするのでは意味がないのと同じで、サッカー日本代表についてもファンの1人1人がちゃんと鑑識眼を持たないと、本当の意味でのサッカー文化論というのは日本には根付かない。

そうした上でのサッカー日本代表を楽しく面白く観戦するには何が必要なのか?という話である。

結論から言うと「普段からサッカーの生観戦の習慣を身につける」ということだ。

いきなりこのブログを見るのをやめようとした読者もいるかもしれない。しかし続ける。

基本的に日本の日常で定期的なサッカー・生観戦ができるのは、例外もあるがJリーグの場合が多い。

そうした中でやはり生観戦というのは、会場の雰囲気とか試合そのものの見え方というのも、テレビカメラの1つのアングルに限定した視点とは異なって感じる。

確かにJリーグでは塩試合も多い。特にJ2以下だとそれがよく散見されるし、貴重な週末と小遣いを消費で収穫がないとやってられない。欧州の方がレベルが高いのも確かだ。

でもだからこそ生観戦である。筆者のブログを長く読んでくれている読者なら分かるかもしれないが、筆者の試合観戦の知識というのはほとんど生観戦と読書からくる。確かに日本代表はそれ程でもないがJは100%生観戦だ。

そうした上で日本代表をどうやってより楽しむのか?その答えは②に続く。


①ではNBAや日本のプロ野球についての伝統や歴史について述べてきた訳だが、翻って日本のサッカーについて考えるとどうなのか?というところまで前回までは言った。

話は前後するが、今ヤングジャンプで「ゴールデンカムイ」というアクション漫画で大人気の野田サトルという漫画家のデビュー作品のアイスホッケー漫画で、チームの伝統について監督が語るシーンがあった。

「アイスホッケーはまず1対1で勝つことが前提。1対1て勝てないならどんな高度な戦術も無意味だ」という持論を持ちながら、チームの選手たちに徹底的な体力強化と1対1で勝つためのスケーティング練習を課していた。

翻ってサッカーである。結果至上主義が跋扈(ばっこ)する現代のJで、チームのフロントや監督の中に哲学を維持しつつ、その哲学が連綿と繋がる「伝統」を持つクラブがどれだけ存在しているか?という話である。

筆者が考えるに今のJでそうしたクラブの伝統を構築する努力をしているチームはサンフレッチェ広島や鹿島アントラーズなど、数えるくらいである。

筆者の応援するJ2ジェフ千葉もそうだが、形だけのバルサのサッカーを真似て、どうにもならなくなって、無意味な補強をしているクラブがほとんどである。

前にも言った哲学もそうだが、チームの伝統というのもその地域の歴史やクラブや親会社の方向性や歴史、数多くの惨敗を肥やしにした七転八倒の試行錯誤の末に生まれるモノである。

前述のサンフレッチェにしても4年間で3度の日本一になった一方で、2度のJ2降格から這い上がった末の伝統でもある(2017年もその危機に瀕していたが…)。

日本のサッカー界はただカネで選手を補強して、哲学も伝統もなくただ昇格すればいいと考える関係者やサポは多い。

しかし、フロントや指導者に哲学が連なった伝統がなければ、勝利を続けられるいわゆる「常勝軍団」にはなれないのだ。要はただ勝てばいいというのではないのである。