chamaのヨガのブログ★ちゃまぐ -206ページ目

samavsmの名前の由来の

1つかもしれない、samabandha by SLADKYの展示会の様子。2004年11月の記事ですが、デザイナーの茜さんは当時、僕の周りで唯一「ブラックマットを肩にかついでスタジオにくる」ハードコアアシュタンギでしたね。。

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(※2011/3/23samavsmオンラインショップがオープンしました)

資生堂CMでも、ついにヨガ解禁!!

2004年末の資生堂のコマーシャル撮影の風景

タイでおきた津波災害の直後に、タイの島での撮影で、スタッフもタレントも、とても重苦しい雰囲気で始まった撮影でした。

僕といえば、できることはヨガぐらいですから、てきぱきと仕事する優秀なスタッフさんの気晴らし用に、撮影途中で曲芸的にヨガしたり、スタッフや現地スタッフの人達とちょっとしたヨガ教室したり、照明運んだり(^^とかしてました。

昔CMの仕事してた時の知り合いの人も何人かスタッフにいて、最初は「ヨガの先生扱い」だったんだけど、2日目あたりから「chamaぁ~!!照明こっちぃ~!!」な感じになって、どんな業界でも「現場」っていいもんです。

弥生さんは、「小雪さんのお姉さんでミュージシャン」ってくらいで前情報なかったんですけど、ディレクターがこだわり系の人だったので1ヶ月前からプライベートレッスンを続けて、すっごく真面目な人って印象でした。

浜田雅功さんと、上原多香子が、ヨガ!!

2004年の9月ですね。

渋谷のスタジオ使えなかったんで恵比寿のフラメンコ用のスタジオ借りて撮影したんですけど、僕むかしフラメンコダンスやってたことあって(なんでって聞かないでー、楽しかったんだよー)、そのスタジオで時々練習してたんす。

浜田さんは、まじカラダかたかったっす。
上原さんは、まーおっとりと。。

ほっしゃん。がヨガ!!

って6年前の話なんですけどね。。

カラダ柔らかくはなかったけど、感覚が抜群によかったっすよ。

昔のブログの整理ついでに、ヨガまわりの昔話もちょいちょい紹介していきますわん。

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いつもの週末。

いつもと変わらない、いつもの週末。
ありがたい。そうありたい。

今日のブログはphoto by 週末アシスタントの林利宏くんで。

土曜は10:30のマイソールクラス@渋谷
photo:01



photo:06



と、ベーシッククラス@青山

日曜は8:15のマイソールクラス@渋谷

photo:03



photo:04



と、10:30のビギナークラス@青山。


今朝の朝マイソールクラスで、生徒さんのフォトグラファー・YUUMIさんが『samabandha』のヨガウェア着てるのをめっけ!!

photo:05



samabandhaは、SLADKYってブランドやってるアカネさんが、7、8年前だったっけかなぁー立ち上げたヨガブランドで、頼まれてネーミングした思い出のヨガブランド。

お、そういえばヨギーニに出したsamabandhaの一面広告のモデルに、アカネちゃんに小林愛ちゃん紹介したんだった、愛ちゃんそろそろなんくれ嘘。

その少し後だっけか、その頃アンバサダーしてたなそーいやルルレモン青山店の開店のオープニング・パーティーで、ネーミングのギャラとしててもらったsamabandhaのタオルに、にゃんでかなパーチーのキャンドルの火が引火して、ショップオープン前に消失させそうになったのも、いまとなってはいい思い出いいや失礼しましたm(_ _)m

そういえば、ルルレモン青山店一周年のパーティーの余興用に、ツヤマトシフミさんと組んだ音楽ユニットには『バンダパンダ』って名前つけたんだけど、数年ぶりに復活?今年のヨガエイドあたりで?


samavsm』は、ネーミングすんのに本当に苦労して、1年くらいあーでもないこーでもないした後に、なにごとも締め切りがくるもので、THCのQちゃんのアドバイスもらって(&せかされて(^_^;)、チャクラネームの英語アルファベットの頭文字を組み合わせてつくった造語。

多少の進歩はあるものの、何年たっても結局、芯はあんまりかわんねー(≧∀≦)


samaは、悟りとか瞑想とかバランスみたいな意味もってるサンスクリット語で、vはvisualとかvision、smはism=主義とか主張、って意味をこめてるんす。

どうでもいい?そうかも。
でも名前考えるのは嫌いじゃない。


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samavsmのオンラインショップがオープンしました。

先日ローンチしたsamavsmのブランドサイトに引き続きまして、


昨日samavsmのオンラインショップをオープンいたしました。


$chamaのヨガのブログ★ちゃまぐ
(TYGの新しいWEBスタッフ岡部さん、制作おつかれさまです☆)


今月からsamavsmの販売を開始したオッシュマンズさんからも、バイヤーズ・リコメンドをいただいております




で、特に聞かれてもいませんが、2つの疑問に答えましょう。


質問1

「販売開始したばかりというのに、すでに『品切れ』の商品があります。なぜでしょう?」

いい質問ですね。
多少イタいところもつかれました。

なぜなら、僕が『無駄』が嫌いだからです。
子供ができたら「もったいない子ちゃん」とか長い名前をつけてしまうかもしれません。

そんなんで、売れ残ったりしないように、ミニマムな量しか作ってません。

たぶん、この姿勢はずっと続くと思います。

もしどーんと売れたら、それなりに沢山つくります。

言い訳といってはなんですが、3/末にはレディースのレギンスとかユニセックスのパンツとかが入荷します。



質問2

「世の中的には、いっときだけでも、売り上げの一部とか全額を義援金にする流れがありますが、それについては?」

これもまた、大変イタいところをつかれました。
残念ながら、今回はそのようなことをしません。できません。

なぜなら、まだ始まったばかりのプロジェクトで、全然利益がでてないからです。プロモーション(=広告費)として災害を利用するほど、図太い神経も持ち合わせておりません。

また、samavsmが使用しているヘンプは、まだ今の時代では、ぶっちゃけかなり高額な素材です。しみったれたことを言うならば、そんなに大きな利益率がある商品ではありません。


僕は、ヨガのビジネスを、長く続けたいのです。細かろうが太かろうが、堅かろうが柔らかろうが、いいのです。長く続けたいのです。長く社員も守りたいし、できれば長く、社会に循環したいのです。かっこわるくてもいいのです。そんな理由で、ごめんなさい。





その一方で。





今回の災害では、経営者として、ちょっと、恥ずかしいというか、忸怩たる思いを、どっかでしています。

こんなときに、商売をしている人間の端くれとして、

「義援金、◯◯円!!」

とかポポポポーンと出せない自分やウチの会社は、やっぱりカッコ悪いなーって、ホントは思ってます。スタッフにも、かっこ悪い思いさせてるなーって。なんのために、会社にしてやってるんだって。

自分の身の丈で、続けていければいいって思ってはいるんだけど、それでもやっぱり、男の子だからどっかでカッコつけたいかもわかんないけど、必要なときに必要な支援ができるのは、そういう人や企業が存在するのは、当たり前だけど大事なことだと思う。僕の父親は、そうなろうとして、毎日おにぎり食べてた気がする。

僕は商売してるんだから、やっぱりもっと、稼がなくっちゃ。この先生づらが邪魔だろうがなんだろうが、やっぱり僕は稼がなくっちゃなー、と痛感しました。

こんな風に感じてる人、僕だけじゃなくて、経営してる人だけじゃなくて、きっと日本にたくさんいるんだろーな。めげずに、やってきましょーね。そこからしか学べないことが、少なくとも僕にはまだたくさんあるし、復興までの先は長いけど、人生はそれほど長くないし。


samavsmってプロジェクトは、ヨガする人の立場から、これもヨガだと思って、本気でやってますから、在庫があるうちに(^^; 買ってあげてくださいな☆

あの時の風景、あの時の音。

おととし他界した父親は、宮城県石巻の、渡波という港町の出身でした。親戚や、本家筋も、石巻で暮らします。

僕も、中学校に入るまでは、毎年夏休みのほとんどを、石巻で暮らしました。

漁師のまちだから、みんな気性が荒くて声も大きいけれど、家族や仲間を、強すぎるくらい、愛して、守る、やさしい人たちの町。

名産の、こぶりな牡蠣が自慢の種。牡蠣の話になると、お酒がはいってくると、だいたいみんなして、妙に広島をライバル視して「広島の牡蠣は大きいけど大味だ」とか言い始めて、子どもみたいに。

よく、気仙沼にウニを取りにいって、ほじって食べた。

小さかった僕には、牡蠣もウニも、美味しいのかどうかなんてわからなかったけれど、

「宮城の牡蠣が、一番うまい」

「気仙沼のウニは最高だ」

とみんなに言われ、そーなんだ、刷り込まれるしかなかった。


みんな、
自分の地元を愛して、
地元に誇りをもっていた。

あの、人たちの、声、顔。
あの、風景。


東京生まれで東京育ちの僕にとって
あの音と、あの風景は、
唯一の、ふるさとの原風景。


高野山の最後の夜の、奈良さんのライブが終わって。

奈良さんが奏でる、スピリット・キャッチャーっていう楽器を作ってる荒さんって方が、今回福島で被災されたと。

なかなか連絡とれなかったけど、時間がかかったけど、やっととれたと。よかった。けど荒さんの家は、流された。


荒さんは、整体のお仕事を生業としながら、奈良さんのスピリット・キャッチャーをつくってきた。

あるとき大きな病気になって、自然の音を聞くことでよくなって、荒さんは、福島の自然音の録音をはじめた。その場所も、地震と津波で、姿を消した。

高野山での奈良さんのライブでは、その荒さんが録音した「福島の自然の音」と、奈良さんの音楽を繋げたCDが、売上を義援金とするために販売された。



人は、忘れる。

社会もまた、少しずつ忘れていく。


石巻は、漁師町の根性と結束で、必ず復興するけれど、僕がみた、あの石巻の風景に、また戻るわけじゃない。


でも、なくなった、場所や、人を、
僕たちは、いつまでも語れる。

明日に、明日の人に繋げるためにも、
僕たちは、いつまでも語れる。

あの時の風景、あの時の音。

おととし他界した父親は、宮城県石巻の、渡波という港町の出身でした。親戚や、本家筋も、石巻で暮らします。

僕も、中学校に入るまでは、毎年夏休みのほとんどを、石巻で暮らしました。

漁師のまちだから、みんな気性が荒くて声も大きいけれど、家族や仲間を、強すぎるくらい、愛して、守る、やさしい人たちの町。

名産の、こぶりな牡蠣が自慢の種。牡蠣の話になると、お酒がはいってくると、だいたいみんなして、妙に広島をライバル視して「広島の牡蠣は大きいけど大味だ」とか言い始めて、子どもみたいに。

よく、気仙沼にウニを取りにいって、ほじって食べた。

小さかった僕には、牡蠣もウニも、美味しいのかどうかなんてわからなかったけれど、

「宮城の牡蠣が、一番うまい」

「気仙沼のウニは最高だ」

とみんなに言われ、そーなんだ、刷り込まれるしかなかった。


みんな、
自分の地元を愛して、
地元に誇りをもっていた。

あの、人たちの、声、顔。
あの、風景。


東京生まれで東京育ちの僕にとって
あの音と、あの風景は、
唯一の、ふるさとの原風景。


高野山の最後の夜の、奈良さんのライブが終わって。

奈良さんが奏でる、スピリット・キャッチャーっていう楽器を作ってる荒さんって方が、今回福島で被災されたと。

なかなか連絡とれなかったけど、時間がかかったけど、やっととれたと。よかった。けど荒さんの家は、流された。


荒さんは、整体のお仕事を生業としながら、奈良さんのスピリット・キャッチャーをつくってきた。

あるとき大きな病気になって、自然の音を聞くことでよくなって、荒さんは、福島の自然音の録音をはじめた。その場所も、地震と津波で、姿を消した。

高野山での奈良さんのライブでは、その荒さんが録音した「福島の自然の音」と、奈良さんの音楽を繋げたCDが、売上を義援金とするために販売された。



人は、忘れる。

社会もまた、少しずつ忘れていく。


石巻は、漁師町の根性と結束で、必ず復興するけれど、僕がみた、あの石巻の風景に、また戻るわけじゃない。


でも、なくなった、場所や、人を、
僕たちは、いつまでも語れる。

明日に、明日の人に繋げるためにも、
僕たちは、いつまでも語れる。

Live & Peace !全身音楽家 奈良裕之さん

高野山の滞在を一日延ばして、たまたま会えた石原くみさんのお勧めで、梵恩舎での奈良裕之さんのLiveを初体験。

photo:01



ガイアシンフォニーの第6番にも出てた奈良さんのつくる「場」には、たくさんのインスピレーションをもらいました。

インターナショナル・ベジタリアン・カフェ 梵恩舎マスターで、五カ国後を操るミュージシャンの健さんと、フランス人奥さんのベロさんとのセッションも最高、ライブ後の、奈良さん特製のベジカレーも最高☆

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そのうち、奈良さんとセッションしたいなーと、勝手に思ってます。

イメージできれば、だいたい叶う。

Live & Peace ! 石原くみさん

くみさん(左)とまゆみさん、高野山のまんじゅう屋さんで。

photo:01



僕は勝手に「パークヨガの母」って呼んでますけど、くみさんの行動力と情熱がなかったら、今のタイミングで、「パークヨガ」がここまでは認知された言葉にならなかっただろーなー。

ヨガエイドも、実際くみさんの1人仕切りで開催されてるよーなもんすよ。

人って、すごい。