映画「水深ゼロメートルから」…これは脚本力不足だ. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



製作年:2024年 製作国:日本 上映時間:87分



「カラオケ行こ!」の山下監敦弘監督の新作と聞いて興味を持った作品.
シネプレックスつくばで観たのは本年度累積109本目の青春ドラマ.
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「カラオケ行こ!」「リンダ リンダ リンダ」の山下敦弘監督が、2019年に
開催された第44回四国地区高等学校演劇研究大会で文部科学大臣賞
(最優秀賞)を受賞した徳島市立高等学校の同名舞台劇を映画化した
青春群像劇.

高校2年生のココロとミクは体育教師の山本から、夏休みに特別補習と
してプール掃除を指示される.水の入っていないプールには、隣の野球部
グラウンドから飛んできた砂が積もっていた.

2人が嫌々ながらも掃除を始めると、同級生で水泳部のチヅルや、水泳部
を引退した3年生のユイも加わる.学校生活や恋愛、メイクなど何気ない
会話を交わすうちに、彼女たちの悩みが溢れ出し、それぞれの思いが
交差していく.

舞台版の原作者・中田夢花が脚本を手がけ、メインキャストにはココロ役
の濱尾咲綺、ミク役の仲吉玲亜、チヅル役の清田みくり、ユイ役の花岡
すみれらフレッシュな顔ぶれがそろった.

以上は《映画.CPM》から転載.
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舞台劇の映画化というと、佳作「アルプススタンドのはしのほう」を思い出してしまう
のだけど、同じものを期待してしまうとハシゴを外された感に陥ってしまった.
やはり、元というか原作、脚本の出来が左右してしまうよね.本作の脚本は舞台版
と同じ作者が脚本を書いたらしい.

じゃあ、山下敦弘監督は何をしたのか? 商業監督に徹したのか、自分の持ち味を
隠してしまったのか、彼なりの持ち味表現はわかるのだけど、あまりに自己主張が
無さ過ぎた感がある.

舞台は水のないプール.夏なのに水がないプール.
隣の野球部の練習で砂が舞いプールの底は砂にまみれていた.
それを体育の補習で掃除をさせられるハメになった高校生女子2名.

体育の補習で山本先生:さとうほなみの命令でプール掃除をさせられる
阿波踊りで男踊りを踊る水着を着たくないココロに濱尾咲綺.
親友の濃いメイクをしているミクに仲吉玲亜は生理の為プール授業を
さぼったから.
 

 

その2人に加えて、掃除の応援に2名追加.ココロの同級生で、水泳部の部長
なのにインターハイに行かずキャスター付き事務用椅子をプールの底に
持ち込み水泳のイメージトレーニングをしている変人の水泳部部長の
奥田チヅルに清田みくり.チヅルの先輩で元水泳部部長のユイに花岡すみれ.
 

 

主な出演者は女性のみ.男子は後ろ姿か飛んできたボールを取りに来るくらいで
で顔が見えない. 夏の水のないプールで延々と雑談する女子高生たちの物語.
映画作品としては画期的なシチュエーション、交わされる会話はおじさんには
縁の遠い、はるか昔の青春時代のもの、しかも女子ならではの内容だ.

野球部のエース(勿論男子)に水泳で負けてしまった女子水泳部の部長チヅル
の挫折であったり、子供の頃から阿波踊りの男踊りを踊ってきたものの、
高校生になって恥ずかしくなって来たココロの微妙な心情であったり.

周囲に可愛がられることを目的に、熱心に化粧をするミクの屈折した心理
だったりと、彼女たちの悩みは”女”であることに起因したもの.
そういう意味では、思春期の悩みに絡めつつも、彼女たちの口を借りて
”女性”全般、そして”性差=ジェンダー”というものを考えさせる話に
向かって行く.

化粧好きのミクが掃除をしないだけでなく、生理になりトイレに入り放しだったり、
プールサイドで横になっていたり….帰ればいいのにウダウダウダウダと愚痴を
言ったり、その悪態の果てはジェンダーに辿り着いたりと、途中からはもう何の話
か判らない展開に.ジェンダー論というか差別的な男性像の応酬で、男がなんだ
女がなんだと言い出した辺りから話しが宙を舞うよう…(汗).
 

 

まだ男女区別が未分化の子供時代の男踊りにこだわるココロと、同様に中学では
男子に水泳で凌駕していたチヅルの、おそらく女性への自身の身体的変化に
戸惑いある2人の悩みは、本質的には対男性に振り回されていて、本当の自身の
真の望みには到達出来ていないとは思わる.

また、化粧をして女性を意識して生きようとするミクも、ココロやチヅルとは
一見対照的に見えながら、本質的には対男性に振り回されていて、自身の真の
望みに到達出来ていないのは2人と同様だとは思わル.

加えて、ルールにこだわり、自身は化粧を周りの価値観に配慮して抑制している
山本先生:さとうほなみも同様に思える.ただ大人になった分だけ熟練して、疲弊
してもいるように見える.
 

 

つまり、男踊りにこだわるミク、水泳部のチヅル、化粧にこだわるココロ、
そしてルールに縛られ自身感情を普段は抑圧している山本先生は、
男性の陰や価値観に振り回され、一方で女性としての戸惑いや不安定さの
感情あるいは自身が本当はどうしたいのかの本音を、ほとんど表現出来て
ないように見えるのだ.

悪く言えば幼く、良く言えば可愛らしさの魅力は、この映画の表現の上手さ
なのかもしれない.ここが山下敦弘監督の持ち味であろうか?

ただ一方で、映画では直接登場しない男性に翻弄されているのはあるのれど、
それぞれ自身はそれで男性とは関係なくどうしたいのだ、というリアルな心情へ
の踏み込みの弱さが、この映画が食い足りなくさせている要因なのだろう.

この映画の、可愛らしさの魅力と、食い足らなさの欠点の全てだと思う.
脚本の力不足である.

高校生にとって今後の考え方や生き方を左右する様な人生の転機となる
出来事って、けして大きな事件とかじゃなくて、こういう同級生との会話
だったりするのかもしれない.

それぞれが抱える日常の悩み…ありふれた会話からこぼれた本心が相手の
心にリンクして、最後の雨と共に洗い流されていくようなラスト.
不出来ではあるが、そんな意味では印象深い一品であった.

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