映画「LOVE LETTER」(DVD)…過去に捕らわれ追う物語. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



製作年:1995年 製作国:日本  上映時間:113分


先週観た映画「青春18×2」で主人公たちが台湾の映画館で観るシーンが
あったこの作品、久しぶりに観たくなってレンタル屋で探してきた.
もう29年も前の作品.ブログにもレビューは残っていない.
当時観た時とは又異なる感想が出てくるのもよくあること.
綺麗な中山美穂と若いトヨエツの演技以外に感ずる事があった.

本年度累積101本目は名手岩井俊二のデビュー作品.

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「Undo」「花とアリス」の岩井俊二監督の長編第1作.
事故で婚約者の樹を亡くした博子は、国道になってしまったという彼が
昔住んでいた住所に届くはずのない手紙を出した.しかしその手紙は、
婚約者と同姓同名の女性のもとへ届き、2人の不思議な文通が
始まるのだった.

中山美穂が博子と手紙を受け取る女性、樹の2役を演じ話題となった.

以上は《映画.COM》から転載.
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映画「青春18×2」においては、主人公の高校生が手を握ろうと画策して
映画を憧れの女子:清原果耶と観るのだが、あまりの感動のために、
手を握るのも忘れてしまったというエピソードを描いていた.

思えば、本作「LOVE LETTER」は登場人物たちが全て過去に捕らわれる
内容の作品.「青春18×2」も亡くなった女子を想い、追いかける作品であった.
そこまで考慮しての映画内映画の登場であったかと思うと、「青春18×2」の
藤井道人監督の脚本力には感心させられた.

映画は始まりから映像も音楽も申し分なく美しい.横たわった中山美穂の顔
や雪を払う手など、クローズアップが連続し、街に降りていく彼女を画面の
片隅に小さく捉えた長いロングショットがそれに続く…申し分ないプロローグだ.
 

 

本作「LOVE LETTER」は過去の美しさに耽溺するための映画.
映画はオープニングで死者を追悼する場とそこに参加する人々を映し出し、
主人公の渡辺博子:中山美穂 は死者である藤井樹とその過去に執着し続け、
後半ではもう一人の藤井樹:中山美穂…女性であり生者だ…、がそれに
巻き込まれる形で過去を追体験していくことになる.

若い頃の二人の藤井樹(同姓同名の男女)を酒井美紀と柏原崇が演ずる.
同じクラスでの同姓同名がゆえの混乱とトラブルが描かれる.今で言う
典型的なツンデレな男子の藤井樹は秘めた愛を抱えたまま高校生生活の
途中で小樽から神戸へ転出してしまう.
 

 

そして成長した男子の藤井樹は、女子の藤井樹に瓜二つの渡辺博子:
中山美穂二役 に恋をして結婚を約束するまでに. ところが樹は山岳事故で
命を落としてしまう. そして2年…、今は博子は藤井樹の親友であった秋葉:
豊川悦司と付き合っている.

同姓同名の男女だとか、瓜二つの容姿とか、実際にはあり得ないような設定
なれど、女子藤井樹と渡辺博子の出逢いのきっかけとか、男子藤井樹が
渡辺博子に一目惚れしてしまう必然性には不可欠な要素である.脚本の妙
として楽しむべきであろう.

中山美穂が決して上手い演技とは言えないが、藤井樹と渡辺博子の二役を
演じ分けていて面白い.二人が同じ画面に出てくることはないのだが、小樽の
街中において、すれ違うシーンの演出が印象的だった.

二人の中山美穂がすれ違う場面、博子が樹に声をかけた途端、どこに
隠れていたのか突然、大量の通行人が湧き出してきて、振り向いた樹が
博子の存在に気づかずに去ってしまうという、とても面白い演出.

樹が画面奥に現れ、自転車に乗って移動するのをカメラが周囲の景色から
切り取って追い続ける.彼女は豊川悦司演じる秋葉とニアミスし、博子の前
を通り過ぎる.そこまでが1カットで撮られている.
 

 

次の振り向く樹を捉えたショットには彼女だけが存在していて、周りにも
後景にも人っ子一人いない.しかしすぐにどこからか現れた群衆で画面が
いっぱいになる.直前までいなかったはずの人々はなぜ突然申し合わせた
ように一挙に湧き出してきたのか? 観客にはさっぱり分からない.
そして映画はその疑問をそのまま素通りしてしまう.非常に不自然な描写.
 

 

不自然だが、演出はその描写によって二人の主観を捉えようとしている.
樹だけが存在しているショットは、驚き周囲が目に入らず樹しか見えて
いない博子の主観そのものだろう.そこに現れてくる群衆は、樹に絞られた
博子の注意の焦点が緩んでいき、徐々に周囲の状況が見えてくる彼女の
心の推移を描いている.

一方、樹は街中でふと自分の名を呼ばれたよう気がした…そして振り返る.
すでに幾人かの人が現れ始めていて、声の主は見つからない.
気づくとそこは雑踏の真っ只中だ.…やはり気のせいだったのだろう….
そのまま去っていく.おそらく彼女たちは最初から雑踏の中にいたのかもしれない.
 
日常の中で思いがけず出会った小さな非日常、その時の微妙な心の動きを
主観的に捉えようとしている演出がとても魅力的だと感じた.岩井俊二マジックだね.
多少の不自然さよりも、何ものかを表現しようとする、その表現そのものと主観
表現の美しさの方が何倍も優っていると思う.

そして青みがかった雪の中の映像、対照的に少し赤みを入れた色調の高校時代
(図書館の揺れるカーテン等)の映像が何とも美しく、岩井俊二ワールドが見事に
展開される.また、REMEDIOS( 麗美)による音楽も邪魔をせず、素敵であった.

二人の藤井樹が通っていた高校の図書貸出カードの裏に、高校時代の樹:
酒井美紀の美しい肖像スケッチ(亡くなった同級生が高校生時代に出した
一種のLove letter)が描かれていたというラストシーンが、凄く鮮やか.

このラストシーンのために、藤井樹という同性同名の男女での図書委員活動、
駐輪場での待ち伏せで返したテスト答案の裏への落書き、貸出カードに
100以上と沢山の藤井樹の名前の記載があったこと等、幾つかの伏線が
組み立てられている脚本も、実にお見事なのだ.

肖像スケッチは、転校前に少年からヒロインに渡された小説『失われた時を
求めて 第7篇見出された時』(マルセル・プルースト著)の貸出カードの裏に
あった.
 

 

過去への執着と疑問、過去の追体験、過去の再発見と解釈の変更….
全編過去で構成されていて、女子の樹がいくら過去を追想しようと、男子の樹
がいくら生き生きと映し出されようと、もちろん過去は何一つ変えられないし、
死者は還ってこない.

ラストでの樹のように変えられるのは起きたことの解釈だけだ.
主人公の博子は過去に向かい続け、秋葉や樹をも過去に誘導していき、
クライマックスでは甘美な感傷に耽溺し、ついに最後まで未来に向かって
自らの生を生きようとはしない.自己憐憫に終始する退廃的な作品構造だ.
この構造が、観念的且つ論理的で興味深く、知的な映画だなとも感じた.

登場人物から物語の筋まで、徹底して過去を志向した構造によって、
内容は否応なく郷愁を帯びて、白く淡い映像と美しい音楽によって
描出されていく.

構成要素の全てが総力を挙げて、甘く切ない感傷性を最大化しようとする.
それがこの映画の全てと思う.その点では評価は分かれる作品であろう.
そこに意義を感じる私は最大賛辞を惜しまない名作と思っている.