武蔵野線205系、最後の旅立ち② | たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

『縁は、連結する』鉄道など交通を中心に興味の赴くままに、日々呟き語るブログ。
※最近すっかり鉄道ルポタージュ化してますが、言いたいことを素直に言うという意味でブログタイトルは変えてません。

さて、缶バッジも無事に貰い終わって新習志野駅構内に再度入ろうとしたが…

これまで東京方の先頭車を彩ってきた【ジャカルタ】方向幕と、編成番号板の特別展示が!

それが全42編成分、一堂に展示されていたのだった。


1編成くらいならまだしも、日常業務の傍で2年半の長期に渡って42パターンも考えて作られた。
中にはどうにもネタがない時もあったようで、作っていた人の苦労が偲ばれる。

さて、ホームに上がると…3月までとそんなに変わらない光景がそこにはあった。

助役氏が強めの口調で注意を呈しても、いざ入線してくるとこの有様。

残念ながら、それはファイナルになっても変わることはないままだった。
これまで様々な方面から警鐘が鳴らされていたにも関わらず、だ。

…それでも、僅かながら良い部分を書くとすれば。

・三脚、脚立が(見ていた限りでは)使われていなかった
・罵声と、目立つ奇声が無かった

ことくらいか。
いや、当たり前のことなのかもしれないのだが、これまで何度かその場面を目撃してきていただけに
あえてこうして書いてしまうのはなんか不本意ではあるけど。

そして、見ていた限りではJR東日本側もギリギリまで【妥協】しようとしていた。
妥協なのか、もはや言っても無駄なんだろうという【諦め】とも言えるのか。
ただ、その妥協は今の撮り鉄に対して必ずしも良薬だったのかと問えば、それは【否】であろう。
その不穏たるものが、全体にかかる割合がたとえ1%未満だったとしても、それが安全・安定輸送の
根本を脅かすものならば、一瞬のうちに全てに波及しかねない【劇薬】になりかねないからだ。

そんなギリギリに張り詰めた空気感の中で、205系はゆっくり入線をしていく。

東京方先端もとてつもない密度。
ここでゆっくり、歩みを止めた。
いよいよ、最後の別れの始まりだ。

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