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未来から今につなげる終活アドバイザー千亜季です。

 

 

終活と云う未来に備える事で、今の大切さを知り今を生きる。をお伝えしたく書いています。

 

 

 

 

昨日の朝、ふっと点けたテレビ番組で、この様な事をやっていました。

 

 

ある男性(Aさんとします)当時71歳は体調が芳しくなく病院で検査を受けたところ病気が見つかりました。

 

 

後日、家族も呼ばれ、余命宣告を受けたそうです。

「来年のお正月は120%迎えられないでしょう・・・」

 

 

その時点で残された時間は11か月。

 

 

そこでAさんは当時の設計事務所をたたみ、お世話になった方にお礼参りをして、財産は整理してホスピスに入ったそうです。

 

 

その時は、「死」を覚悟しての日々だったと。

 

 

しかし、覚悟とは反対にだんだん回復に向かい、余命宣告された予定の頃には退院できるほど。

 

 

それから5年生きています。

 

 

そこでAさんはこう言っていました。

「皆さん、良かったですね。と言ってくれるが実際は複雑な気持ちです。

会社はたたんでしまったから当時の収入はなく年金暮らし。医療費はかさむし・・・

今考えると、あの診断は間違いだったのではないかなぁ~って思うんです。

病院は認めませんが、私としては、もしそうだったとしたら謝ってくれたらいいんです。

気持ちも治まるんです・・・」

 

 

う~~ん。

気持ちは分かります。

 

 

でも、でも、でも・・・

何故、セカンドオピニオンをつけなかったのですか!と私は言いたいんです。

 

 

しかも、家族も一緒に聞いていて不思議で仕方ありませんでした。

 

 

もしかしたら、みんなで気が動転して一つの考えの方向に行っちゃったのかな。

 

 

テレビを観ながら大きな独り言を言っていた私。

 

 

それを聞いていた母は「でも、実際はお医者の先生に悪くてそんな事言えないよ。」

 

 

確かに母の年代の方はそう感じるかもしれませんね。

 

 

でも、今やセカンドオピニオンは当たり前の事だと考えます。

 

 

お医者さんだって神様ではないし、絶対はないのです。

 

 

今回は余命宣告をされた事ですが、逆もありしです。

 

 

もし、「大丈夫ですよ!」と言われたも、自分の身体が何かおかしい・・・と感じたら、セカンドオピニオン、サードオピニオン(これ以上つけると病気探しになってしまいますが)をつけるべきなのです。

 

 

今回のAさんの件を見て、私個人としてはAさんの宣告を受けてからの身の振り方は素晴らしいものだったと思います。

 

 

奥様はいらっしゃらない様で、子供たちに迷惑にならない様に。

仕事関係、個人的にお世話になった人に感謝を告げ。

財産もきれいの整理し。

 

 

しかし、その前に、「本当に自分はその病気なのだろうか?もしそうだとしても他に治療法はないのか?」を考えて貰いたかった。

 

 

本人が混乱して考えられないのなら、せめて家族や近くにいる人がその選択肢を留めてほしいと思うのです。

 

 

内容のタイトルは「余命宣告トラブル」とあり、最近多いようですが、これは病院や医者だけの問題ではなく、患者側も意識することかもしれません。

 

 

上手くは言えませんが・・・

もし、自分や自分の大切な人が命の宣告をされたとしたら、往生際悪く、もっとじたばたしてもいいのではないかと思います。

 

 

なんか上手く言えませんが・・・本当にそう思うのです。

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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