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未来から今につなげる終活アドバイザー千亜季です。

 

 

終活と云う未来に備える事で、今の大切さを知り、今を生きる。をお伝えしたく書いています。

 

 

 

 
 
私の知人の男性Sさんが、先日、こんな事をを言っていました。
 
 
「父親を永代供養したはいいけど、やっぱり個人のお墓を建ててあげた方が良かったかなぁ~・・・」
 
 
Sさんはお父様を2年前に亡くされました。
 
 
彼は独身で、その当時は結婚の予定もありませんでしたし、今もありません。
 
 
妹はいますが嫁いでいます。
 
 
その様な理由からお墓を建ててもその後に墓守ができないと永代供養を選んだそうです。
 
 
そんな話を聞いていたので「どうして?」と聞くと
 
 
「何かお墓参りに行っても、ここが親父の墓って云う気持ちが湧かないと云うか、実感がないと云うか・・・」
 
 
これは、あくまでも個人の感想です。
 
 
永代供養が良くないと言っている訳ではありません。
 
 
私は、それを聞いて、お父様の姿形がない事の現実を実感して淋しさが出てきたのかなぁ~、と思いました。
 
 
両親が健在の私は、何と言って良いのか分かりませんでしたが
「そうね、でも私はSさんがお父さんに対して、そう思ってあげられている事自体が想いの供養なんじゃないのかな。」と言いました。
 
 
それは慰めの言葉ではなく、本当の気持ちです。
 
 
とっても立派なお墓なのに、草が長く伸びていて、どのくらい前のワンカップやビールなの?って云う物がお供えされたままのお墓を見る時があります。
 
 
しかし、それも事情があるのかもしれないのです。
 
 
そう考えると、形ではなく、Sさんが亡きお父様のために、こうしてあげれば良かったのかもしれないと考える事、本人にしてみたらの少しの後悔も意味があるのではないかと感じます。
 
 
「たとえお墓を建てたとしたも、このままではいずれ永代供養になりますよ。」
なんて現実の情報はその時は要らないのです。
 
 
お父様を想い、淋しさと少しの後悔を口にした男性は素敵でした。
 
 

皆さま、最後までお読み頂き、感謝致します。

 

 

 

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