52 禁煙すべきは国の方かも
前回は、我が国における喫煙の問題と現状についてお話しましたが、今回はいよいよその最終回です。そこでまず今日は、タバコは、吸う人にとっても、また吸わない人にとっても、悪いことばかりではないというお話から始めようかと思います。以前、ここ20年ぐらいは、たばこ税だけで毎年2兆を超す税収があるというお話をしましたが、ただ一口に2兆円と言っても、これを国民一人あたりの額に換算するとどうなるでしょうか。ざっと計算して、一人約16,000円となります。つまり、世の中から喫煙者がまったくいなくなったと仮定した場合、たばこを誰も吸わない4人家族の場合、何らかの形で年間に約64,000円の新たな税負担が発生するということになるのです。非喫煙者は、たばこのことを、よく百害あって一利なしと言いますが、そう考えると、吸わない人にとっても一利ぐらいはありそうですよね。一方、愛煙家の人たちにとって、たばことは、どんな魅力があるのでしょうか。もうすでに10年以上も前のことですが、実は、かつて私も愛煙家の一人でした。ですから、愛煙家をかばう訳ではありませんが、何かをやり遂げたあとの一服、食後の一服、その一服に何とも言えない安らぎを感じていたこと、その感覚だけは、禁煙から10年が過ぎた今でも、私の記憶の中から消すことができないのは確かです。喫煙者にとっては、おそらくここが、たばこの一番の魅力であり、常習性も、たぶんそこから生まれるものだと思います。たばこの存在は、とかく健康被害のことばかりが取りざたされるようですが、このように考えると、吸う人にとっても、また吸わない人にとっても、すべてが悪いことばかりではないようですね。では、未来に向けて、私たちは、今後たばこと、どう向き合っていけばいいのでしょうか。それについて、今回は二つの視点から考えてみようと思います。まず一つ目は国民の意識として変えていくべきこと、二つ目は国民の命を守るために国がすべきこと、この二点についてです。それではその一つ目、国民の意識についてお話します。もっとも大切なのは、国民が、たばこに対する正確な知識、情報を身につけることです。明治時代、たばこがなぜ国によって売られるようになったのか、なぜ今も売られているのか、また、たばこの価格のうち、いくらが税金なのか、たばこによる税収が国にどれくらいあり、それが何に使われているか、それらは、前々回、このコーナーでお話したとおりです。さらには多くの病気の原因となる有害物質をたくさん含んでいること、だから極力吸わない方がいいということ、一度ニコチン依存症になるとなかなか止められないことなど、これらのことを、まず国が、すべての国民に分かりやすく、明確に説明するべきだと思います。もし国が本気で国民の健康を考えているなら、たばこのパッケージはもちろん、コンビニのレジの後ろにも、そう表示するべきでしょう。特に、それを子供たちの意識の中に植え付けることは大変重要で、小学校の低学年から始めることができれば、より効果的だと思います。また、喫煙者に対しては、自身の健康のことはもちろん、子供たちの健康にどれほど悪影響を及ぼすか、それを多方面からアピールすることが重要です。なぜなら、子供たちのためと思えばやめられる、という人もかなりいるはずだからです。ただ、それでもやめられないという人でも、モラルの向上という点では一定の効果はあると思います。たとえば、レストランの喫煙エリアで、子供連れの家族が食事をしている光景を目にすることがありますが、「自分の子供だから、孫だからいいだろう」という、この身勝手な考えは、明らかにモラル違反ですよね。このような場所では、せめて「こどもの健康を考え、喫煙席でのこども同伴の利用はご遠慮ください」という表示ぐらいはするべきでしょう。たったこれだけのことですが、中には、これをきっかけに「じゃあ、禁煙に挑戦してみようか」という人もいるかもしれません。このように、人の集まる場所での分煙スペースはもちろん必須ですが、一方で、あまりに極端な分煙、たとえば敷地内全面禁煙というような露骨なものは、かえってマイナスにはたらく場合がありますので、そこはより慎重に、喫煙者への配慮もほしいものです。大切なのは、吸う人も吸わない人も、お互いが気持ちよく過ごせる空間作りであります。前回、たとえ敷地内全面禁煙の病院であろうと、たばこを吸う患者は、敷地外に出てでも吸おうとする、という話をしましたが、そう身体が要求する、この症状こそが、ニコチン依存症であり、この行動は依存症という病気が引き起こしているものだということを、皆さんには、まず理解していただきたいと思います。誰しもがそう捉えることができたとすれば、吸う人も、また吸わない人も、お互いに、今よりもっといい関係になれると、私はそう信じています。もちろん、病院に行けば禁煙外来という診療科があるぐらいですから、医学的には、喫煙習慣は病気であるという捉え方は、すでにできているはずですが、ただ一般社会における、その認識はまだまだのようです。たとえば、よく、たばこを吸う人に対して「あの人は、なかなか止められないから意思が弱い」という評価をする人もいますが、症状の強さは、人により様々なため、一概に意思の強さだけでやめられる、というものではない、ということを、まず知っていただきたいと思います。実際には、やめたくてもやめられない人が大勢いるということを、どうか理解してあげてください。これがニコチン依存症の怖さでもあるのです。では最後に、国民の命をたばこから守るために、国は将来に向け、何をすべきか、についてお話したいと思います。ところで、先日、気になるニュースを耳にしました。どうやら、政府は受動喫煙防止の世論の高まりに乗じ、2018年度の税制改正で、従来のたばことあわせ、加熱式たばこの増税を検討しているようなのです。最近は、たばこに代わる商品も色々なものが出回っていますが、中でも加熱式たばこは、たばこの葉を燃やさないため、タールのような有害物質を、従来のたばこと比較して、その約10%程度に抑えられるうえ、ある程度の満足感も得られるということで、特に人気が集まっているようです。その加熱式たばこに、新たな増税案が出されているというではありませんか。自分のことだけではなく、周囲の健康も考え、ようやく加熱式たばこに切り替えた人にとって、これはショックなニュースだったと思います。中には、「それだったら、また元のたばこに変えようか」という人もいるかもしれません。禁煙に向け、わずかでも努力している人には、むしろ、それを応援するような仕組みこそあってしかるべきと思うのですが、逆にそのような人に対して増税するなんて、私には到底理解できません。政府は国民の健康と税収、どちらを優先させたいのでしょうか。せめて、加熱式たばこぐらいは、その対象から外してほしいものです。おそらく国の言い分としては、たばこの値上げによって、税収も上がり、喫煙者が減るのなら、一石二鳥だと言いたいのかもしれません。ところが、よく考えてみると、こんな矛盾する話はありませんよね。普通、喫煙者が減れば税収が減る可能性だってあるはずです。そこを、なぜ安定的予算案として提出し、あえて値上げにふみ切れるのか。それは言うまでもなく、「ニコチン依存症の人々が、そう簡単にたばこを止められるはずがない」という、政府にはそんな思惑、いやその確証があるからなのです。ですから、その辺は微妙なさじ加減により、喫煙者がなるべくたばこを止めないよう、慎重に値上げ幅を決めているということです。これを見る限り、たばこを止められて困るのは、どうやら国のようです。実際、今回の値上げ案では、2019年の消費税10%導入に伴い、食料品等の軽減税率で目減りする税収、約1兆円のうちの6000億円程度を穴埋めするのが狙いのようです。そのためには、少なくとも一本5円の値上げが必要で、そうなれば一箱20本入りのたばこの場合、一律100円の値上げとなります。つまり、現在一箱470円のたばこが570円になるということですが、国のこの試算を見る限り、値上げの目的は単なる税収の穴埋めであって、国民の健康のことなど、ほとんど考えていないのが実情です。なぜなら、この程度の値上げなら、値上げでやめざるを得ない人たちによる減収より、ニコチン依存症で、やめたくてもやめられない人たちによる増収のほうが、はるかに多いということは、過去のデータを見れば、十分予測できるからです。この手法は、明治時代、日露戦争の戦費調達のために始めた税収確保の方法と、何ら変わっていません。その結果、多くの国民がニコチン依存症に陥ってしまったのです。これまで何度も述べたとおり、たばこの製造販売は、名前こそJTに変わりましたが、その中身は、便利で確実な税収源として、国が独占的に行っている事業であることに変わりはありません。それにより、毎年2兆円あまりのたばこ税が入る訳ですから、国民に健康被害が出た場合、国がその責任の一端を担うのは当然でしょう。来年、この値上げ法案が通れば、たばこ税だけで約2兆7000億円の税収が見込まれることになります。仮に、この事業をすべて民間会社が行っていたとして、これほどの利益をあげながら、「この商品を吸って健康被害が出たとしても、当社は一切の責任を負いません」という理屈が、はたして、まかり通るでしょうか。これは国が行っている事業だから、収益は税収となるのだから、健康被害に関する責任は、国には一切ありませんと本当に言えるのでしょうか。一番大切なのは国民の命であるはずです。本気で国民の健康を考えるなら、世の中からたばこを断ち切るべく、たばこを税収の具とすることは潔く諦め、未来を担う子供たちのために、健康生活に向けた、本来あるべき国の姿を打ち出すべきではないでしょうか。国がその決断をしない限り、たばこは、いつまでも国民の体をむしばみ続けることになるでしょう。どうやら、禁煙しなければならないのは、国民というより、むしろ国の方だったようですね。もちろん、愛煙家の方々に今すぐ禁煙してくださいということではありません。未来のために、国民からどうたばこを遠ざけていくべきか、その国民的議論が必要な時にきているということを最後に述べ、たばこに関する私の意見を終わらせていただきます。この問題については、個人的に積年の思いがあり、ずいぶん長々と書いてしまいました。読者の皆さん、最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。