先日、褥瘡の予防及び褥瘡治療の適否が争われていた裁判の判決が、東京地裁で言い渡されました。

一旦は裁判所による和解案が提示されたものの、被告である世田谷記念病院がこれを拒否、そのため改めて争う形となりましたが、最終的には患者の娘である小松久美子さんの主張がほぼ認められ、原告の全面勝訴という結果となりました。

概要を説明すると、小松さんのお父様は、誤嚥性肺炎の治療のため入院していた急性期病院を退院後、リハビリ目的で被告の病院に転院しましたが、その約三か月後にステージⅡの褥瘡を発症、さらにその約一ヶ月後にはステージⅣ、つまり重度の褥瘡となり、その後、褥瘡治療のために再度他院に転院という経過をたどっておられます。

そんな入院中の褥瘡発症、医療のありかたに疑問を持ち、家族は経過説明を求めましたが、これに対し、この褥瘡は適切な予防策を講じても発症は避けられないもので、病院側にその責任は一切ないとする回答を示したことから家族が提訴し、この裁判が始まりました。

患者である小松さんのお父様とは、私も生前、入院中にお会いしましたが、大脳皮質基底核変性症による左上下肢麻痺や失語症という症状、さらにやせ型という体型から推察しても、褥瘡の発症リスクは入院当初からかなり高かったと思われます。

にもかかわらず、適切な褥瘡予防策が講じられなかったこと、褥瘡発症後も約一ヶ月に渡り、エアマットレスを使用しなかったことなど、それらを総合的に判断すると、病院の不適切な対応が、その発症、悪化を招いたと言わざるを得ません。

発症後の治療に関しても、ワセリン以外の外用薬は使わないなど、創の状態に合わせた適切な治療がなされていたとは、とても言い難いものでした。

 

ただし、今回の原告勝訴の最大の勝因は、何と言っても、北海道大学名誉教授であられる大浦武彦先生の医学意見書提出にあると言えます。

大変お忙しい中、大浦先生には非常に緻密で的確な医学意見書を書いていただきました。

この場をお借りし、心よりお礼申し上げます。

また、原告勝訴のためにご尽力いただきました弁護士の 安原先生、伊藤先生、改めてお礼申し上げます。

 

今後はこの判決が、褥瘡に無関心な病院、医療者への警告となり、褥瘡患者の減少につながることを望むばかりです。

もとより原告の小松さんは、「この裁判の目的の一つは、そこに寄与するためのものであって、そのことが父への何よりの供養となります」と、当初より言われていました。

天国のお父様も、今回の判決をきっと喜んでおられることでしょう。

 

私が考える褥瘡の最大の発症要因は無知と無関心であります。

ですから、今後褥瘡患者を減らしていくためには、まずは国民一人一人が関心を持ち、褥瘡の知識を深めることが重要であり、ひいてはそのことが、医療者の意識を高め、患者の命を守ることにつながるのです。

 

話は変わりますが、看護師の方々から、時々このようなお話をお聞きします。

「私たちは患者さんの褥瘡をなんとか治したいと思い、状態に合わせた薬や被覆材の購入を上にお願いするのですが、トップがそれを認めてくれないため、どうすることもできないのです」と。

こうした実態がある限り、その病院では褥瘡の発症も、また悪化も防ぐことはできません。

そこで、このブログをお読みの医療者の方々に、ぜひお願いしたいことがあります。

それは皆さんの職場において、できればトップの耳に届くよう会議等で、こう発表して頂きたいのです。「先日、病院の不適切な対応により褥瘡が発症したとして起こされた裁判で、病院側が敗訴したそうです」と。

おそらく、それだけでもトップの気持ちを動かす効果はあるでしょう。

さらに、医療者以外の方々にもお願いがあります。

褥瘡(床ずれ)は、悪化すると死に至る非常に怖い病気であること、つくらないという気持ちと基本知識さえあれば、それだけで大きな予防につながることを、周囲の人にもぜひ伝えて頂きたいのです。

感染症、敗血症、多臓器不全で亡くなっていった方々の中には、褥瘡を原因とし亡くなられた方々が多数存在することをぜひ教えて頂きたいのです。

一人一人の褥瘡を防ごうという意識こそが、最大の予防策であることは変えようのない事実なのです。