先日、娘と近くの書店に行ったときのことです。

そこの駐車場に着くと、なんと奥に止めてある車の屋根の上に、別の車が逆さの状態で載っているではありませんか。

事故は起きたばかりのようで、周りを数名の人が取り囲んではいるものの、まだ救急車もパトカーも到着していない状況でした。

みると、そこから7~8メートルほど上にある隣のレストランの駐車場のフェンスが大きく壊れており、車はどうやらそこから真っ逆さまに落ちてきたようです。

まずは人命救助をと、とっさに車を降り、現場に近づくと、ある四十代ぐらいの女性が下敷きになった車のボンネットの上によじ登り、落ちた車の中にいる高齢の女性二人に「大丈夫ですか!」と、大声で叫んでいるところでした。

彼女は、けが人二人に意識があることを確認すると、手を握りしめ「すぐに救急車が来ますから頑張ってください」と言いながら、他のバイタルサインのチェックを始めたのです。

その手際の良さと的確な処置から、彼女が医療者であることはすぐにわかりました。

数分後、救急隊が到着、女性は隊員に、けが人二人の状態を説明した後、名前も告げずその場を立ち去りましたが、私はそんな彼女のうしろ姿に、まさしくプロの医療者としての誇りとプライドを感じていました。

彼女にとって、自分のとった行動はごく当たり前のことだったに違いありません。

しかしながら、上の車が逆さの状態で下の車の上に載っているような、そんな不安定、かつ危険な状況の中、そこによじ登るだけでも、かなりの勇気がいったはずです。

かっこいい!私は心の中で、一人彼女に拍手を送っていました。

 

 そして、そのとき思い浮かんだのが、それより10日ほど前に起きたあの出来事です。

京都府舞鶴市で行われた春の相撲巡業において、男性市長が土俵上で倒れた際、とっさの判断で救命処置に当たった女性看護師に対し、「女性は土俵から降りてください」と、場内アナウンスが流れたというあのニュース、皆さんはあの映像を見てどう思われたでしょうか。

あの状況において、仮に「私は看護師だけど、女だから、いくら市長が目の前で倒れたとしても、絶対に土俵には上がりません」そう考える医療者がいたとしたら、医療のプロとして、そのほうが、よほど問題だと考えます。

つまり、間違っているのは、土俵上の女性医療者ではなく、それを止めようとした日本相撲協会の方なのです。

相撲がいくら伝統を重んじるスポーツとはいえ、その伝統が人の命より重いはずはありません。

確かに伝統とは守るべきものだと思います。

しかしながら、時代にそぐわない伝統は、その時代に合った、あるべき姿に正し、次の世代に渡すということが、現役世代に課せられた責務だと私は思うのですが、いかがでしょうか。

つまり、伝統は守りながらも、同時に、私たちにはそれを更によいものへ変えていく義務があるということです。

そもそも教育現場においては、女性差別はいけないことだと、そう子供たちに教えながら、一方で、課外授業では「女の子は土俵に上がってはいけません」と、そう教えている、その矛盾になぜ誰も疑問を持たないのか、というより、そもそも、これまでなぜ、誰もそれを正そうとしなかったのか。

問題の本質はそこにあるような気がします。

 

では、伝統を文化面以外で考えた場合はどうでしょうか。

以前、「職場を覆うプロ意識の欠如」という表題で意見を述べたことがありますが、その中で、これまで日本の近代産業を名実ともに支えてきた一流企業が、まさに消費者への裏切り行為とも言える無責任な管理を長年行い、それが前代未聞の不祥事として、最近次々に明るみに出てきているというお話をしたと思います。

規則違反を認識しながら、それを数十年にわたり放置してきた結果、ここにきて、会社の存続にかかわるような大問題として一気に表面化してきたということです。

これは、企業の伝統をおろそかにした末の不祥事と言えるでしょう。

しかも、これらの原因を探っていくと、そのすべてに、ある共通する意識が働いていたことがわかります。

では、その意識とはいったいどのようなものでしょうか。

わかりやすく言うと、

「別にこのまま問題なければそれでいいんじゃない」

「自分一人が声を上げたところで何か変わるものでもないし」

「第一そんなことをすればこの会社にいられなくなる」

など、すべての根源は、そんな問題意識のなさ、自主性のなさ、責任感のなさなど、つまりプロとしての意識の欠如から生まれたものなのです。

しかも悪いことに、彼らは伝統を守るどころか、先人たちが築き上げてきた、その一番大切な理念、技術を、自分たちの代で土台から崩すことになる、そんな事の重大性に気付いていないのです。

はたしてこの状態で、企業の信頼を取り戻すことができるのでしょうか。

このことは企業に限らず、人が関係する組織であれば、どこにでも起こりうることであり、もちろん病院、施設とて例外ではありません。

つまり、ここで私が言いたいのは、人それぞれ自分の身の回りに、守るべき伝統がいくつかあるということ。

あなたはその大切な伝統と、しっかり向き合っていますか、ということです。

今回、相撲協会の一件で伝統文化のあり方について、いろいろな議論がなされていますが、これを機に、皆さんも、家庭、職場、学校、地域など、身近な伝統について一度考えてみてはどうでしょうか。意外な発見があるかもしれませんよ。

 

最後に、先ほど相撲協会は非常識だと批判した、そういう私自身はどうなのかについてお話をさせていただきます。

長く組織の中で生きてきた人間として、これまでしっかりとした伝統意識とプロ意識をもってやってきたかというと、そうとは言い切れない部分があるのも事実です。

また、自分が気付かないうちに差別的発言をしたり、また人の心を傷つけた可能性も十分あると思います。

そういう意味においては、私が日本相撲協会を批判することは不適切でした。

誠に申し訳ございません。

これからは自ら誇りを持てるような人間を目指し頑張ります。

では、きょうのところはこれで失礼いたします。