先月の真夜中の異常行動と、薬。④ | 長女Aは、夢を見る。

長女Aは、夢を見る。

長女A(満50歳)
父と同居を始めてみた。

大学生の息子×2
父の愛犬
ワタシの愛猫

楽しいことばかりじゃないと
重々考えてのことだったけど

想定以上の毎日に
もう笑うしかないわけで。

いや、ほんとは泣いて怒ってばかりだけどさ。

 

 

 

 

 

 

ワタシは

何もわかっていなかったのだよね。

今でもわかっていないのかも。

 

 

先週から少しずつ感じていた、父の変化。

病院の付き添いからの週末。

いただいた優しいコメント。

 

 

なんか、いろんなものが

頭の中でひとつになっていく感覚があった。

 

 

なにを今更、と思われてもいい。

酷くて無知で幼稚な言い方だと

思われるかもしれない。

それは違うのか?

ワタシの独りよがりなのか?

 

 

 

それでも思ってしまった。

と書く。

 

 

 

ワタシの大好きだった父は

もう戻ってこないのだ。

 

 

 

会社に向かう車の中で

声をあげて泣いた、金曜日。

 

 

 

 

 

 

認知症の父との日々を書いています

現在、要介護1認定の父(77)との日々

 

認知症?と気づく少し前からのこと

レビー小体型認知症と診断を受けたあとのこと

今の日常のどーでもいいこと

 

書くことで

何かが変えられたらいいな、って

思ってるんでしょうね、ワタシは。
 

 

 

 

 

(③の記事の受診の日4/26以降のこと)

 

 

 

処方された薬の摂り方に

納得して帰ってからも尚、

 

 

その日から父に飲ませることに

躊躇してしまったのは

 

 

午後の出勤から帰宅したとき

玄関入ってすぐの父の部屋の入口が

開けっ放しになっていて

 

ソファに座ったままうなだれて

寝入っている

父の姿を目にしたからもあるかもしれない。

 

 

そして、病院では話しきれなかったが

三日間の夜中の叫びには

ワタシの冷たい言動による

父の強いストレスが

局地的に影響したのでは、と

 

 

どこかで後ろめたく思っていたから。

 

 

その日、父は夕飯の声掛けにも

「今日はいらない、寝る」と小さく言い

そのまま眠ってしまったこともあり

 

 

対レム睡眠行動障害の薬は

結局飲ませなかった。

(対認知症のドネペジルは朝のみで

あとは便秘対策と漢方だったので…)

 

 

木曜日、金曜日(受診の日)と

夜中に声をあげることはなかったのを

確認して

 

そこからは、ワタシの独断で

次に夜中の異常行動が起きたら

その薬を飲み始めることにしよう、と

勝手に決めたのだった。

 

 

夜中に叫んだり

突飛な行動が出たりしなければ

飲む必要はないのではないか

 

 

せっかくデイサービスも楽しく通い

かなりデタラメながら、畑の楽しい季節

 

 

もし副作用で眠気が強く出て

傾眠が続き、脚のふらつきが強くなれば

 

それさえ支障が出てくるだろう。

 

 

副作用が出て

すぐに薬を止めて、一時的なものだとしても

 

それは避けたかった。

 

 

 

決めた、と言っても

そこは潔くないワタシのこと

 

弟①にも弟③にも

ちょうど月末の書類で来たケアマネ先輩にも

話を聞いてもらって

自分の責任を軽くすることはした。

 

 

 

今思えば、こんなに薬の副作用に怯えるのは

父のことを気遣うというより

 

 

人が変わったように

走り出して徘徊したり

夢遊病者のように二階にあがってきたり

訳の分からない主張を通したり

 

 

そんなときの父の表情や姿を

二度と見たくないというのが

 

 

 

ワタシの本心なのだ、と。

 

 

暴言や暴力などない。

それなのに、耐えられないという

ワタシの弱さ。

 

 

 

 

何が正解か

何に後悔するか。

 

 

ワタシが文章でだけど

目にしてきた

それぞれの介護に向き合う方々

向き合っていた方々は

 

 

そのときどきで判断を迫られ

受け入れて

進んでいく

葛藤しながら

時間も身も心も削られながら…

 

 

 

もう戻ってこない、などと言いつつ

感傷に浸って

変わっていくことに怯えるだけで過ごす

猶予はいつまであるのか。